軍師エルザの策
ガストンがエルザから預かった策は、レーヘ軍を釣り出すことだった。ヴェルナーたちの南には大きい岩がゴロゴロ転がっている地帯である。岩と岩の間であれば軍は横に広がることは出来ない。
岩地の前に布陣して攻め込んでくれば重装騎士団で囲んでしまうということだった。エルザが示した策をガストンとヴェルナーが現地に合わせて、さらにブラッシュアップすることで、ようやく作戦が決まる。
明け方になると、三人は地形を見ながら確認した。岩地の奥は入り組んでおり、見通しが悪い。伏兵をするには絶好の場所である。そして、ヴェルナーとエミール率いる2000は岩地を背に陣を敷いた。
「トビアス伯爵、ローレンツ軍は横陣を敷いています。どういたしますか?」
「昨日は奇襲で散々やられたからな、やり返さねば気が済まん!あの魔女め、我々を裏切ってローレンツと手を組むとは」
「隣のジョゼ将軍には伝えましょうか?」
「良いわ、私が動けば勝手に動くだろう。そもそもあそこはマクシミリアン公爵の部隊だしな。まずは、敵の反応を伺いながら我が軍が攻撃を仕掛けるとしよう」
トビアス伯爵が前進の号令を掛けると、ゆっくりと動き始める。半ばの距離まで進むも、左翼を担うジョゼ将軍は全く動く気配がなかった。
「ジョゼ将軍は動く気はないようですね」
「所詮は雇われ者よ。損害を出して公爵にその責を問われるのが嫌なのかもしれん。構わず我々は前進するぞ」
一方、ジョゼ将軍はただじっと見守るだけで何もしなかった。
「将軍、本当によろしいのですか?」
部隊長のポールが確認を行う。これで二度目だ。
「良い。連絡もなく勝手に動いてるのだ、こちらまで巻き込まれたくはない」
「しかし、後で見捨てられただのなんだのと言われたりしませんかね?」
「そのときはそのときだ。いや、むしろ良い気味だ。あれを見て突っ込んで行くんだ、よほどの自信があるんだろうよ」
ポールはジョゼに言われて、トビアス伯爵の軍とローレンツ軍の布陣を交互に何度も見て首をひねる。
「私にはトビアス伯爵が不利には見えませんが」
「おまえにはそう映るのか、だったら尚更トビアス伯はダメかもしれん」
「どういうことです?」
「そのうちわかる」
ジョゼ将軍はそれだけ言うと口を閉ざした。それ以上話すような雰囲気ではなかったので、仕方なくポールも黙る。今はトビアス伯爵とローレンツ軍の戦の成り行きを見守るしかなかった。
トビアス伯爵の動きは、当然ヴェルナーとエミールからも見えていた。
「トビアス伯爵は動いたが、ジョゼ将軍は動かない。様子を見てるのか、それとも気付かれたか・・・・・・」
ヴェルナーは視線を敵軍左翼に移して、迫るトビアスに対応するために指示を飛ばす。挟撃を避けるために、敵が中央に前進してくるまで動くことをしなかった。それがどうやらトビアスの目には消極的に映ったらしい。
角笛が鳴り響くと敵の進軍速度は、前進から突撃速度に切り替わった。それを見てヴェルナーは前進を止める。突撃になった途端、敵の陣形は乱れ波のように飛び出た集団と遅れた集団が出来ていた。明らかな訓練不足、これじゃ各個撃破してくれって言ってるようなもんだ。
「飛び出た集団を集中的に矢で狙え!あとはいつも通りだ!」
ヴェルナーの号令で、飛び出た集団に対して集中的に矢の雨を降らす。突撃によって隊列から飛び出た集団は叫び声を上げながら次々と倒れ込んでいった。
「よしっ、突撃っ!」
弓隊は後ろに下がり、ヴェルナーの号令で歩兵部隊は一斉に槍で突撃を開始する。直後、ふたつの集団はぶつかった。金属音と叫び声、昨日の雨でぬかるんだ泥が飛び散る。
ふたつの集団はそのまま乱戦状態にもつれ込むかに見えた。しかし、時間の経過とともにローレンツ軍は少しずつ下がり始める。ヴェルナーの指示で下がっては踏みとどまり、下がっては踏みとどまるというのを繰り返す。それは、ローレンツ軍が攻撃に耐え切れずに、じりじりと下がっているように見せかけるためだった。
そして、トビアス伯爵の目には、ローレンツ軍が踏ん張れずに後退を繰り返しているように映ったのである。
ヴェルナーはチラッと、敵右翼に視線を飛ばした。相変わらず、全く動く気配はない。本当はジョゼ将軍も釣れたら良かったんだが、そううまくはいかないらしい。
そして、ヴェルナーは大声で叫んだ。
「退却するぞ!岩地まで退却だ!」
角笛が鳴り、ヴェルナー率いるローレンツ軍は一斉に岩地の奥へと引き上げていく。それを見ていたトビアスは興奮気味に叫んだ。
「討ち取れ!昨日の借りを返すぞ!」
ローレンツ軍の後を追ってトビアスは岩地の奥へと入って行った。そびえ立つ大きな岩がゴロゴロと転がっており、その間を勢いよくトビアス軍は雪崩れ込んでいく。
そして、いくつか岩の間を抜けると「ピーーーーーーーーッ」とつんざくような鏑矢の音が岩の間を反響した。それを合図にして重装騎士の集団が岩の間という間をサッと固めていく。
トビアス軍の先頭集団は構わず重装騎士団に突っ込んだが、まるで岩の壁にぶつかったかのように弾き返されていく。重装騎兵を騎馬ごと弾き返す部隊である。一般兵がどうこう出来るような部隊ではない、まして訓練不足のトビアス兵ではどうしようもなかった。
いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。
☆、ブックマークして頂けたら喜びます。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。