鬼人パトス VS エルヴィン
バーバラの意識は闇に沈み、彼女の身体は地面に倒れ込んだ。ガルダは目の前の光景に困惑する。自殺か? だが、彼女の瞳には最後まで戦う意志が宿っていた。不自然な気配に眉を寄せ、近づくと、バーバラの身体が細かく痙攣している。ボコボコと波打つような異音が響き、すぐに静寂が訪れる。だが、次の瞬間、全身がメキメキと不気味な音を立て、彼女の肌は緑がかったぬめった色に変色し、身体が膨張し始めた。
「な、なんだこれは!?」
ガルダが一歩退く間もなく、変形が終わり、バーバラが立ち上がった。いや、もはやバーバラではなかった。彼女の身長はガルダの三倍を超え、盛り上がった筋肉を緑色の粘液のような皮膚が覆う。爪は黒く鋭く、歯は獣のそれに変わり、頭には無数の目がぎょろぎょろと不規則に動いている。人間の面影は微塵もなく、ガルダの前に立つのは完全な怪物だった。
「ヴヴォォォォォオオオ!!!」
化け物は地を揺らす咆哮を上げ、ガルダに襲いかかった。その一撃は戦斧を握るガルダの手を震わせ、地面に亀裂を走らせるほどの力だった。
ガルダは一瞬、バーバラの最後の抵抗を思い出す。彼女はベルンハルトへの忠誠のために、この禁断の力を選んだのだ。
一方、キルケルを防衛するリース・フーゴ連合軍は、ベルンハルト軍の隊長ふたりに苦戦していた。リース軍は4000の兵で敵軍に攻め寄せる。対して、ベルンハルト軍は十傑の第二席エルヴィンと第六席ノルトが率いる1600の兵。リース軍は軍を3つに分け三正面から同時に磨り潰すような半包囲網を築いた。この時点で、リース将軍は勝ちを確信していた。だが、戦況は予想を裏切る展開に突入する。
十傑の第二席エルヴィンと第六席ノルトは、リース軍の左翼を全軍で突撃し、瞬く間に壊滅させた。先頭を駆けるふたりの武力は圧倒的で、中央から援軍を送っても歯が立たない。エルヴィンのハルバートの一振りは兵を粉砕し、ノルトの重剣は陣形を切り裂く。リース将軍麾下に、彼らを止められる者はいなかった。
「近づく前に殺される・・・・・・!」
兵たちの恐怖が戦場を覆う。左翼の1000人が雲散霧消すると、リースは残りの部隊を急いで統合したが、士気は地に落ち、負けない状態を維持するのが精一杯だった。
「あとは倍ちょいの数やればいいって感じだな」
エルヴィンが呟くと、ノルトも頷く。
「あと、数回も突撃すりゃ敵は完全に崩壊するだろうよ」
「ああ。んじゃ、潰すとするか」
エルヴィンが再び突撃を命じ、リース軍に雪崩のように激突する。エルヴィンとノルトの重量級戦士二人の破壊力は、想像を絶した。エルヴィンのオーラは膨大で、真正面から受けた兵は骨すら残さず消し飛ぶ。ノルトの剣は一閃で数十人を薙ぎ倒す。この惨状に、逃亡する兵も現れ、リース・フーゴ連合軍は崩壊寸前だった。
パトスとギュンターがキルケルに到着したのは、ベルンハルト軍が二度目の突撃を終えた直後だった。
「フーゴさま!殿下より救援が到着いたしました!」
部下より報告を聞いたフーゴが、振り返ってみるとたった100騎の部隊である。フーゴは落胆を隠しもせずに控えめに不満を漏らした。
「救援感謝いたします。ただ、そのぉ~、兵が100では・・・・・・殿下は、いったい何を考えていらっしゃるのでしょうか?」
控えめに文句を言うフーゴと、鬼人族であるパトスの目が合う。彼は思わず「ヒッ」と小さく悲鳴を上げた。パトスはフーゴの態度には目もくれず、その質問に答える。
「話は簡単です。要するに、敵軍の将ふたりを止めればいいのです。そのために我々が来たということです」
その間も、リース将軍は必死に軍を立て直していた。パトスとギュンターが救援の意を伝えると、リースは深く頭を下げた。
「救援、感謝いたします。あなたがた、そしてアルトゥース殿下にご迷惑をおかけしてしまいました。私の取った策が裏目に出てしまい、逆に各個撃破されてしまったのです。なんとも面目ない・・・・・・」
「アルスさまから話は聞いてます。彼らは己の武の力量のみで戦場をなんとか出来ると思っているようです。私はそれを逆手に取ろうと思います」
「と、言いますと?」
「私に考えがあります」
リース将軍との話し合いの結果、パトスとギュンターはベルンハルト軍の隊長ふたりを止めるべく最前線へと赴く。そして、エルヴィンとノルトは次の突撃でパトス、ギュンターとぶつかった。
エルヴィンはこの突撃でリース軍を壊滅させるつもりだった。敵の士気は潰れ、恐怖に震える姿が手に取るように分かる。先頭に立ち、巨大なハルバートに膨大なオーラを込めて振るう。その一撃は衝撃波を生み、触れた者を跡形もなく消し去る。他の十傑を凌駕する破壊力に、リース軍の兵はただ立ち尽くすしかなかった。
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