アルル城攻略戦3(レバッハ包囲網の背後を突け!)
「おはようございます、アルスさま。昨日は申し訳ございませんでした」
「おはよう、ギュンター!昨夜はジャン将軍と和解出来たかい?」
棒打ちの刑の後、一緒の場所に寝かされたのはそのためだったのか。アルスの何気ない一言でギュンターは今更ながらに気付かされた。
「ええ、おかげさまで。それよりこれは何の騒ぎです?」
アルル城の周辺では、数千人の兵士が土嚢袋に土を詰める作業に従事していた。その横ではガルダが地面に亀裂を入れている。
「見ての通りだよ、築堤をしているんだ」
「水攻め・・・・・・時間が掛かりませんか?」
ギュンターの質問にはベルトルトが答えた。
「南側に傾斜しているので南側だけに堤を造るんです。主堤は300トゥルクほどで済みます。あとは副堤を低く囲うだけです。工期は四日と見ていたんですが、このペースなら三日でいけそうです」
「水が障害になっているから、いっそのこと水を武器にしようと思ってね」
アルル城の南側は、既に土嚢が積みあがってきている。城の建っている地形はすり鉢状になっているため、すぐ傍を流れるエディエンヌ川の堤防を決壊させて一気に水を放出させれば、城は沈んでしまうというわけだ。そう、僕が考えてるのは秀吉の得意技だった高松城のような水攻めだ。
「あの、アルスさま」
兵士たちが土嚢を積み上げているのを横目に、ギュンターは昨日からどうしても気になっていることを考えていた。昨日は自分の失態でそのことをアルスに話す余裕などなかった。だが、ジャンとも和解出来た今は、頭も明瞭に働く。気になっていたことをアルスにぶつけてみた。
「昨日、私がジャン将軍と一触即発のところにシャル殿が仲裁に入りました」
「うん、見てたよ」
「彼はいったい何者なんでしょうか?あの黒いオーラ・・・・・・あれはまるで」
「わからない。だけど、オーラだけで判断するのは早計だよ。何らかの関わりがあったとしても、彼はミラ侯爵の執事 兼 護衛という立場だ。それに、それだけでベルンハルト兄さんを支援する理由にもならないからね」
アルスは笑って答えた。アルスさまのことだ、すでに色々考えて危険性は無いと判断されているのかもしれない。
「わかりました。アルスさまにお任せします」
東のレバッハの背後を突いたヴェルナーたちは、その晩は岩地まで後退していた。レバッハ周辺は岩地と丘陵地帯が広がっている。断続的に降っていた雨も次第に止み、ヴェルナーとエミールはガストンと今後の戦い方について話し合っていた。
奇襲攻撃を受けたレーヘ軍は、レバッハ城を包囲していた一部を奇襲部隊の対応に当たらせている。その数1万。率いるのはトビアス伯爵5000、マクシミリアン公爵麾下の将軍ジョゼ・フィリア5000である。彼らは横陣を敷き、右翼にトビアス伯爵、左翼にジョゼ将軍という布陣だ。
奇襲攻撃直後に、ユベール部隊長率いる重装騎兵を打ち破ったアルス・ミラ連合軍の士気は高かった。そうはいっても相手は5万近くもいる大軍である。兵士たちも酒盛りをする気分にはなれなかった。
「我々の前方で兵を率いているのは、トビアス伯爵とジョゼ将軍のふたりだが。最近は軍の指揮系統がうまく機能していない」
「どういうことだ?」
ガストンが言ったことに、ヴェルナーはすぐに反応する。
「知ってると思うが、レーヘの貴族は戦場に出ても兵を出すだけだ。実際の戦闘指揮は軍の組織が担うことになってる。たとえば、マクシミリアン公爵麾下にはふたりの将軍がいるが、彼らが戦闘指揮を取ることになるのが普通だ」
「そうだったな。だが、それがどう関係するんだ?」
ヴェルナーが尋ねると、ガストンは盤上の駒をじっと見つめながら説明を始めた。
「最初に奇襲攻撃をした軍はトビアス伯爵の軍だ。あそこは将を用いずに伯爵自ら軍を率いている。貴族はもちろん用兵の知識もあるだろうが、それはあくまで机上の話だ」
「つまり、狙い目はトビアス伯爵というわけですか。でも、なんでなんです?」
エミールが沸かしてきたお茶を、並べられたコップに淹れながら尋ねる。
「そもそもそういった制度を破ったのは現国王のラザールだ。奴も最初は将に軍を任せていたが、敗戦するたび二回に一回は死刑にする。そのうち怖がって誰も王の軍を預からなくなった。それ以後は自分で率いるようになったってわけだ。貴族についてはわからんがな」
「では、ミラ侯爵はどうなんですか?」
「ミラさまは他の貴族どもとは根本的に違う。俺のような者も使うが、自分で軍を率いることもある。そして何よりあの方は政治だけでない、軍略の才もある」
ガストンはエミールが淹れたお茶をチビチビと飲んで、ほーっと息を吐く。ゴツイ身体をして、案外猫舌なのかもしれない、などとヴェルナーは思いながらそれとは別の感想を口に出した。
「随分ミラ侯爵のことを買っているのだな」
「そうだな。この国にはラザールに不満を持つ者が多い。あの方は変人だとか魔女だとか色々言われちゃいるが、不満を持つ者の代弁者となってくださってるのも事実だ。そして決して折れることのない精神を持っている。ついていく者たちは皆あの方を慕っている」
「『魔女の騎士団』の強さの秘密を垣間見た気がするな」
それを聞いてガストンは愉快そうに笑った。
「ところで、明日の作戦なんだがエルザから俺に託された作戦がある」
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