兵家必争の地
「アルス王子、エルザの案じゃが。このロアールの砦を経由してレバッハの背後を突くというのはどうじゃ?同時に中央のグラン・セッコからも牽制をかけて北のイヴニールを釘付けにするんじゃ」
「それは僕も考えました。ですが、それだけだと足りません。今後のことを考えるならここを取るべきだと思います」
アルスがテーブルの上に広げられた地図の上を指差す。そこは、モーラボート州の拠点アルル城だった。そのアルスの指摘を受けてエルザは衝撃を受ける。攻められてるのに攻める!?はっきり言って無茶苦茶な提案だった。
「レーヘを攻略するうえで戦略上、もっとも重要な拠点はここアルルです。ここに楔を打つことが出来れば北、東、西、全てに対して睨みを利かすことが出来ます。逆に敵にとってここを取られれば、ほぼ負けが確定します。兵家必争の地と言ってもいい」
「待ってくださいアルスさま。レバッハのほうはどうするんですか?先ほどの説明では、レバッハの城には二週間分の糧食しか残されていないんですよね?そちらを先になんとかしないとですよ?」
エルザは思わず食い下がった。攻め込まれているのは、ローレンツである。本来ならレバッハ救出となる流れだと思っていたからだが、アルスの余りに突拍子もない戦略に懸念を感じたからでもあった。
「ええと、ロアールを抜ける作戦。それはそれで実行すべきだと思う。ただし、それはレバッハで敵の注意を引いてもらうことに徹してもらいたいんだ。僕らがアルル城を落としてしまえば、敵は必ず取り返しに来ようとする。そうすれば、自然とヴァレンシュタットやノルディッヒから輸送が出来るから問題ないよ」
「もしアルルを狙うならば、かなり苦労するじゃろうな。あそこは三方を水に囲まれておって不落の城じゃぞ」
「それについて詳しく教えてくれないかな。なんとなくイメージは湧いてるんだけど、細かい情報がなくて」
その後もミラの情報提供やアルスの作戦の詳細を詰めていき時間は過ぎていった。
そして、次の日の朝、シャルミールから青色の狼煙が上がる。待機していたアルス軍4000はノルディッヒ州境からミラの居城オー・ド・ジュヴェルーヌ城へ向けて移動を開始した。
アルスは4000の部隊をふたつに分ける。エミール、ヴェルナーは2000を率いてロアールに。そして、残りの2000はアルスが直接率いる。
ここでミラ自身も兵1万を率いて、いよいよ出撃となった。
「アルス王子、西のジヴェルーニに向かうぞ。あそこで兵を合流させる。アルル城を落とす前に前衛拠点となるサン・セ・ルーヌの街を落とさねばならん。最大戦力で一気に勝負をつけた方が良いじゃろ?」
「うん、同感だね。ありがとう」
「ところで、気になってたんじゃが。あの鬼の男はどこで拾ったのじゃ?」
拾ったという表現でアルスは思わず苦笑いした。ミラの下にはレーヘ国内外の精鋭を搔き集めたという魔女の騎士団がいる。この気の強い侯爵のことだ、搔っ攫って人材を集めたのかもしれない。
「彼は僕の領地に流れ着いたんであって、拾ったわけでは・・・・・・」
「ほぅ・・・・・・。どうにもタダ者じゃないオーラじゃと思ってな。うちのシャルと良い勝負かもしれん」
チラッとアルスが黒髪執事の方を見ると、ニコっと笑顔で会釈された。アルスは思わずゾクッとした。この距離で視線を読まれた?確かにあの人だけ異質な気がするんだよな。
ジヴェルーニに到着すると、ジャン・クレベール将軍と部下のリチャード・ラモットが出迎えてくれた。
「お嬢!話は聞いてるぜ。いよいよ動くんだってな!」
「うむ。あのブタに鉄槌を食らわしてやるんじゃ」
「ははは!その意気だぜ。こっちの準備はすでに出来てるぜ」
「よし、時間との勝負じゃ。まずはサン・セ・ルーヌを落とす!」
ジャンがミラとの会話を終え、アルスに気付くと薙刀をあいさつ代わりに掲げて寄って来た。
「あんたがローレンツの王子か?」
「おい、殿下に向かって失礼だろっ!」
ギュンターがジャンの口の利き方を注意する。アルスが苦笑いでそれを制止したが、後ろで見ていたミラがジャンの頭を叩いた。
「すまんの、コイツは元々裏稼業専門の男でな。腕は確かだが、口の利き方を知らんのじゃ」
「いやいや、大丈夫だよ。僕はそういうの慣れてるから」
「お嬢、だそうだ。俺の名はジャン・クレベールだ、ジャンって呼んでくれ」
「よろしく頼むよ、ジャン」
そのやり取りを見ていたミラは、やれやれという感じで溜め息をつく。アルスとしてはフランツとの日常的なやり取りもあるので全く気にならないのだが、外側からみると違和感があるのだろう。そういった意味では、ミラ陣営もかなり部下との距離感は一般のそれとはかけ離れてる気がする。
「今からサン・セ・ルーヌを落とすって話だろ?このまま進軍するなら到着するのは夜になっちまうが、どうする?」
「ここまで行軍してきてるし、合流後の編制もある。今日はこのまま休んで、明日の夜明け前に出発するつもりだよ。それと同時に、サン・セ・ルーヌ周辺の狼煙台も抑えてしまいたい。案内は頼めるかな?」
「もちろんだ!」
次の日、雨が降りしきるなかアルス・ミラ連合軍は三カ所から同時に進軍を開始した。すなわちジヴェルーニ、グラン・セッコ、ロアールの三拠点である。
中央のグラン・セッコから進軍した女将軍リザが率いる部隊は州境に集結し、北の城塞都市イヴニールの注意を引く。
その間にロアールからエミールとヴェルナー率いるアルス軍と、ソルシエール・シュヴァリエのひとりガストン・ド・ゴールの連合軍5000が、レバッハの南からレーヘ軍を突いた。
レバッハで陣頭指揮を取るリヒャルトがレーヘ軍の動きに変化が生じたのを感じたのは、しばらくしてからだった。
「リヒャルト将軍、あれは!?」
雨が降って視界が遮られるなか、レーヘ軍の後方で悲鳴や剣戟の音がかすかに聞こえて来たのだ。このタイミングで後方からの奇襲・・・・・・。思いつくのはひとつしかない。
「殿下だ!ソフィアもやってくれたな」
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