ルンデルの新王
「ちょっと待て。おまえら商隊なのに、なんでそんな子供が一緒にいるんだ?」
「ああ、この子ですか。この子は私の——」
「俺の妻だ!」
「「え“っ!?」」
いきなり、とんでもない方向の言い訳に虚を突かれて、思わず声が漏れたジェルモとソフィアであったが、ソフィアが咄嗟に相槌を打つ。
「そ、そ、そ、そうですわ!妻ですわ!」
その様子を見て訝しんだ兵士がフランツとソフィアの顔を交互に見て突っ込む。
「本当か!?その年齢で?」
「本当だ!この商隊は今をときめくローレンツのフランツ商隊で、彼女は俺の妻だ」
そのフランツの発言でジェルモとソフィアは手で顔を覆った。
「フランツ・・・・・・ローレンツのフランツ」
考えながら兵士の視線が、フランツの顔と腰に下げた剣を何度も往復する。その様子を見てソフィアが小声でフランツに囁く。
「フランツさま、ダメですよ名前出しちゃ」
「え?ダメだったか?」
「ご自分で思ってるより結構有名だと思いますわ」
「そうか?」
フランツとソフィアがコソコソと話していると、城兵の背中越しに女性の声が響いた。
「お勤めご苦労さま。彼らは私の客人だから、通してやってくれないかな?」
城兵は振り向くと、ビクッとして急にかしこまって敬礼をする。
「あ、アンリさまっ!アンリさまのお客人とは知らず、失礼いたしました」
「誰だあいつ?」
フランツが小声でソフィアに尋ねるが、ソフィアも首を振るばかり。
「私もわかりませんわ」
ふたりが小声で話してる前方で、ジェルモは恭しくお辞儀をした。彼ら一行は、訳も分からずアンリと呼ばれた女性について行く。しばらくして迎えの馬車に乗ると、馬車はモンシャウの中心部へと進んだ。車窓からは、貴族の邸宅が立ち並ぶ区域が見えた。
石造りの建物はどれも堂々としており、窓枠にはルンデルの伝統的な獣の彫刻が施されている。通りを歩く貴族の衣装は毛皮の縁取りが施され、夕暮れの光を浴びて金糸がキラキラと輝く。馬車の揺れに合わせて、ジェルモが呟いた。
「モンシャウはゴットハルト王の統治で息を吹き返したようですね。この賑わいは、3大ギルドの影響が薄れた証拠です」
アンリが笑顔で話しかけてきた。
「長旅で疲れてるでしょう。今夜は私の邸宅に泊まっていってください」
「なぁ、そろそろいいだろ?あんた、いったい誰なんだ?なんで俺たちのことを知ってるんだ?」
「フフ、それは後でわかりますよ」
「いや、そもそも俺たちは——」
「フランツ殿、ここは彼女の好意に甘えると致しましょう。ここで我々が騒いでも何の益にもなりません」
ジェルモは何か気付いたらしく、既に最初の警戒モードは解けている。その様子を見て、フランツも不承不承黙るしかなかった。市場などの商業区画を抜け、モンシャウの城塞都市の中心に入ると、王族や貴族の邸宅区域が広がっている。この辺りの造りはローレンツの王都ヴァレンシュタットや他の城塞都市と変わらない。
やがて一行の馬車は、とてつもなく大きな邸宅の門を抜けて入って行った。広大な庭園が広がり、中央の池の真ん中に道が橋のように通されており、その上を馬車が進んで行く。池の水面は、庭園を吹き抜ける風で水しぶきが上がるたびに、キラキラと夕陽の光を反射していた。邸宅の巨大なドアを通って中に入ると、赤い絨毯と天井の壁画が目に飛び込んでくる。両側にある階段のひとつを登って奥へ奥へと進んで行くと、両開きのドアがあった。それを開くと豪華に装飾された大きな部屋と、巨大なテーブルに盛り付けられた様々な料理が並んでいる。
「あれ?」
不意にアンリが、立ち止まって独り言ちる。どうやら、キョロキョロして人を探している様子であった。巨大なテーブルには料理も酒も用意されているが、座席には誰も座っていない。
「おーい!こっちだこっち!」
アンリがキョロキョロ探していると、大部屋の隅に取り付けられた小さなドアからヒゲだらけの大男が手を振りながら叫んでいた。
「え、なんで?」
そう言いながらも、小走りにアンリが駆けだしたので一行もついて行く。
「陛下、どうして大部屋にいらっしゃらないのですか?」
「あんなデカい部屋落ち着けるかってんだ。本当ならよ、その辺の酒場で十分なんだよ俺ぁ」
「だからって、こんな小さな部屋に・・・・・・」
「まぁ、細かいこたぁ、いいじゃねぇか。料理と酒はもう運んでんだ。足りない分はそっちから運べばいい」
アンリは嘆息すると、ジェルモたちのほうに向き直った。
「ご紹介します。こちら——」
「ゴットハルト!?」
フランツが思わず叫ぶとアンリは思わず苦笑した。
「ご存知でしたか」
「おい、ゴットハルト陛下だ!呼び捨てにするな」
「エヴァールトもいたの?」
そう言いながら、なかから出て来た男に向かってアンリが呟くと、ゴットハルトがエヴァールトを抑えながらアンリに尋ねた。
※エヴァールト:元ルンデル最強の勇将であるゴットハルトが自身と同等の武を持つと認めて引き上げた人物
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