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フライゼン城防衛戦1

 オットー中将はこのやり取りをすでに三回行っている。敵側の大規模攻勢の動きがあるとの情報が出回ってから地方貴族や有力者たちが、数人ずつそれぞれの地域からバラバラで訪ねてきて説明を求めるたびにこのような会議を開き説明をしているのだ。


「お疲れのようですね」


 オットーがひとり深いため息をついていると、副官がコップを両手に持って立っていた。長い髪を後ろで束ねた彼女は片手でコップを中将に渡すと、自分もコップに入っている紅茶をすする。


「毎日同じやり取りをするというのは、こうもストレスを感じるものかね?」


「お父様は立派にやってらっしゃいますわ」


 オットーは眼下に広がる城塞都市を眺める。戦の情報を掴んだ行商人の出入りが極端に減っているため、街を歩く人の往来はさすがに少なくなっていたが、家々からは竈の煙が立ち上っている。


 こうしても見るといつもの日常風景そのものだ。これから戦争が起こるとはとても思えない。オットーはそんな光景を見ながら隣に立つ副官に話しかけた。


「エミリア、私はおまえには別の道に進んでほしかったのだがな」


 エミリアと呼ばれた副官は少し不機嫌になって言い返した。


「お父様、それはもう言わない約束です!」


「そうだったな。こんな時だとどうもいらん感傷が混じるな。それと、ここでは中将と呼べ」


 オットーは北方の要塞であるフライゼン城を死守する義務と責任がある。ここが落とされれば、フライゼンは火の海に包まれる。略奪が起き、多くの民衆が殺されるだろう。そしてそれはフライゼンに留まらず、ローレンツ全土へと広がるだろうことは想像に難くない。 オットーには息子がひとりいたが、何年も前に病死していた。


 そんな父の苦悩を近くで見ていた幼い娘が戦場に出ると言い出したのもその頃である。何度も反対し喧嘩もしたオットーであったが、話し合いのなかで娘の気持ちが揺るぎないものであることを悟った。


 娘には女としての幸せを掴んで欲しいと思いつつも、今は彼女が父の副官として任についている。そのうえ有能だから父親としては余計に扱いに困っていた。オットーとしては、こんな仕事は早く辞めてもらいたいのだ。出来れば、こんな事態に陥る前に辞めてもらいたかったというのが本音だった。


 そんな親子間のやり取りをしていると、不意にドアがノックされる音がした。エミリアが扉を開けると、兵士が緊張した面持ちで入って来る。


「閣下、先ほど入りました情報によりますと、敵軍が動き出したようです」


「予想より早いな。もう動き出したというのか?敵の数は?」


「およそ五千、先行部隊かと思われます」


「であれば到着は遅くとも明朝だな、出来るだけの備えをしておけ。休める者は今のうちに休んでおくように伝えろ。敵が来たら寝る暇などなくなるのだからな」


 オットーは部下に指示を与えると、自らも城の備えを確認しに出た。


 次の日の明け方、フライゼン城の前には五千の兵団が無数の旗をはためかせていた。ルンデルの先行部隊を指揮するのはカール・フォン・ビューノー中将である。彼はフライゼンの守りが薄くなっている今が攻め時ということをよく理解していた。


 城兵の数が少ないとの情報をもとにして、カールは正規兵と傭兵の混合部隊を横陣に敷き、前列に盾を持った兵を先頭に力押しで突撃してきた。オットー率いる守備隊は前日までに備えた石や瓦礫を城壁から落として必死に応戦した。初日に百人以上の死傷者を出すものの、なんとかこれを防ぎ切った。


 二日目。明け方には夜襲があり、ここでも大激戦となる。盾兵が集団で先頭になり梯子を抱えながら城壁に取りつくと、梯子を登る兵を周りの兵士が弓でカバーする。この攻めを延々と続けてきた。さらに、午後になってもこの戦いを敵軍は続ける。この戦いでもお互い多くの死傷者を出し、守備兵側は八十人ほどが戦闘不能になった。


 三日目の明け方にも夜襲があり、なんとか耐え続けている城兵も昼に夜に襲撃が続くため、睡眠を取ることも出来ず限界が近づく。カールは、統率の取れない傭兵部隊の側に、思った以上に損害が多く出ていることも聞いていたが、それを無視して突撃を繰り返した。


 当然ルンデル側の損害が拡がるのだが、それ以上に相手の兵力を削り切ってしまうことが最善と考えていたのだ。そして、それはオットー率いるフライゼンの城兵にとっては非常に効果的な戦法であった。


 オットー中将は徴兵を行っているであろう各地の諸侯の中から危急のために指揮をとって駆け付けてくれる者が現れることに僅かな希望を寄せていたが、未だその兆しも見えてはこなかった。しかし、それも仕方がないことである。各地の地方小貴族をまとめることが中将である彼の役割であったため、軍を統括出来る者がいないのだ。地方貴族が少数の兵を従えてバラバラに動けば各個撃破の餌食になるだけである。


 三日目の昼、とにかく今はなんとか耐え忍ぶしかなかったが、そんな決意をあざ笑うかのような報告が監視塔にいる兵士から入る。


「報告します!たった今監視塔から敵のさらに後方から増援が確認されたとのことです」


「来たか・・・・・・数は?」オットー将軍の顔色に緊張が走った。


「その数、およそ、、およそ一万です」報告を読み上げる兵士の手と声が震える。


「一万だと・・・・・・!?確かか?」そう言うと、彼は答えを待たずに飛び出して行った。


 オットー将軍自ら監視塔に登って戦場を見渡す。確かに敵の先行部隊の後方から濛々と砂煙を上げながら迫る大軍の姿がそこにあった。数は報告通り、どう見ても先行部隊の倍はあった。我が命運もここに尽きたか・・・・・・そう思った時である。


「か、閣下!」将軍の背後で監視塔の兵士が叫んだ。


 オットーが振り返ってみると、遠くから続々と現れる新たな大軍の姿があった。目を凝らして注視する。旗は・・・・・・青地に盾と剣の紋章!


「援軍です!援軍が来てくれました!」


「聞いたか皆の者!援軍が来てくれたぞ!ここまでよくぞ戦い抜いてくれた!もう少しだ、もう少しでこの戦いに勝てるぞ!」


 オットー将軍は城兵を鼓舞した。十一月七日、アルスがヴァレンシュタット城を出た次の日のことであった。


 三日間攻め続けていたカール中将は、ローレンツの援軍を見て一時的に後方に退き、本隊と合流する。その間にフリードリヒ、ベルンハルト両王子率いる援軍六千に加え、西方の大貴族であるブラインファルク家も駆けつけ、続々とフライゼン城に入城した。その数八千である。こうして、両軍共に新たな援軍を得て睨み合う形になったのである。


いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。


☆、ブックマークして頂けたら喜びます。


今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

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