決着
「そこで私はファディーエ王子がお倒れになった後、ファディーエ王子の傍に落ちていました布でワインを拭き取ったのです。その後ご相談できる方がいらっしゃらず、たまたま王都にいらっしゃっていたエミリアさまにご相談させて頂いた次第です」
場内は彼女の証言でどよめき始める。マリアはその話を聞いた瞬間、隣にいたアチャズと顔を見合わせた。アチャズも驚いた様子で、何が起こってるのかわからないといった風に首を横に振る。
給仕係のエリーという女性の後を引き継いで、今度はオットー伯爵の娘であるエミリアが証言を引き継いだ。
「彼女から相談を受けた私は、同時に彼女から布を受け取りました。布というのは王家の紋章が入っており、ファディーエ王子のものであるとすぐにわかりました。そして、すぐに布に付着したワインの液体を薬師に分析させた結果、ファシキュリンという蛇の毒が使われていることが判明いたしました。ファシキュリンはニヴァールという蛇が持っている毒なのですが、ニヴァールはゴドアのデラ砂漠でしか生息しておりません」
エミリアは話しながら貴族席に座っているある男を睨みつけていた。その男の表情は、不敵な笑みを浮かべていたのが、エミリアの証言が進んでいくなかで明らかに変わっていく。驚き、そして恐怖へと。そのままエミリアは証言を続けた。
「そして、その毒を扱っているのはゴドア商会ギルド傘下の薬師だけ。すぐにファシキュリンの発注書を調べさせました。すると会食の一週間前に注文された発注書が出て来たのです!ファシキュリンを発注した者の名前はホルスト・フォン・ブラインファルクです!」
彼女はサイン入りの発注書、並びに毒素の分析結果の証明書を証拠として高く掲げ裁判長に提出した。彼女の発言によって会場全体が一気にどよめき、ざわざわしだした。あちこちから驚きの声が上がりはじめたのだ。
「嘘だ!その者は噓をついている!その者をつまみ出せ!神聖な裁判を侮辱している!」
貴族席からひとりの貴族が立ち上がって抗議をしていた。フランツたちはその貴族が誰なのか知らなかったが、何者なのかはおおよそ見当がついた。恐らく、先ほどの証言でエミリアが最後に出した者なのだろう。
確かに経緯は違っていた。本来であれば、ワインを証拠として保管していたのはアルスであり、それを回収したのはエミールだからだ。だが、エミールは王宮の地下牢まで忍び込んでいるわけだし、アルスも疑われている本人が証拠を保管していたのでは信憑性に欠ける。
そこで、ジェルモかもしくはエミリアが一計を案じてくれたのかもしれない。いずれにしても、この証言によって裁判の流れが一気に変わった。今までフリードリヒ陛下とアルスに向いていた疑いの目は一気にホルストひとりに向くことになったのだ。
そして裁判はその後も細かい質問を含め進んでいく。
最後に票決を取ることになった。裁判に参加していた貴族は、ホルスト含め数人意外は全て陛下とアルトゥース殿下の無罪に票を入れたのだ。フリードリヒ、アルス側の圧倒的な勝利であった。
裁判長はこれを見て「無罪!」と叫ぶと、聴衆はこの逆転劇に沸き立ち「国王陛下万歳!フリードリヒ陛下万歳!」の歓声が傍聴席のあちこちから上がった。
そして、ホルストはレーヘ国ファディーエ王子暗殺計画の真犯人として捕らえられた。もはや処刑は免れぬであろうことは明白である。ベルンハルトはその様子を見て、黙って席を立ち無言でその場を離れたのだった。
日常へ
逆転裁判の次の日、アルスたちはジェルモにお礼を言うために再びゴドア商業ギルドの門を叩いていた。街は昨日と打って変わっていつもの賑わいと日常を取り戻しているように見えた。昨日まではフードで顔を隠して行動しなければならなかったのがまるで嘘のようである。
フリードリヒとアルスは判決が出た当日に釈放された。アルスはいつも通り振る舞っていたが、フリードリヒのほうが衰弱が激しく数日はベッドで安静にするとのことだった。それでもフリードリヒが王位に戻ったことで、寝室から次々と指示を出している。それによってここ数日の間、街に溢れていた流言飛語の類やプロパガンダは大々的に裁判の内容を民衆に知らしめることによって一掃されることとなった。
カードを差し出したアルスやマリアの顔を見ると衛兵はすぐに事情を察し、門を開けてくれた。大きな敷地内には数台の馬車が止まり、この日も多くの行商人が様々な交易品を持ち込み交渉をしている。衛兵から話を聞いた案内係の者が先日アチャズたちが訪れた際に使用した奥の部屋へと案内してくれた。アルスたちが奥の部屋に入ると、すぐにジェルモが顔を出した。
「ジェルモさん!」
「ははは!殿下、ご無事なようで何よりです」
思わず叫んだアルスにジェルモは満面の笑顔で握手しながら迎え入れた。
「話は仲間たちから伺いました。色々と尽力してくださったようで、本当にありがとうごございます」
「いえいえ、こちらとしてはアルトゥース殿下にこれからも活躍して頂かないと困りますからな。それに仕事として依頼もして頂きました。完遂しないと私の信用問題になりますからね」
いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。
☆、ブックマークして頂けたら喜びます。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。