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裁判の裏で

 ジェルモはそう言うと、マリアにウインクしてみせる。マリアはあの時ジェルモに頼み込むのに必死だったことを思い出し、少し気恥ずかしくなったが笑って誤魔化した。


 こうしてアルスが助かったのはジェルモが裏で動いてくれたお陰である。感謝してもしきれないほどだ。


「あの、私からもお礼させてください。急なお願いだったにも関わらず無理して頂いて。本当にありがとうございました」


 そう言ってマリアはお辞儀をした。


「いやいや、私としてもアルトゥース殿下という戦力を手放す訳にはいきませんでしたので。はっはっは!」


「ところで、私たちが先日ここへ来てから一体何があったのでしょうか?それもお伺い出来ればと思ったのですが」


 ジェルモは、絶対に口外しないで頂きたいと口止めをしたうえで話し始めた。


「突然のことで申し訳ありません。お会いしたあの後、私は部下に命じて発注書の有無を急いで探させておりました。ただ発注書を見つけたところで、それをどう発表するかという点に疑問を抱いておりました。リヒャルト伯爵が発表するにせよ、その毒物が沁み込んだハンカチと発注書。これをそのまま発表するわけにはいかないでしょう?」


「仰る通りですが、偽証になってしまいませんか?」


 マリアが不安そうな顔でジェルモに尋ねる。ジェルモはその質問を聞いた瞬間、笑い飛ばした。


「この世に完全無欠の絶対正義なるものが存在すると思いますか?正義なんてものは、人の数だけ存在するのです。確かに私が行ったのは偽証行為でしょう。しかし、この国のことを考えたら些末なことです」


「そう、ですね。私たちは当時必死でどうやって証言するかまで頭が回っていませんでした」


 マリアは目の前のコーヒーを一口すすって、ジェルモの説明を待った。


「毒が沁み込んだハンカチと発注書。ふたつを繋げるストーリーがうまく組み立てられなければ、裁判で証拠として提出しても恐らく効果は薄い。下手をしたら言い逃れをするためだと捉えられ、逆効果になってしまうのでは?と考えていたのです」


 マリアの視界にフランツが入った。フランツは顔をしかめてムスッとしながら聞いている。多分、彼はジェルモのような考え方は嫌いなのかもしれない。


「商売を成功させるためには人を説得させるだけの物語が必要なのです。人々はその物語に惹かれ、理性と感情の双方を揺さぶられた時、納得してその商談にサインをするのです。私は裁判も同じだと考えました。如何にして投票権を持つ貴族たちの、ひいてはそこにいるであろう聴衆の理性を納得させ、同時に感情を揺さぶることが出来るか?です」


 そこまで話すと、ジェルモはコホンと咳払いをして続けた。


 「そこで、このストーリーを補完するための材料としてハンカチを誰の手に渡すか?これがキーだと考えました。私はすぐに当時の給仕係を調べました。そうしたら、ひとりだけ異色の経歴を持つ者がいたのです」


「それが証言台にいた・・・・・・?」


 裁判の証言台で緊張しながらも証言してくれた女性がマリアの頭に思い浮かんだ。ジェルモは、マリアの質問に頷きながら話を続ける。


 「それがエリーという給仕係でした。調べていくうちに彼女はオットー辺境伯の下で働いていたことがわかったのです。オットー辺境伯はベルンハルト殿下と考えが合わないことは以前から知っておりましたので、思い切って探りを入れてみたのです」


「出て来たのはオットー辺境伯の娘さんでしたね」


「ええ、殿下の仰る通り証言台に立ったのは娘のエミリアさまです。オットー辺境伯が私の話を親身になって聞いて下さったのです。それを聞いていたエミリアさまは、お父様と同様に正義感の強い方で証言台に立つことを喜んで買って出てくれたのです。もちろん、相応のリスクを背負ってです」


「それで物語が繋がったのですね!」


「ええ、お陰で最高の物語を書くことが出来ました」


 そこまで話すとジェルモはカップに注がれたコーヒーを一口飲んだ。パトスは幸せそうに、いつもと違ったコーヒーの香りを楽しんでいる。


 ずっと天井を見上げながら聞いていたフランツは、ようやく正面に向き直ると前に置かれてあったコーヒーを不味そうに飲む。そして、それまで疑問に思っていたことをジェルモに尋ねた。


「なぁ、その証拠なんだが。どうしてなかなか提出することが出来なかったんだ?」


 フランツが指摘しているのは、裁判のなかで肝心のアルスが持っていた証拠、これが出される前に票決になりそうだったことだ。もし、あそこで証拠が出されずにそのまま票決に移っていたら間違いなくアルスはここに居ることはなかっただろう。


「端的に言えば、妨害にあったのです。我々は証人も証拠も用意して、提出する手筈を整えておりました。しかし、役人がその手続きをわざと遅延させたのです」


「どういうことだ?」


「確証はありませんが。レムルド侯による妨害だと確信しておりましたので、ローベルトさまに動いて頂いたのです」


「レムルドにローベルト?誰だそりゃ?」


 フランツの頭が疑問符で一杯になっているようだったので、アルスが説明をする。レムルドはブラインファルク家の当主でありホルストの兄である。また、ローベルト・フォン・グランはヴァレンシュタット城の北、ノイエ・シュタット州を領地とする公爵だ。


いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。


☆、ブックマークして頂けたら喜びます。


今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

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