ゴドアの街 アル・ダフール
こうして夜も更けていき、次の日の朝には一行は新たにアンリとエヴァールトのふたりのメンバーを加えモンシャウを出発した。荷馬車にはルンデル産の特産品を積み、商隊に偽装してヘルセ国内に入る。途中怪しまれることもあったが、ジェルモの巧みな話術で難なくゴドア国内に辿り着いた。彼らは最初の街アル・ダフールに入るとようやく一息ついた。
アル・ダフールは、ゴドア王国の南端に位置する交易の要衝だった。城壁に囲まれた街は、砂漠の陽光を浴びて白亜の輝きを放ち、遠くから見るとまるで蜃気楼のように揺らめく。街に入ると、市場の活気が一行を包み込んだ。石畳の通りには、色とりどりの天幕が並び、赤や青、黄金色の布が風に揺れる。屋台からは、クミンやサフランが効いた肉の串焼きの香りが立ち上り、甘い蜜菓子の匂いが混じる。
商人たちは褐色の肌を鮮やかな装束で飾り、銀の腕輪や首飾りが陽光に反射してキラキラと光る。子供たちが素足で走り回り、荷物を運ぶロバの鈴がチリンチリンと軽やかな音を立てていた。市場の奥では、ゴドア独特の青い陶器や手織りの絨毯が積み上げられ、商人たちが大声で値引き交渉に興じている。
ジェルモは深呼吸し、懐かしそうに目を細めた。
「この香り、この喧騒……3大ギルドが跋扈する前の世界そのものです。ゴドアの市場は、まるで時間が止まったかのようだ」
ソフィアも市場の活気に目を輝かせ、通りすがりの屋台で売られていた星形の焼き菓子を手に取った。
「これ、なんて可愛らしいんでしょう!ルンデルやファニキアでは見ない形ですわ」
「それは『ハルワ・ナジュム』、星の甘菓子だよ。ゴドアの子供たちが大好物さ」と、屋台の老女が笑顔で説明し、ソフィアに試食を勧めた。ソフィアが一口かじると、蜂蜜とナッツの甘さが口いっぱいに広がり、彼女は思わず笑顔になった。
アンリは市場の雑踏を見渡し、感嘆の声を漏らした。
「ルンデルの市場とはだいぶ様相が違いますね。こんなに地元の色が濃いなんて・・・・・・まるで絵巻物の中に飛び込んだみたいです」
「ゴドアは3大ギルドの活動をほぼ許してません。ですから昔ながらの地元の商人による商いで成り立っているんですよ」とジェルモが答えた。
「そうか、だからなんというか・・・・・・懐かしい感じがします。文化も風習も違うのに・・・・・・」
アンリが呟くと、ジェルモが深く頷いた。
「ははは、そうですね。この景色は3大ギルドが蔓延る前までは、どこの国でも当たり前の光景でしたから。こうした地元の個人商店はどんどん潰されてしまいましたからね」
一行はアル・ダフールで一泊すると、ゴドアの王都ギーラーンに向けて出発した。
一方その頃、ファニキアの西、ハイデを超えた先の地に三人の男女が密命を受けて活動していた。彼らが潜入していたのは、マルムート領の北東、グランデ州の中心都市リベイラ。かつてマルムートの要衝だったこの地は、四年前の「神託戦争」で帝国に奪われ、今はガーネット教の支配下にある。
リベイラの街は、灰色の石造りの建物が立ち並び、かつての繁栄を偲ばせる広場には、今も戦争の跡が残る。修復された領主の居城リベイラ城は、尖塔にガーネット教の赤い旗が翻り、街を見下ろすようにそびえる。だが、民家や市場の通りは、焼け焦げた壁や崩れた屋根がそのまま残り、戦争の傷跡が生々しい。
通りには埃っぽい風が吹き抜け、焼けた木材と湿った土の匂いが混じる。市場の屋台はまばらで、干した魚や硬くなったパンの香りが漂うが、かつての賑わいはない。街の至る所にガーネット教の教会が建ち、尖った屋根から漏れる聖典の朗読が、低く響く鐘の音とともに朝から晩まで途切れない。
広場では、赤と金の祭服を纏った司祭を先頭に、信者たちが聖典を叫びながら練り歩く。群衆の声は単調で、まるで呪文のように街を包み、通りすがりの住民の顔には疲弊と諦めが浮かんでいた。
宿の二階、埃っぽい窓辺でその様子を眺めるのは、フードを目深に被った褐色の肌の戦士、アシュだ。宿は市場の裏通りにあり、窓からは練り歩く信者の赤いローブが遠くに見える。部屋は狭く、木の床は軋み、壁には湿気で剥がれた漆喰が散らばる。窓から吹き込む風には、市場の魚の匂いと教会の焚香が混じり、アシュの鼻を刺激した。彼はフードの下で鋭い目を光らせ、通りを見張りながら、領主ラモン・ノルヴァータ辺境伯の居城の動向を頭に刻む。
「アシュ、なーんかわかったのー?」
ベッドに寝転がり、埃っぽい毛布を足で弄ぶサシャが、のんきに声を掛ける。彼女の明るい声は、部屋の重苦しい雰囲気を一瞬だけ和らげる。
「領主ラモン・ノルヴァータ辺境伯の居城ならもうわかってる。一日のおおまかなスケジュールも掴んだ」とアシュは淡々と答える。
「へぇ~、暗殺部隊出身ってのは本当なんだね♪ んじゃ、もう殺っちゃう?」
「何を言ってるんだ、おまえは? リザが何のために潜入してるか考えろ」
※サシャ:豪弓のサシャ、人間バリスタの異名を持つ弓隊長。ミラ配下、ソルシエール・シュヴァリエ。
※アシュ:元ゴドアの暗殺集団フィダーイ出身。暗殺を専門とする。チャクラムやナイフを好んで武器とする。ミラ配下、ソルシエール・シュヴァリエ。
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