エルン城 制圧戦3
その瞬間を合図としてアルスは飛び出し城壁の上にいた兵士に短剣を投げる。短剣は兵士の首元に命中した。近くにいた兵士が驚いて気づくも、今度は続いて飛び出したヴェルナーが投げた短剣で倒れる。
そして、あっという間に東側の城壁を制圧してしまった。さらに、ヴェルナーが用意したロープでふたりは城内へと降りていく。
しばらくすると、内側から閂が開けられ、正門の扉が音を立ててゆっくりと開いた。驚いたふたりの門番の兵士が駆け寄るも、兵士が門のほうを向いた直後、エミールの放った矢が背中に刺さる。もうひとりの兵士が倒れた兵士の元へ慌てて駆け寄ろうとしたそのとき、兵士の胸元にはエミールの放った第二の矢が命中していた。
そこへ、アルスの直属部隊200名が東側の死角から正門前に忍び寄る。甲冑を着ていないので音もせず、一気に城内に雪崩れ込んで次々と要所を制圧していく。こうなってしまっては、城内の数少ない兵士たちではもう戦いようがなく、全員が投降したのだった。
こうしてアルスはルンデルの大規模奇襲攻撃という危機を利用して、敵のエルン城の制圧に易々と成功してしまう。
これに驚いたのは、明朝やっとの思いで帰還した元ハインツの副官ゲオルグであった。傭兵部隊は全滅、将軍を討たれ壊滅的な敗北から帰還してみれば、自軍の城にはローレンツの旗がたなびいている。
今や敗軍の将となったゲオルグであったが、つい昨日までヘヴェテ城を攻め落とす計画を実行するつもりが、どういうわけか自領まで敵の手に落ちているというのは彼の理解の範疇を超えてしまっていた。そのままそこに留まるわけにもいかず、ゲオルグは敗残兵をまとめて更に東のケルン城まで退却するしかなかった。
※※※※※
一方、ローレンツ最北端のフライゼン城は、フリードリヒとベルンハルト両王子率いる6000の援軍と、ブラインファルク家のホルスト・フォン・ブラインファルク中将が率いる2000の軍勢、総勢8000の到着で歓喜に沸いた。だが、歓迎の余韻は短く、オットー・フォン・シュルツェ中将は会議室で両王子とホルストを迎え、即座に軍議を開いた。
「オットー中将、戦況の詳細を改めて話してくれ」
フリードリヒに尋ねられると、オットーはこれまでの経緯を詳細に彼らに伝えた。フリードリヒは現在までの経緯を黙って聞く。聞き終わるとオットーに感謝を述べた。
「なるほど、よくこの城を敵の手から守ってくれた。礼を言う」
「もったいなきお言葉、この城に殿下を迎え入れることが出来ましたのも行軍を早めてくださった両殿下のご尽力があってのものです」
「ところで、卿が招集し損ねた兵だが、まだ命令は生きてるな?」
「はい、諸侯にも新たに徴兵をするよう依頼しておりました」
「ふむ、では急いで再招集をかけてくれ」
そこまで黙ってオットー中将とフリードリヒ第一王子のやり取りを聞いていたベルンハルトだったが、ここで急に会話に入ってきた。
「おい、ちょっと待て!諸侯に徴兵するよう依頼していたというのは本当か?」
「ええ、敵軍の急報が入ってから何度か状況の説明を求められましたので、その時に徴兵の依頼も出しております」
「ちっ、その者たちのリストを出せ!」
「ベルンハルト、どういうつもりか?」フリードリヒが説明を求めた。
「兄上はわからんのか!?この国が危急の時にあいつらは兵も出さずに3日も何をしていたというのだ?ただ怯えて隠れていたら敵軍が去ってくれるというのか?何もせずにのうのうと生きていられるのはこの国の庇護下の下でだ。日頃の安寧を貪り食い、国の危機に見て見ぬふりをする奴らは万死に値すると言っておるのだ」
ベルンハルトの表情は険しい。それは、オットーが地方貴族たちに説明をしながらも、最初から兵を派遣して欲しかったという願いと被るものがあった。地方貴族たちは、ここフライゼンという国境沿いの領地に居を構える限り、戦線の最前線に放り出される可能性がある。それを常に頭の片隅に置いておくべきではある。
ただ、今回のように虚を突かれた場合、諸事情を抱える地方貴族たちに何の説明もせず人員を差し出させるのは酷である。まして、今は収穫の時期なのだ。ここで人員を割かれたら死活問題になる領主もいる。その点まで考慮してるのだろう、フリードリヒは即座にベルンハルトの考えを否定した。
「それは違うぞ、ベルンハルト。諸侯と言っても地方の小貴族だ。彼らが個別に集められる兵はせいぜい数十から数百だろう。徴兵をしてこの城に駆け付けたとしても敵の大軍に取り囲まれているところに攻めていけばいたずらに死者を増やすだけだ」
「詭弁を弄するな!国が敵の手に渡ればどうせ死ぬだけだ。あるいは、財産を投げうって自分たちの命だけは助かる腹積もりなのだろうよ。であれば、尚のこと許せん。そんな奴らは王家に逆らってるのと同じだ!いざというときに裏切るような奴らであればここで死をくれてやろうというのだ。それが何故わからん?」
「違う!そんなことを言っているのではない。わかってないのはおまえのほうだ。私はいたずらに民草を死なせるなと言っているのだ。国は民あって初めて成り立つものだ、おまえこそ何故それがわからないのだ?」
「民は国が保護しなければならない存在だ、いちいちおまえに指摘されんでもわかってるわ!綺麗ごとをぬかすなっ!王なくして愚かな民はどう生きていけばよいのだ?王が道を示し、民はそれに従って進むのだ。それが古来からの道というものだろうが!」
二人の話は平行線のままだった。兄弟仲が相当に悪いと噂に聞いてはいたが、戦の最中にまで兄弟喧嘩をなされるとは・・・・・・オットーは心の中で嘆息した。
フリードリヒ王子は冷静に物事を見ておられるお方だ。フリードリヒ王子の見解は私と一致する。ベルンハルトの意見に理解出来ないわけではないが、ベルンハルト王子は、どうも国の、というより王家の威光や権力を振りかざす傾向がある。オットーはそう思ったが何も口にすることは無かった。ここで彼が何かを口にすれば余計にややこしくなることが目に見えているからだ。
いずれにせよフリードリヒ殿下が後継者であることが救いであると心から感じたが、同時にお世継ぎ問題で何らかの火種が起こるのでは?と危惧するのであった。
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