イヴニール陥落
一方、パトスは城壁まで辿り着くと、階段の兵を一掃しながら一気に駆け上げる。そして、城門開閉の制御室のなかにいた兵士たちを瞬く間に制圧した。
しばらくすると、城門を守る重たい二枚の落とし格子がガラガラと音を立てながら上がり始めた。同時に、重たい城門が開いていく。
南の城門の前で待っていたミラは高らかに叫ぶ。
「さあ、勝利は目前じゃ!今より掃討戦を行う!」
ミラと共にいたガルダが城門のなかに設置された拒馬槍を見て、オーラを込めた戦斧を一振りする。拒馬槍はガルダの衝撃波で跡形もなくバラバラとなった。ミラは城門内に入ると周囲を見渡して指示を出す。
「主要施設及び城壁と主塔を占拠せよ。降伏する者は殺すでないぞ!」
そこからの制圧は早かった。レーヘ守備軍は城門内にアルス・ミラ連合軍に入られたことがわかると、抵抗らしい抵抗もなく降伏した。そして、各城壁の旗はローレンツとシャルミールの旗に差し替えられる。ここまで僅か一時間と少しだった。
アルスとミラはイヴニール城塞都市を無傷のまま制圧することに成功する。さらにアルスはここで奇妙な策を打った。イヴニールの守備兵から希望者を募りレバッハ方面に追いやったのだ。
同時に、ロアール砦の北に展開しているヴェルナー・ガストン連合軍に対しても早馬を送る。これに対してミラやエルザは当然、疑問を呈した。これに対しアルスの答えは以下の通りである。
「そろそろレバッハの食料が尽きるからね。敵軍をレバッハから引き剥がして、今回は僕らだけで決着をつける。大丈夫、勝つための算段はもう出来てるから」
レバッハを包囲するマクシミリアン公爵の元に救援依頼が来たのは、リザ将軍が南から本格的にイヴニールを攻撃し始めた後だった。
この時、公爵麾下の両将軍、ポッツォとジョゼはレバッハ包囲の継続を主張している。これは、リザ軍が攻城兵器を持っていないという報告が大きかった。城塞都市であるイヴニールを、攻城兵器無しで落とすのは非常に厳しい。輸送路の確保が懸念されるものの、緊急事態ではないと判断されたのだ。
その報告を受けてから僅か三日後、レバッハ包囲軍に激震が走った。最初に異変に気付いたのは、西側の包囲を担当していたニコラ軍である。ニコラ麾下のロシュ将軍より緊急の伝令が飛んだ。伝令はニコラ伯爵がいる本陣に到着すると、馬を降りて全速力で走る。
「どこの隊の者だ?」
「ロシュ将軍からの伝令だ!急いでニコラさまに取り次いでくれっ、急ぎだ!」
「ニコラさまなら今お休み中だ。もう少し後にしてくれ」
「そんな暇があるかっ!兵士がイヴニールから敗走して来てんだ!緊急事態なんだよ!」
それを聞いた途端に取り次いだ兵士の顔色が変わる。
「わ、わかった。ちょっと待っててくれ」
この情報は、ニコラ伯爵からマクシミリアン公爵にもすぐに伝達され、軍議が緊急招集される事態となった。
「イヴニールから逃げて来た兵士たちの話によれば、敵はミラ侯爵とローレンツのアルトゥース王子の連合軍だそうだ」
「確かなのか?そいつらは本当にイヴニールから逃げて来たのか?何か敵の策略とかではないのか?」
マクシミリアン公爵の疑問にポッツォ将軍が答える。
「それは確かです。敗走して来た兵士どものなかには、見知った顔が何人もいたという証言を我が軍の兵士から得ています」
「だとすれば、事態は最悪だぞ。奴らの言ってることが本当だとすれば、アルル城が落ちたということになる」
「いえ公爵、それは早計です。イヴニールから逃げてきた連中は誰もアルルが落ちたところは見ていません」
マクシミリアンは大きく溜め息を吐いた。隣にいたニコラ伯爵は、他の三将軍にも意見を求めたが返って来る答えはほぼどれも同じである。
「イヴニールが落ちたのは事実でしょう。ですが、まぁ、まだ希望はあると思いますよ。ひょっとしたらアルル城は救援を求めているのかもしれません。輸送のこともあります。干上がる前に我々は一刻も早くイヴニールの奪還をするべきかと思いますね」
「だが、今動けば我々が挟撃されることにならんかね?」
マクシミリアンの問いにジョゼは笑って答えた。
「その心配は無用だと思います」
「どうして、そんなことが言い切れるんだ?」
「ローレンツ軍にそんな余裕はないからです。実は、敵の糧食は尽きかけていると私は見ています」
そのジョゼの答えに、その場にいた全員の視線が集中する。それもそのはずで、ジョゼは自分の考えをこの場で初めて公開したからだ。
「なぜ、そんなことがわかる?」
「敵の数は当初1万5000ほど、現状でも1万3000近くはいるでしょう。それほどいるにも関わらず、城内から上がる煮炊きの煙が少なすぎると思いませんか?」
ジョゼの言葉を聞いて、全員がハッとさせられた。このことに気付いたジョゼは、すぐに城の四方から見える煙の数を部下に確認させている。
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