ルドルフ VS エルンスト
ティッツ村の戦場で、エルンストは十傑第三席ルドルフ・フォン・ミューラーに槍を向けた。「神速の槍使い」の異名を持つ男は、その名とは裏腹に妙に軽薄な雰囲気を漂わせていた。だが、その槍さばきは尋常ではなかった。十数合の応酬で、エルンストは確信する——これまで戦ったどの槍使いよりも、ルドルフは強い。
「へぇ~、強いな君も。俺と戦った奴って、だいたい一撃で終わっちゃうんだけどさ。ここまでガチンコで打ち合えるのは、十傑のメンバーでもほとんどいないよ。さっきの殿下といい、ちょっと自信なくしちゃうね~」
「そうか」
「え、もう終わり? なんかもうちょい感想とかさ~」
ルドルフの軽口を無視し、エルンストの槍が空気を切り裂く。鋭い突きがルドルフに迫るが、彼は軽やかに撥ね退け、再び火花を散らす打ち合いに突入する。
「失礼な奴だな! 俺がまだ喋ってんのに!」
「お互い、役目を果たすのみ」
ルドルフの「神速の槍使い」の異名は伊達ではない。突きの速さは残像を生み、連続する攻撃は嵐のようにエルンストを襲う。さらに、彼はオーラを点状の衝撃波に変えて放つ。その組み合わせは致命的で、並の戦士なら一瞬で屠られる。だが、エルンストは全てを防ぎきった。彼の槍さばきは華麗さこそないが、基本の型に忠実で隙がない。
ルドルフは十傑四天王の中で唯一の貴族出身。幼少から運動神経に恵まれ、師匠の下で槍を学び始めた彼は、驚異的な速さで技術を吸収した。天才肌の彼は、一度教えられれば自ら昇華し、師匠の門下生を軽々と超えた。だが、その才能は彼を増長させた。型を愚直に磨く仲間を嘲り、師匠の忠告を無視。16歳の時、増長を諫める師匠との真剣勝負で、彼は師匠を殺してしまった。
その罪で追放の危機に瀕したルドルフを救ったのが、ベルンハルトだった。だが、彼は傲慢にもベルンハルトに勝負を挑み、完膚なきまでに叩き潰された。同じ天才のベルンハルトに心酔したルドルフは、彼に忠誠を誓い、十傑第三席に上り詰めた。
一方、エルンストの槍は愚直そのもの。幼少から何万回と繰り返した基本の型が、彼の戦いの礎だった。型を軽視するルドルフと、型に忠実なエルンスト。二人の槍使いは対極に位置していた。
「ふうっ、やっぱ同じ槍使いでここまでやれる奴と戦うのは楽しいな。楽しいからこそ終わらせたくないんだけどさ。君の槍は基本の型に忠実で、ぶっちゃけつまらない。だから、そろそろ終わりにするよ」
ルドルフの身体から、ぶわっと膨大なオーラが立ち昇る。戦場が一瞬静まり、風が止まる。
「先に言っとくよ。今から見せるのは、俺が完成させた型だ。莫大なオーラを身体強化にぶち込むから、これを受けきった奴は一人もいない。つまんない型でここまで俺と打ち合えた君に、敬意を表して見せてあげるよ」
ルドルフのオーラが一気に彼の身体に集約される。刹那、彼の槍がエルンストの視界から消えた。直線ではなく、弧を描く軌道。木製ではないはずの槍が、まるでしなるように動く。エルンストは槍の動きを捉えきれず、弾くだけで精一杯。時折、防ぎきれぬ攻撃が鎧を貫き、血が滲む。ルドルフのオーラが燃え上がるように煌めき、彼が叫んだ。
「ミラージュファング!」
無数の槍が残像を残し、エルンストを飲み込む。ルドルフの真の型——神速の突きとオーラの衝撃波が融合した、絶対の殺戮技だった。
エルンストは無意識に槍を動かしていた。だが、ルドルフの猛攻を前に、捌ききれないと悟る。刹那、彼は自身の魔素量の限界を超えるオーラを身体に流し込んだ。制御の限界を越えたピーキーな力は、一瞬の気の緩みで肉体を吹き飛ばしかねない。だが、エルンストはギリギリの均衡で身体を保ち、ルドルフの突きをことごとく撥ね退ける。
ルドルフの槍が首を狙い、弧を描いて迫る。その瞬間、エルンストは無意識に身体を前に出した。理由は彼自身にも分からない。だが、幼少から何万回と繰り返した基本の型が、身体に刻み込まれた本能が、彼を動かした。クロススピアの片刃でルドルフの槍の柄を絡め、瞬時に撥ね退ける。そして、流れるようにルドルフの胸を貫いた。
「巻き込み」——クロススピアの基本の型。愚直な鍛錬の積み重ねが、ルドルフの神速を破った。
「勝負あったな」
エルンストの静かな声が、戦場の喧騒を切り裂く。
ルドルフは貫かれた胸から血を流し、呆然とエルンストを見つめる。
「フフフ・・・・・・」
彼は笑い、槍を掴んだ。
「嫌だね、俺が、俺がこんなところで——」
「周りを見てみろ」
いつの間にか、ヴェルナーがエルンストの隣に立っていた。ルドルフが振り返ると、驚愕の光景が広がる。彼が率いた兵は、ヴェルナーの部隊にほぼ制圧されていた。
「おまえが一騎打ちに夢中になって、兵の指揮もせず遊んでたからな」
「そん、な・・・・・・」
ルドルフの瞳から、戦意が急速に消えていく。エルンストとヴェルナーは、彼の魂が折れる瞬間を感じ取った。ルドルフは震える手で懐から小瓶を取り出し、じっと見つめる。バーバラを化け物に変えた禁断の未知の力・・・・・・。
ベルンハルトさま・・・・・・俺は、貴方の期待に応えられなかった・・・・・・。
彼は静かに呟き、小瓶を地面に叩きつけた。陶器が砕け、赤黒い液体が土に染み込む。
「ベルンハルトさま・・・・・・すみま、せん・・・・・・」
ルドルフは馬上で力を失い、静かに息絶えた。その顔には、軽薄な笑みではなく、深い悔恨が刻まれていた。
エルンストとヴェルナーは、ルドルフの最後の選択を理解できなかった。だが、彼が自らの意志で何かを選んだこと——それだけは、確かに伝わってきた。
戦場の風が、ルドルフの亡魂を運ぶように吹き抜けた。
☆おしらせ ベルンハルト戦の展開と描写を少し修正しました。ご迷惑をおかけします。
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