アルスの目覚め
アシュは、それだけ言うと店を出た。
その日の夜、レーヘの王都ミラン・キャスティアーヌで騒ぎが起こる。王宮を守る城兵が殺されたのだ。殺された城兵はすぐに周りの兵によって発見される。同時にその身体には、矢が突き立てられていたことが発見されたのだ。
ただ、死因は首を刃物でかき切られており矢で射殺されたのではなかった。不審に思った城兵が矢を調べてみると、矢文であり、矢羽にハンカチが括り付けられている。
ハンカチを広げてみると、ラザール王家の紋章とファディーエの文字が刺繡されていた。驚いた兵士は、兵長にこのことを報告する。そうして、城内にいるラザール王まで伝わるのにそう時間はかからなかった。次の日、臣下が持ってきた矢文とハンカチを見てラザールの顔色がさっと変わる。
「こ、これは・・・・・・。そのハンカチを見せよ」
ラザールは臣下から奪うようにして変色したハンカチを取ると、広げてしばらく凝視していた。やがて、ハンカチを凝視したまま涙をこぼし嗚咽の声を上げる。
「ぐ、うっ・・・・・・ファディーエ・・・・・・」
ハンカチを両手で大事そうに持ってうずくまり、しばらくの間そうしていた。
「矢文を読め」
臣下はラザールを気遣いながらも、矢についた紙を広げる。広げた手紙に目線を落とした部下はぎょっとする。そこに書いてある文字は短かく強烈だった。
「陛下・・・・・・」
「どうした!?読め!」
「わ、わかりました。そ、それでは読みます。『事は成った。次は貴様だ』以上です」
ラザールは太った身体をわなわなと震わせて再度尋ねた。
「それだけか?」
「は、はい。以上でございます」
「フリードリヒめぇぇぇぇぇぇぇ!!!あの下郎が余を愚弄しおってからに!!八つ裂きにして腸引きちぎってやるわ!!!」
「お、おそれながら陛下。特に差出人などもありません、フリードリヒ王の仕業かどうか。魔女の罠という可能性も——ぶっ」
ラザールは諫言する臣下の腹を思い切り蹴り飛ばした。蹴られて転がりながら腹を抱えてる臣下にさらに蹴りを入れる。
「このハンカチは間違いなくファディーエの物だ。あのクソ魔女が用意出来るものじゃないわ!それをなんだ貴様は!?フリードリヒのせいじゃないとでも言いたいのかっ!?」
「ヒ、ヒィィ。も、申し訳ございません。私が浅はかにございました、な、なにとぞお許しを・・・・・・」
「許すだとっ!?命乞いか?命が惜しいのか?貴様は何者だ!?ああ!?」
「わ、わたしは、あなたさまのちゅ、忠実なる僕にございます」
「嘘をつけぇぇぇぇ!!!貴様は魔女の間者であろう!!!間者は死刑だ。おいっ、誰かこいつを殺せ!!」
ラザール王の狂乱した姿を見た城の衛兵は、余りの恐ろしさに固まった。それを見てさらに王の怒りは増していく。
「使えない衛兵どもめっ!!貴様っよこせっ!」
そう言ってラザールは近くに居た衛兵から剣を勝手に抜き取ると、転がっている臣下に何度も剣を突き立てた。
「へ、陛下ぁぁぁ、お、お止め、おヤ、ぐっ!ごぁああああああああ!・・・・・・あ、ァ・・・あ・・・・・・」
ラザールは、血で赤く染まった床の上でひとしきり笑うと、血だらけの剣を放り棄てた。カランカランと剣が床を滑っていく様を満足そうに眺める。
「戦だ・・・・・・魔女は後回しだ。ローレンツとの盟約を破棄し攻め滅ぼす。国王も親族も国民も、すべて皆殺しにしてやる・・・・・・」
アルスの目覚め
「ん・・・・・・」
あれ、明るい・・・・・・。ここは、ベッドの上?なんでここにいるんだっけ・・・・・・。確か、ベルンハルト兄さんと戦って・・・・・・。そうか、その前にドルフとアジルが・・・・・・。
「アジル!?」
ばっと起き上がったアルスに、身体中の痛みが襲う。
「うっ、イデデデ・・・・・・」
起き上がった拍子に足元にマリアが突っ伏して寝ていたのが、視界に入る。
「マリア!?」
名前を呼ばれて、マリアが眠い目をうっすら開ける。マリアの目線にアルスが入ると、マリアは泣き出しながらアルスに抱き着いた。
「ア、アルスさまぁ!心配したんですからぁぁぁ!」
「イ、いだだだ!イタイ、いたいよ!」
マリアに抱きしめられた部分に、電気が走るような感覚で痛みが走る。
「あっ、ご、ごめんなさい。でも、良かった、本当に・・・・・・心配したんです」
マリアはパッと組み付いた腕を話して、涙を拭いながら笑いかけた。
「ごめん、心配かけちゃったみたいで」
「よおっ!やっと目が覚めたのか、おめぇは。一週間も寝やがって!」
アルスが声のする方に目をやると、部屋の外からフランツがニヤニヤしながら立っている。アルスとマリアの声が聞こえて来たのだろう。それにしても、見た目からしてフランツも相当やられたらしい。エリクサーは使っていてもまだボロボロの状態だった。
「一週間も!?」
「ああ。つっても俺も昨日起きたばっかでよ。ベルンハルトとブラインファルク家を倒して内乱は解決したみたいだが、事態はもっと深刻になってるようだぜ」
「フランツは大丈夫なの?」
「俺は大丈夫だ。と言いたいところだが、前線で戦うにはまだ時間がかかりそうだな。それより、ドルフがな・・・・・・、左腕を失って。アジルもやられちまった。立ち直るには少し時間がかかるかもな。あとはジュリも、けっこうやられちまってまだ当面はベッドの上だそうだ」
アルスの脳裏に、ベルンハルトとの戦闘が鮮明に蘇る。歴史に「もし」は無いというけれど。もう少し早く辿り着けていれば事態は変わっていたかもしれない。フランツの話を聞いていて思わず手に力が入った。
「そっか、教えてくれてありがとう。あとで様子を見に行かないとね・・・・・・。そういえば、ベルンハルト兄さんの部下たちはどうなったの?」
「それについては、私から説明します」
マリアの話によれば、ベルンハルトの十傑は全て倒されたとのことだった。ベルンハルトが倒れた時点で、ベルンハルト軍は瓦解している。
その後は、たった一日でレバッハとヴァールの二州はフリードリヒによって平定されたということだった。それとは別に十傑の怪物化についても噂になっていることを伝える。
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