フライゼン城防衛戦1
オットー・フォン・シュルツェ中将は、3度目の貴族会議を終えたばかりだった。ルンデルの大規模攻勢の情報が広まって以来、地方貴族や有力者が数人ずつ訪れ、説明を求めるたびに同じやり取りを繰り返していた。疲弊した心で深い溜め息をつくオットーに、副官が紅茶の入ったコップを差し出す。
「お疲れのようですね」
長い髪を後ろで束ねたエミリアが、片手でコップを渡し、自分も紅茶をすする。
「毎日同じやり取りをするというのは、こうもストレスを感じるものかね?」
オットーが呟くと、エミリアは柔らかく微笑んだ。
「お父様は立派にやってらっしゃいますわ」
オットーは城塞都市を見下ろした。戦の噂で行商人の往来が減り、街は静まり返っていたが、家々の竈からは煙が立ち上り、日常の気配を漂わせる。戦争が迫っているとは思えぬ穏やかな光景に、オットーの胸は締め付けられた。
「エミリア、私はおまえには別の道に進んでほしかったのだがな」エミリアの顔が曇る。
「お父様、それはもう言わない約束です!」
「そうだったな。こんな時だとどうもいらん感傷が混じるな。それと、ここでは中将と呼べ」
フライゼン城はローレンツ北部の要衝だ。ここが落ちれば、略奪と殺戮がフライゼンから王国全土に広がる。オットーには息子がいたが、数年前に病で失った。その喪失感の中、エミリアが戦場に出ると言い出した時、オットーは何度も反対した。だが、彼女の揺るぎない意志を知り、受け入れるしかなかった。今、エミリアは有能な副官として父を支えるが、オットーの本音は、彼女にこんな過酷な役目を背負わせたくなかったというのが本音だ。
不意にドアがノックされ、兵士が緊張した面持ちで入ってきた。
「閣下、先ほど入りました情報によりますと、敵軍が動き出したようです」
「予想より早いな。もう動き出したというのか?敵の数は?」
「およそ5000、先行部隊かと思われます」
「であれば到着は遅くとも明朝だな、出来るだけの備えをしておけ。休める者は今のうちに休んでおくように伝えろ。敵が来たら寝る暇などなくなるのだからな」
オットーは指示を出し、自ら城の備えを確認に出た。
翌朝、フライゼン城の前に5000のルンデル先行部隊が旗をはためかせていた。指揮官カール・フォン・ビューノー中将は、城の守備が手薄な今が好機と踏んでいた。正規兵と傭兵の混合部隊を横陣に敷き、盾兵を前列に押し出し、力任せに突撃を開始。オットー率いる700の守備隊は、城壁から石や瓦礫を落とし、必死に応戦する。
初日は100人以上の死傷者を出しながらも、なんとか持ちこたえた。2日目の明け方、夜襲が襲う。盾兵が梯子を抱えて城壁に取りつき、弓兵が援護する攻撃が続き、昼夜を問わず戦闘が繰り広げられた。守備隊は80人以上が戦闘不能に陥り、疲弊が限界に近づく。
カールは傭兵部隊の損害を無視し、ひたすら突撃を繰り返した。守備兵の数を削り切る戦法は、冷酷だが効果的である。3日目の夜襲でも、睡眠不足の城兵は極限状態に追い込まれた。オットーは地方貴族からの援軍を期待したが、徴兵の動きは遅々として進まず、まとまった軍を率いる指導者が不在だった。バラバラに動く小貴族の兵は、各個撃破の餌食になるだけだ。
3日目の昼、監視塔から新たな報告が届く。
「報告します!たった今監視塔から敵のさらに後方から増援が確認されたとのことです」
「来たか・・・・・・数は?」オットーの顔に緊張が走った。
「その数、およそ・・・・・・およそ10000です」兵士の声が震える。
「10000だと・・・・・・!?確かか?」
オットーは答えを待たず、監視塔に駆け上がった。眼下には、濛々たる砂煙を上げて迫る大軍。先行部隊の倍以上の規模だ。我が命運もここに尽きたか・・・・・・
「か、閣下!」
背後で兵士が叫んだ。オットーが振り返ると、遠くから新たな軍勢が現れる。目を凝らすと、青地に盾と剣の紋章が翻る。
「援軍です!援軍が来てくれました!」
「聞いたか皆の者!援軍が来てくれたぞ!ここまでよくぞ戦い抜いてくれた!もう少しだ、もう少しでこの戦いに勝てるぞ!」
オットーの叫びに、城兵の士気が沸き立った。
エルム歴734年11月7日、アルスがヴァレンシュタットを出発した翌日のことだった。
カールはローレンツの援軍を見て一時後退し、本隊と合流した。一方、フライゼン城にはフリードリヒとベルンハルト両王子率いる6000の援軍に加え、西方の大貴族ブラインファルク家が率いる軍が到着。総勢8000の軍勢が城に集結した。両軍は新たな援軍を得て、緊迫した睨み合いの局面を迎えることになる。
いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。
☆、ブックマークして頂けたら喜びます。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。