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最強の勇将

「もういい!話にならん!」


 ドンっとテーブルを叩くと、ベルンハルトはそう言い放って部屋を出て行ってしまった。フリードリヒは小さく溜め息をつき、頭を振る。


 その様子をじっと興味深げに観察していた男がいる。ブラインファルク家当主の弟であるホルスト中将だ。「失礼」と短く言い残すと彼も席を立った。


 優秀だなんだと言われて舞い上がっているから、あのような軟弱な思考になる。やはりあいつではダメだ。この国の将来を任せられん・・・・・・。心のなかで、そう独り言ちるベルンハルトに後ろから声を掛けて来たのは先ほど会議室にいたホルストである。


「お待ちください殿下、僭越ながら、先ほどの殿下のお怒りはもっともなことかと思います」


 ベルンハルトが振り返ると、彼の後ろから声を掛けて来た男はそう言って、恭しくお辞儀をする。彼はこの男を知っていた。知っていたが、さして興味もなく、まして関係が深いわけでもない。王都のパーティーで何度か会ったことがあり、会えば挨拶をする程度の人間だ。


 男の身体は痩身で貧弱であった。とても戦場を潜り抜けてきた強者には見えない。中将といっても、所詮貴族上がりのコネを使って登り詰めただけに過ぎないのだろう。


 軍事に明るいわけでもなく、当然、武術の才があるわけもないだろう。武闘派で知られるベルンハルトとは対照的な男だった。しかし、この男の出す雰囲気や喋り方は妙に人を惹きつけるものであった。軍事ではなく、政治力で登ってきた男か。


「聞こう」


 ベルンハルトはあてがわれた自室へその男を案内した。彼が話すことを要約すると、派兵はブラインファルク家独自で決定したことを強調しつつ、ブラインファルク家はベルンハルト側に付くということ、更にどんなことでも協力を惜しまないということであった。それ以外は、ベルンハルトが如何に正しく立派な主張をしていたかということを延々と褒め称える。恐らく、今回の派兵も軍事的見地から立った派兵ではなく政治的な主導権を握るための決断なのだろう。


 ベルンハルトは彼がどんなことを意図しているのかを正確に理解した。要するにホルストという男は俺に探りを入れて来たのだ。俺が事を起こすならば、貴族最大派閥のブラインファルク家が味方するということをほのめかしていた。もちろん、彼は一言も言わなかったが、成功した暁には権益のひとつかふたつを要求でもするのだろう。それぐらい安いものだ。ベルンハルトはこのホルストという男との出会いによって暗い野望の火を灯すきっかけになった。


※※※※※


 次の昼、フライゼン城の前には八千の兵が横陣を敷いてルンデル軍と対峙した。城内には戦闘状態になり、今まで行き場のなかった徴募兵千人が諸侯の働きかけで入城し、さっそく傷ついた城壁の応急修理を行いながら防衛の準備に取り組む。


 対するルンデル軍は攻城戦に参加した先行部隊四千五百に援軍である本隊が加わり、総勢一万四千五百人に膨れ上がっていた。フライゼン城の前には茫漠とした背の低い草地が広がっており、非常に見通しがいい。


 南側は巨大な山脈が縦に連なっていて、常に山頂には雪が被っている。そこがローレンツとルンデルの国境線ともなっていた。そのルンデルの軍本隊を率いるのは最強の勇将として名高いゴットハルト・フォン・フレーゲル大将である。彼の下にヘルムート・フォン・ラッセンベルク中将、そして先行部隊を指揮していたカール中将が指揮下に入っていた。


「さて、どうしたもんかな、俺がここに着くころにはフライゼンは落ちてる予定だったんだがな」


 馬上にいる大男は髭を撫でながら横目でカール中将を見ながら言った。彼の右手には兵が四人で彼の矛を横に抱えている。その矛も通常の二倍はあろうかという大きさだ。その大男こそゴットハルト大将であった。


「申し訳ございません。私の力不足でした」


 カール中将としては少数の敵が城内にいる間にどうしても落としたかった。小城であれば半日もせずに落とせたであろうが、フライゼン城はローレンツが誇る北の大要塞であり、城壁の高さも通常の城の二倍はある。それでもあと一日、いや半日あれば結果は違っていたかもしれない、悔やんでも悔やみきれず、ゴットハルトの嫌味は心に響いた。


「まぁ、相手方の援軍が思ったより早く到着したのは計算違いであったな。奇襲で得た利は失ってしまったわけだが、これからの我々の役目は、南側の連中がやりやすいように敵の目をこちらに向けさせておくことだ。連中に花を持たせてやるのはちと惜しいがなぁ」


「相手方の援軍には第一、第二王子の旗印が確認出来ますな」


 カールは、これ以上嫌味を聞くのを避けたかったので話題をそれとなく変えた。援軍を得て城外に布陣している中に両王子の旗印がはたはたと揺れている。


「そうだな、フリードリヒとベルンハルトだったか。ふたりとも戦強者との話だったが、こうして相対するのは初めてか。特にベルンハルトはローレンツ最強の剣士だとの噂よな。ふふふ、ちと試してみるかな」

 

 ゴットハルトは不敵に笑うと指示を出し始めた。彼は、部下に命じて魚鱗の陣(∧)を組ませた。そして、後方の左右にヘルムート中将とカール中将を待機させ、自分は先頭に立った。矛を運んでいた先ほどの四人の兵たちがよろめきながら重そうな矛を持ち上げる。それを片手で受け取り、軽々と掲げた。矛を持っていた兵士たちはそれを感嘆の眼差しで見つめ、大きく息を吐く。


 そして、ゴットハルトは大声で叫んだ。


「いいか!この一戦は今までの小競り合いとは違い我が国にとって重要な戦いになる。我々の大規模な奇襲攻撃によって敵は浮足立っている。目の前の敵を見よ!追い詰められて王子まで出張って来ておるわ。今こそ最大の攻め時だ!ここで奴らの首を取って城を陥落させれば、相手の防衛は一気に崩れるであろう!ここが正念場と心得よ!諸君の奮闘に期待する!」



「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」



 兵士たちが大歓声でゴットハルトに応えた。士気は上がったと見たゴットハルトは矛を再び掲げて短く叫ぶ。


「全軍、突撃!」猛烈な勢いでゴットハルト将軍率いる五千の兵は動き出した。


いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。


☆、ブックマークして頂けたら喜びます。


今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

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