鬼人パトス VS エルヴィン 2
エルヴィンの突撃は、嵐のようにリース軍を切り裂いた。ハルバートから放たれる衝撃波は、軍列をふたつに分断し、兵を粉砕する。だが、リースの号令が戦場に響き渡る。
「今だ!反転して後方の兵を討て!」
エルヴィンは当初気づかなかったが、敵軍があまりにも綺麗に裂けていくことに違和感を覚えた。後方から、彼が率いる兵たちの悲鳴が上がる。恐怖で逃げ出したはずのリース兵が、いつの間にか反転し、ベルンハルト軍を急襲していた。混乱の中、ベルンハルト軍は数を減らし、陣形が乱れる。
「舐めた真似をしやがって!」
エルヴィンは怒りに燃え、兵を戻そうとした刹那、目の前に轟音とともに衝撃波が迫る。咄嗟にハルバートで弾いたが、想像以上の重さで手が痺れた。視線を上げると、異形の兵が立ちはだかる。鬼人族のパトスだった。
「ほう・・・・・・」
エルヴィンは動きを止め、目の前の男を凝視する。
「鬼・・・・・・!?クハハッ、こりゃあ面白れぇわ。ちっと退屈していたところだ」
パトスが相対したのは、十傑の第二席エルヴィン・クラッスス。かつてギュンターを圧倒した男だ。
「俺の相手は鬼のジジイか」
「あなたがたは揃いも揃ってバカばっかりですか」
「ああ!?」
「戦場を制するのは己の武技だけでは成り立たない。バカのひとつ覚えみたいに、個人の武を頼みに突撃ばかりしてればアルスさまでなくても対処は容易い。後ろを見てごらんなさい」
エルヴィンが振り返ると、彼が立ち止まったことで後方の兵の動きが鈍り、リース軍の反撃に晒されている。
「くそがっ!てめぇをとっとと倒せば問題ないだろうが!」
エルヴィンはオーラを一気に解放する。大気がビリビリと音を立て、ズズ・・・ンと腹の底から響いてくるような揺れ方をした。
「ほっ、これはこれは。十傑の中でも相当の魔素量とみえる」
「当たり前だ。十傑の四天王は他の十傑とは次元が違う。そのなかでも第一席と二席はさらに次元が上だと思え」
エルヴィンはかつて十傑の頂点に立っていた。十傑のなかでも、卓越した武技から敵なしと恐れらたが、真に脅威となったのは天賦の魔素量である。他者より圧倒的な量のオーラを練り上げ、それを見事に制御してきた。その莫大な魔素量を背景に力でねじ伏せてきたのだ。あれだけ巨大なハルバートを扱うにはそれに見合う体格も必要だが、それよりも圧倒的な身体強化を可能とするだけの魔素量が必要だ。エルヴィンはその前提条件を持ち合わせるだけでなく、天才的な戦闘技術を併せ持ってる。
エルヴィンはハルバートを振り被るとパトスに向かって思い切り振り下ろす。パトスが避けると、そのまま空気を切り裂き後方にいるリース軍の兵士たちが次々と巻き添えを食らった。
「ちと厄介な攻撃ですな」
「クハハ、おまえが避けても俺は一向に構わんぞ。ついでに敵兵の数も減らせるからな」
「仕方ありません、少々荒くなりますが」
パトスの筋肉がビキビキと音を立てて膨張し、オーラが渦を巻く。エルヴィンは即座にハルバートを横に薙ぎ払う。
ドォォォォォォォォォォォォォォォォォン・・・・・・・・!!!
衝撃波を伴う凄まじい圧をパトスは今度は一歩も動かずに受け止める。避けずに真正面から受け止めた余波が風圧と衝撃音を掻き混ぜて戦場一帯を駆け巡る。
「ほう・・・・・・やるじゃねぇか。だが、どこまで保つかな?」
パトスは、受け止めたハルバートをパンッと弾き返し、剣を肩に担ぐような格好になると、口角を少し上げた。
「知ってますか?剛剣には柔剣と相場は決まってるんです。しかし・・・・・・。やれやれ、今回は被害を抑えるためにも、敢えてあなたに付き合うとしましょう」
「クハハ、んなら見せてもらおうかね」
エルヴィンのハルバートは一撃ごとに戦場を震撼させた。大地が裂け、衝撃音が兵たちの鼓膜を貫く。まるで連続する爆発が戦場を飲み込むようだ。エルヴィンは突く、薙ぐ、振り下ろす、引き斬る——あらゆる角度から繰り出される攻撃を、パトスは正面から受け続ける。数十合にわたり、両者のオーラが火花を散らし、戦場は嵐の中心と化した。
「オラオラ!もっと重くしていくぞ!!」
エルヴィンの攻撃は速度と威力を増し、衝撃波は数倍の破壊力を帯びる。だが、パトスは微動だにせず、全てを受けきった。やがて、彼が静かに呟く。
「だいたいわかりましたよ、あなたのクセがね」
「余裕ぶってんなよ?」
エルヴィンはハルバートに膨大なオーラを込め、上段に構える。オーラの渦が武器を包み、戦場全体が息を呑む。
「破岩斬っ!!!!」
天地を裂く衝撃波がパトスを襲う。その瞬間、パトスが初めてオーラを全解放した。鬼人族の魔素が奔流となり、戦場を覆い尽くす。敵味方問わず、周囲の兵が意識を失い、眠るように倒れていく。エルヴィンの視界に、戦場が一瞬にして静寂に包まれる光景が映る。
どうなって、やがる・・・・・・!?
パトスはハルバートを受け止めながら、静かに告げる。
「衝撃・反転」
刹那、エルヴィンの放った全オーラが逆流し、衝撃波となって彼自身を襲う。
「う、うおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!!!」
凄まじいエネルギーがエルヴィンの鎧を砕き、肉体と骨を塵に変える。上半身が霧散し、残された下半身が力なく倒れた。戦場は一瞬、静寂に包まれる。
パトスは鼻を押さえ、異臭に顔をしかめる。エルヴィンの腰の皮袋から漂う匂いだった。取り出してみると、赤黒い液体が入った小瓶。これは・・・いったい何なのか?
「パトス殿、無事でしたか!」
パトスが振り返ると、ギュンターが手を振っていた。恐らく決着がついたのだろう。彼は思案にふけるのを一旦やめ、ギュンターに手を振って応えた。
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