ギレ
「どうなってる!?」
「いったい何が起こってるんだ!?」
「わ、わからん!奴に近づいた人間が、まるで、まるで魂を抜かれたみたいに落馬していくんだ!」
ルドルフの戦い方は、フランツやゴッドハルトのような、派手に吹き飛ばすようなものとは異なる。静かで、だが確実に命を奪うその槍さばきは、まるで馬だけを残して兵を溶かすかのようだ。アルスは、その無音の死が迫るのを認めると、馬を駆り飛び出した。
両者は瞬時に激突。ルドルフの見えない速さの突きを、アルスは凄まじい速度で剣を振るい捌いていく。弾いた刃から放たれる斬撃は、ルドルフの槍先に宿るオーラによって横に逸らされ、逸れた斬撃が周囲のルドルフ兵を真っ二つに切り裂いた。
「君がアルトゥース殿下だろ?俺とこんだけ打ち合えるなんて、やるねぇ~。ほんとに魔素無し王子なんて誰が呼んでたの?ベルンハルトさまと全然似てないけど、これだけ強いってことはやっぱり兄弟なんだろうね」
「ベルンハルト兄——ベルンハルトはどこにいる?」
「あはっ♪そんなこと教えると思う?そもそもこれから死ぬ人間に教える必要ないだろ?」
「まぁ、そう答えるのが当然か」
アルスとルドルフの応酬が激しさを増すなか、彼らの周りの兵たちはただただ驚くばかりだった。アルスは普段敵将と戦う機会が少ないだけに、アルスの武力がこれほどケタ外れだと予想してなかった兵士たちの驚きは想像以上だった。何が起こってるのかわからないまま、敵将に近づいただけで成す術もなく殺されていったのだ。それをアルトゥース殿下ひとりで敵将と渡り合っている。アルス兵たちの士気はそれだけで上がった。
一方、ヴェルナーは歩兵部隊を率いてルドルフ軍に突貫していた。だが、その背後で暗い影が蠢く。ギレだ。影から影へ移動しながら、アルス軍の兵を次々と急所一突きで葬っていく。音もなく味方が血を噴き倒れる恐怖は、戦場に混乱を撒き散らした。敵と戦う間もなく隣の仲間が死に、疑心暗鬼が広がる。だが、この異変にいち早く気づいたのはヴェルナーだった。
「十傑の仕業か・・・・・・」
そう独り言ちると、ヴェルナーは自身のオーラを放出していく。感知出来る範囲を広げオーラの僅かな揺らぎを探った。十傑であれば魔素量は通常の兵士より何十倍も大きい。それが動く時は大なり小なり揺らぎが生じる。しばらく様子を見ていると、ヴェルナーの影に変化が現れた。刹那、ギレはヴェルナーの影から背中を一突き。
殺った!
ギレがそう思った瞬間、ヴェルナーは振り向くと同時に剣を振り抜いていた。
「な、ぜ・・・・・・」ギレの胸元の傷から大量の血があふれ出た。致命的な一撃であった。
「龍風十六陣。身体に風を纏わせていた、悪いが俺にその刃は届かない」
薄れゆく意識の中で、ギレは剣を握る手首が不自然に折れているのを見た。
「化け、もの、め・・・・・・」
アルスとルドルフの激しい戦いは続く。お互いの斬撃と突きの応酬は途切れることはなかった。ルドルフの槍に対して、アルスの刀のリーチの不利を無数の衝撃波と斬撃波で埋めていく。アルスは瞬時に衝撃波と斬撃波を使い分けて攻撃する。硬化したオーラを面で飛ばして衝撃波にするのと、一点集中させ斬撃として飛ばす場合では、受ける対処法も異なってくる。ルドルフもアルスの攻撃に対して見事に対応する。オーラの形質を瞬間的に変えながら防御をしつつ、突きを主体として反撃をする。
こうした攻防が数十合続いた頃、一番北のカッセルの防衛をしているフリッツ将軍から緊急伝令が届いた。伝令はアルスが最前線で戦っているため、伝えることが出来ずやむを得ず近くに居た部隊長のエルンストに内容を伝えた。この内容を聞いたエルンストは戦っているアルスの元へ急いだ。
「アルスさま!アルスさま!陛下が大変です!一旦引いてください」
アルスはルドルフと剣戟を交わしながら答える。
「どういうこと?」
「カッセルで戦っているはずの陛下の軍がパール付近まで押されてるとのことです!何かあったかもしれません!」
カッセルにはドルフとアジルを向かわせてるけど、その前に何かあったのか?カッセルはパールの西に位置する街だ。そこから東へ行くとパール村がある。ここにはフリッツ将軍が当たっている。フリードリヒ兄さんがパール付近まで押されているということは、何か想定外のことがあったのだろう。王に何かあっては全てがひっくり返される。
「わかった、そっちに向かう!」
「どこへ行こうって?行かせるわけにはいかないね」
アルスとエルンストのやり取りを聞いていたルドルフは、ニヤッと笑って攻撃速度を速める。エルンストは一瞬で状況を察し、アルスとルドルフの間に割って入った。
「おまえの相手は俺だ!」
「エルンスト、頼む!」
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