北部戦線、崩壊の危機
フランツの剣が閃くたび、傭兵部隊の小隊長たちが率いる兵が次々と斬り捨てられた。鬼神のような剣捌きに、傭兵たちは恐怖に駆られ、逃げ出し始める。そこに容赦ない矢の雨が追い打ちをかけた。
「おまえらは散々村を略奪して罪のない人々を殺したんだろう?おまえらだけ逃げられると思うなよ」
村の惨状を聞いたフランツの怒りは、燃え盛る炎のようだった。傭兵たちが蹂躙した村人の無念を思えば、許しなどあり得ない。やがて、フランツの部隊周辺の傭兵は残らず壊滅状態に追い込まれた。
「よおフランツどの!そっちはもう片付きましたかな?」
「おお、ガルダか!こっちは大方片付いたぜ。こいつらみたいな金目当ての連中は好き勝手やるばかりで、命を張る場面になるとめっぽう弱いな。すぐに逃げ出す」
「はっはっは!違いない。実に不甲斐ない連中ですな。ところで、この後の指揮はフランツどのが取ることになるとのことでしたが、どうしますかな?」
「とりあえず、襲われた村で虜囚になった村人の保護が最優先だ。そのあとは先方にいる正規兵だが、これだけ俺たちが暴れてる割には妙に大人しすぎると思わないか?」
「たしかに、言われてみればそうですな」
フランツの指摘は鋭い。アルスの計画通り、先遣部隊を素通りさせ、傭兵部隊を分断して壊滅させた。だが、林道でこれほどの騒ぎを起こせば、正規軍が気づかぬはずがない。それなのに反撃の動きがないのは不自然だ。
ガルダが深く頷く中、不意にヴェルナーが双剣を肩に担いで現れた。前方の持ち場から突然現れた彼に、フランツとガルダは怪訝な表情を向ける。
その表情を見て、ヴェルナーはアルスとのやり取りを彼らに説明した。ハインツを討ち取ったこと、戦場の状況、そして今後の作戦。
「なんだと!?それならもうこの戦は終わってるじゃねーか」フランツが呆れた。
「はっはっは!さすがは殿下ですな!おひとりで全て片付けてしまうとは」ガルダの豪快な笑い声が響く。
「いや、これで終わりではないぞ。むしろここからだ」
ヴェルナーの言葉に、フランツはニヤリと笑う。アルスは事前に複数の計画を共有していた。敵の動向次第で防御に徹するか、反撃に転じるかを想定済みだ。ヴェルナーの口ぶりで、フランツは次なる一手を悟っていた。
「なら俺たちのやることは決まったな。そうと決まれば急いで準備するぞ!」
フランツはアルスの直属部隊を招集し、騎馬隊を編成した。
「ヴェルナー、俺はあいつに頼まれてここの部隊を指揮しなきゃならない。代わりにおまえが行ってくれるか?」
「了解だ」
拳を突き出し、短く答えたヴェルナーは兵を率いて南へ急いだ。
北方の危機
ローレンツ王国最北端に位置するフライゼン城は、北部戦線の要衝だ。東の山脈は天然の要塞として人の往来を阻み、ルンデルがローレンツに侵入するには北か南のルートしかない。北ではフライゼン城が唯一の関門であり、ここを落とせば北部の守りは崩れる。
ルンデルは収穫期の混乱に乗じ、10000以上の大軍を集中させていた。フライゼン城を守るオットー・フォン・シュルツェ中将は、長年の戦歴でこの要衝を任された歴戦の将である。だが、今、彼を悩ませるのは敵軍以上に、連日の貴族会議だった。
城の中央、豪華な装飾が施された会議室に、地方の貴族や豪族が集まっていた。
「こんなバカな話があるか!なぜ、よりにもよってこんな時期を選んで攻め込んでくるのだ!」
「それを言っても仕方ないだろう。それより、ここには兵700しかいない、相手は10000以上いるという話じゃないか」
「守りの首尾はどうなっているのかね中将?」
オットーは小さく溜め息をついた。
「まず、敵兵10000ということですが、そのうちの大多数は傭兵部隊かと思われます。であれば、正規兵との連携した攻撃は難しく、城攻めには不慣れな連中が多いと推測します」
「そんなことを聞いているのではない!ここは要所だ。通常であれば3000の兵で守っているのだ。だがここにいるのは四分の一にも満たない数しかいないのだぞ?それをどうするかと聞いておるのだ!」
貴族たちの焦りは、危急の事態を物語っていた。オットー自身、その重圧を痛感している。正直、状況を聞きに来る暇があるなら、兵を寄越してほしい。 内心の苛立ちを抑え、丁寧に説明を続けた。
「おっしゃる通り、ここには700の兵しかおりません。収穫のために一時帰郷を許した兵たちを急ぎ呼び戻すよう通達を各地域に出しております」
「どのくらいかかるのかね?」
「全て戻すとなると急いでも3日はかかるかと思います。ですが、近い地域から順次兵を受け入れていく態勢を整えています。さらに、諸侯の協力を仰ぎ、緊急で追加の徴兵も行いますので、通常兵力に戻すだけなら3日もかからないと踏んでいます。それに中央からフリードリヒ殿下並びにベルンハルト殿下が6000の兵を率いて援軍に向かっているとの報告も入っています」
オットーの説明に、貴族たちは不承不承ながら納得し、それぞれの地域で緊急徴兵の準備に取り掛かるため散会した。だが、フライゼン城の危機は、依然として目前に迫っていた。
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