魔女の騎士団
中央のグラン・セッコを守るのはリザ・ミランダ将軍である。山間の狼煙台から煙が上がるのを確認すると各部隊に戦闘準備に入るように指示を出していった。
「サシャ、敵がノコノコと中央から攻めてきたようだ。行って歓迎してやれ」
サシャと呼ばれた女兵士は、それを聞いて面白そうに笑った。
グラン・セッコに行くには二つのルートがある。リザは中央の砦の守備に就くと、西側の道の通路の木を切り倒して塞いでしまった。こうすることで、東側の通路に敵を集中させることが出来る。東側の通路は西側に比較すれば見通しが良いが隘路だ。サシャは高台に弓隊を配置し、サシャ自身はひとりで敵を待ち受けた。
マクシミリアン公爵の軍は、ポッツォ・ボルゴ将軍を筆頭にシャルミールの最北端に位置するグラン・セッコを目指して進軍した。途中、西側ルートが倒木で道が塞がれていたので、東側のルートに変更しながら進んで行く。
しばらく行くと、山の斜面を登る坂がきつくなっていく。周囲は完全に鬱蒼とした木々に囲まれている。左右からの奇襲にも注意しながら進んで行くが、特に何の障害もなく途中までは順調であった。山の中腹まで来ると、道幅が狭くなっていく。異変はそこから始まった。
先頭を歩いていた兵士たちがひとりの女兵士を見つけてざわつき始める。巨大な弓を背負った女兵士が道の遥か遠くにひとりで立っていた。
「なぁ、なにやってんだあいつ?」
「さぁな?敵・・・にしちゃ変だよな?」
女兵士はニヤッと笑うと、巨大な弓に槍のような大きさの矢をつがえる。ギ、ギ、ギ、ギ、ギと、太い弦と弓が引き絞られていくにしたがって音を立てる。巨大な弓がミシミシとしなり、弦が張力の限界まで引き絞られた。刹那、ドンッ!!!という発射音と共に槍のような巨大な矢が放たれる。
ゴオオオオオオオオオッ!!!!
という大気を斬り裂く轟音を撒き散らしながら、迫る巨大な矢は先頭を歩いていた兵士たちを次々と串刺しにしながら吹き飛ばした。第二撃、第三撃と立て続けに発射された巨大な矢により、兵士たちの隊列は完全に崩れてしまう。
「わあああ、む、無理だ!あんなの!?」
「いったい、どうなってんだ!ここまで800トゥルク以上はあるはずだぞ!」
「こ、これ以上進むなんて自殺行為だ!」
兵士たちの騒ぎにより進軍が止まる。この騒ぎは中央で指揮を取っているポッツォ将軍に報されることとなった。
「将軍!どうやら先頭で敵の攻撃に遭い、先遣部隊の被害が拡大しているとのことです」
「奇襲攻撃か!?」
「それが・・・・・・ひとりだそうで」
「ひとりだと!?詳しく話せ」
「どうにも、槍ほどもある矢に射抜かれたようです。隘路で避けるところもなく犠牲が増えるばかりとか」
「槍のような巨大な矢を使う弓使い・・・・・・」
ポッツォの脳裏にひとりの女兵士の顔が浮かぶ。そんな馬鹿げた矢を使うのは、魔女の騎士団のひとり、豪弓のサシャしかいない。
「重装歩兵団を前面へ出せ」
「では、一旦退きますか?」
「仕方あるまい、彼らはまだ後方だからな。編制を組み替える」
こうして、一旦ポッツォは兵と共に退いて再編成をすることになった。これにより、サシャひとりでかなりの時間を稼ぐことに成功する。
一方、エディエンヌ川沿いにニコル軍は南へと下って行きジヴェルーニの砦の西に辿り着いた。ジヴェルーニも山の頂上に建てられた砦である。そこを睨みながらニコル軍を率いるマルード・リアンクール将軍はニコル辺境伯に提案した。
「ニコルさま、この辺りで一旦止まって補給を受けるのがよろしいかと」
「そうだな。これ以上進むと、敵と鉢合わせする可能性もある。よし、全軍止まれ!」
ニコル軍が川の傍で進軍を停止したのを、じっと見ていた偵察兵が急いで戻って来る。ジヴェルーニに至る道からさらに南に下ったところに、ソルシエール・シュヴァリエのひとり、ジャン・クレベールが潜んでいた。
「ジャン将軍、ニコル軍が川沿いで停止しました!」
「エルザの嬢ちゃんの読み通りってわけか。んじゃ、そろそろ行くか」
ジャンは、大きな欠伸をひとつすると、木に立てかけてあった薙刀を手に取った。
「よし、おまえら喜べ!ようやく暇な時間も終わりだ。ちょっくら遊んで来ようぜっ」
ジャンはニッと笑うと2000の軽装騎兵を率いて森を飛び出した。ジャン率いる2000の騎兵は矢のように一直線にトップスピードを保ったままニコル軍に襲い掛かる。
「全軍、矢をつがえろ!訓練通り俺の速度に合わせろ、いいか絶対に俺より前に出るな!」
ジャンは薙刀を高く掲げながら部隊の先頭を駆ける。魔女の騎士団の奇襲には、ニコル軍のマルード将軍が対応した。
「軽装騎兵だ、相手は突っ込んでこない可能性が高い!弓で応戦しろ!」
「よしっ、おまえら!急減速して旋回しろ!」
ニコル軍から一斉に矢の雨が飛ぶ。しかし、矢の大部分が飛距離が足らずに騎兵隊の手前に落ちてしまった。
「いいぞっ!よく我慢した!」
ジャンはニヤッと笑うと、高く掲げた薙刀を振り下ろす。
「よしっ、撃てぇ!!」
2000騎による弓の一斉射撃で、今度はニコル軍に矢の雨が降り注ぐこととなった。ニコル軍の前列で次の弓をつがえようとしていた弓兵は、次々と倒れていく。ジャンはそのまま一撃離脱して、騎馬隊の方向を反転させて悠々と南に向かった。
それを見たニコル辺境伯は、怒り顔で叫ぶ。
「マルード将軍、このままやられっぱなしで済ませてたまるか!こちらも騎馬隊を出すぞ!」
「はっ!」
すかさず、ニコルとマルード将軍が騎馬隊で追い掛け始める。それを尻目にジャンは笑った。
「ご苦労なこった。あとは頼んだぜ、リチャード」
ニコル、マルード将軍が南へと逃げたジャン・クレベール将軍を追って追跡を始めてしばらく経つと、計ったように後方で火の手があがった。
北に配置されたリチャード・ラモットの部隊が輸送物資の運搬中を急襲。それに気付いたニコルとマルードが慌てて戻った時には、物資の七割を失ってしまった。戦線が維持出来なくなったニコル軍は、ほとんど戦うこともなく撤退となったのだ。
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