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エルン城 制圧戦1

同日、南の地方ヘヴェテの林道には将軍を討たれ、混乱のただなかにあるルンデル軍の姿があった。放心状態だったゲオルグが、理性を取り戻すにはしばらくの時間が必要だった。


 あの恐ろしい敵はハインツ少将の首を瞬く間に跳ね飛ばし、ひとり勝ちどきを上げると今度は木々の間を渡りながら、空中でも飛ぶかのように消え去ってしまった。地面すら走る必要がないのであれば地上だろうが空中だろうが、どこからでも狙われることになる。そして、次の標的は副官であるこのゲオルグではないのか?そう思うだけで戦慄を覚えるのだった。こんな化け物がローレンツにいるなんて聞いてない。


 やがて、我に返ったゲオルグは後方の傭兵部隊など無視することに決めた。ハインツが頼みにしていた傭兵部隊はやられ、こちらの将も討たれた。勝ち筋がすでに途絶えているのである。これ以上の交戦はもはや意味がない。ただ、撤退するにしても来た道を戻るわけにもいかないので、そのまま林道を抜けて西から迂回して戻るしかなかった。


※※※※※


 フランツが傭兵部隊の掃討戦を終えて北上したころには、すでにルンデルの正規兵の姿はなくなっている。そのままヘヴェテ城に行き援軍に来た旨を伝えると城兵は大歓声で出迎えてくれたのだった。


 出迎えたのは城兵三百とヘヴェテ城を守るフーゴ・フォン・フリック連隊長である。北部と南部の両端から大規模攻勢をかけられていると聞いて生きた心地がしなかったのだろう。絶体絶命と思われていた状況の中で、敵軍を退けてくれた援軍にフーゴ連隊長は最大限の歓迎と謝意を示すために自ら城の城門の外に出て出迎えた。


「いやぁ、助かりました!」


 フーゴは、城門から出ると先頭にいた部隊長らしき兵士に口で感謝を述べつつも、視線は軍を率いているであろう王子を探していた。キョロキョロと探すも見つからない。それで仕方なく先ほど礼を述べた兵士にアルトゥース殿下の所在を尋ねた。


「あー、アルス、ああ、いやアルトゥース殿下なんだが、ここには来ない」


 先頭にいる兵士がぶっきらぼうにフーゴの問いに答える。随分粗野な返答にフーゴは呆れるが、王子の代わりに指揮をしている者がいるはずだと思い直し質問を続けた。


「おや、そうなのか?では誰がこの部隊の責任者なのだ?」


「俺だ」


「君がか?随分若いようだが、名前を伺ってもよいかな?」


 怪訝そうな顔でフーゴはこの年若い青年を見て尋ねた。


「フランツ・クレマン・リンベルトだ」フランツはそう名乗り、手を差し出した。


 彼は名前を聞いた途端に顔を曇らせる。フランツが差し出した手を取ることもしなかった。軍の指揮をすることは名誉なことであり、このような役職には貴族階級が就くことが慣例のようになっている。平民出身であれば、余程の功績でもない限り指揮官になることなどない。臨時とはいえ平民が指揮官になることなど通常は絶対に無いのだ。こうした背景には、それぞれ領地を持つ貴族が国防のために兵と金を拠出しているという事情もあった。兵と金を出す以上、軍事に関する権利と利権にも通じている、というのは世の常である。


「殿下は平民に軍の指揮を任されたのか?」


 急にそっけない態度になったフーゴに対してフランツは怒りを募らせた。人を階級だけで判断しやがって。貴族だろうが平民だろうが援軍は援軍だろ!実際に窮地を救ったのは俺たちのはずだ。俺たちはこんな奴を助けるために命を懸けて戦ったのか?


 気まずい沈黙が流れるなか、フーゴの目がマリアを見て止まった。マリアの容姿は貴族の中でもひと際目立つ。それがまた、彼女に一目惚れしたというブラインファルク家の子息を振ったということで界隈ではちょっとした噂になっていた。そんな彼女が兵士のなかにいる。俄かには信じられないが、彼女の容姿と余りに似ているためフーゴは思わず声を掛けたのだった。


「もしかして、コンラート家のご息女かな?」


「え?ええ」


「おお、やはり、お美しくなられて。父上はお元気かな?」


 歓迎ムードから一転、冷ややかになった場の雰囲気が少し和らいだが、フランツの憤りは収まらなかった。怒りで葛藤しているフランツの肩をギュンターが後ろから叩く。


「フランツ、おまえの気持ちはよくわかる。俺たちの戦ってる理由のひとつは、俺たち平民が功を上げ名を上げることで、こうしたくだらない身分制度に縛られないためでもある。今は耐えろ」


 ギュンターに言われたことで、フランツは少し冷静さを取り戻した。


「ちっ、そんなことわかってるさ。あいつが士官学校で選んだのはマリアを除けば全員平民だ。あいつは少なくとも俺たちを身分で差別するようなバカじゃない」


「そうだな、殿下は実力を見て俺たちを直接勧誘したんだ」


 ギュンターにそう言われることで、フランツに新たな怒りが湧いてきていた。アルスが指揮官に選んだのは平民であるフランツである。


 その彼をフーゴはバカにしたのだ。考えようによっては、任命したアルスをもバカにされたということになるのではないか。マリアと談笑しているフーゴを憎々しげに見るフランツにギュンターを続けた。


「ああいう連中はどこまでいっても変わらない。力の無い者たちには耳も貸さないような奴らだからな。そのためにも俺たちはもっと力をつけないといけないな」


「ああ、確かにな」


 彼らが話していると、軍の奥の方からガルダの声が雷鳴のように響き渡った。


「フーゴ連隊長!部隊長のガルダと申します。失礼ながら質問があります!我々はローレンツ第四王子、アルトゥース殿下の命でここに派遣されてきました。この冬の寒空の中、殿下の兵をいつまでこの城外で待たせておけばよいですかな?」


「あ、ああ。そうだったな。すまなかった、中へ入ってくれ」


 フーゴはただの兵士の威圧されるような言い方に心中穏やかではなかったが、窮地を救ってくれた援軍を無下に断るようなことは出来なかった。


「ははは、あいつも相当頭にきてると見える」


 フランツは少し気分が晴れた気がした。


 一方、アルスはエミールを伴って直属部隊を率いているヴェルナーに合流した後、馬を走りに走らせ最速で南下しルンデルの国境を越える。そして敵の拠点であるエルン城の目前にまで迫っていた。


いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。


☆、ブックマークして頂けたら喜びます。


今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

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