ゴドアの商人 ジェルモ・シャマーリ
ゴドアは北の大国である。金をはじめ武器の材料であるアパタイト鉱石やグレース鉱石、あるいはガラスの材料である珪石など貴重な鉱石の産出国であり、同時に輸出国でもある。豊富な資源を背景に独自の経済体系を築いてきた国であるため、長年3大ギルドによる進出を許してこなかった。
現在は、王であるハサード・アブライーヒム・ゴドア四世が、お情け程度の活動を許可しているが、その経済活動にはかなりの制限をかけている。実質、活動出来ないに等しいのだ。とはいえ、3大ギルドの資本力は年々増加し大国ゴドアといえど彼らの資本力に一か国だけで抗しうるのは厳しくなっているのも事実である。
そこで、各国に支部を置くゴドアの商業ギルドは、密かに3大ギルドに対抗するためのネットワークを構築しようとしてきた。そうした意味でジェルモにとっても、アルスは是が非でも仲間に加えたい存在である。
「しかし、明後日に国王裁判を開くとは向こうも相当焦っているという事ですか?」
ずっと話を聞いていたアチャズがおもむろに口を開くと、ジェルモは少し間をおいて自身の考えを述べた。
「ベルンハルト殿下の後ろ盾はブラインファルク家です。しかし、彼らは先のルンデル攻略戦での失態が大きく、求心力が落ちたままです。正攻法ではうまくいかず、現国王陛下を強引にでも亡き者にして既成事実を作ってしまおうということかもしれません」
「こういうことはさすがに、暗殺ギルドなんかを通すわけにもいきませんからな。向こうも王宮の中での実行は無理でしょう」
「そうでしょうね。とにかく明後日の裁判で証拠を出せるよう、力を尽くさせて頂きます」
ジェルモはその後の流れを確認すると、頭を下げて退出していった。
フランツたちは当日の国王裁判に出席したい旨を主張したが、それは敵わなかった。国王裁判は、平民の出席は認められていないとアチャズが説明したからだ。もちろん国王が裁判にかけられるなどローレンツにおいても歴史上、前例がない。
ただし、国王の親族が裁判にかけられるというケースは何度かあった。しかし、そうした裁判は、貴族だけしか出席することが出来ず平民が参加出来たことはない。まして今回のケースは国王本人の裁判になる。期待は出来ない。
「大丈夫ですよ、私やリヒャルトさまがおりますから」
アチャズがそう言ってなだめるとマリアが反応した。
「私も行きます」
アチャズは驚いた。マリアはコンラート家の息女であり、確かに貴族である。しかし、同時にベルンハルト勢力に狙われている可能性がある。正体がバレたら身の危険があるのだ。
「いや、しかし。あなたはまずいです、まずいですよ。バレたらどうするんですか?」
「もうここまで来たらじっとなんてしていられないんです。それに私がマリアだと知っても彼らは裁判の場では何も出来ないでしょう。証拠もないのに貴族に手を出すのは悪手でしかありません」
「それはそうですが。いや、しかし・・・・・・」
「お願いします。私も行かせてください」
「そう言われましても・・・・・・」
「アチャズ殿、いいではありませんか。彼女のアルスさまを想う気持ちは真っ直ぐです、彼女をなんとかアルスさまに会わせてあげてください」
ふたりのやり取りをじっと傍で見ていたパトスが前に進み出てアチャズに頭を下げる。パトスはマリアの気持ちが痛いほどわかった。同時に、ディーナと幼いダナを必死に護りながら、当てもない船旅に出た日のことを思い出していた。船が嵐に遭ったその日、パトスは死を覚悟した。
しかし、こうして生き残ってる。生き残ったからには、最後の最後まで付き添いふたりの行く末を見守るつもりだ。マリアのアルスに対する想いは何者にも邪魔されてはならないと思ったのだ。
「パトスさん・・・・・・」
「うーん、はぁ・・・・・・仕方ない。わかりました」
アチャズはパトスとマリアの熱意に負けて、溜め息をつきながらも渋々承諾した。
「本当ですか、ありがとうございます!」
「そうは言っても、私も身の安全までは保障出来ませんよ」
「大丈夫です。自分の身は自分で守れますから」
「そうだな。おまえとやり合える奴なんかほとんど居ねぇだろうよ」
フランツは悪戯っぽい笑顔でニヤッと笑った。
ちょうどそのとき、ドンドンとドアを叩く音がした。万が一に備え、全員が息を潜めて武器に手をかけ警戒モードに移行する。
アチャズが執事と目くばせすると、執事はドアに近づきドアをゆっくり開けた。すると、顔を見せたのはアチャズ邸の召使いのひとりであった。そこでようやく警戒が解ける。彼はリヒャルトからの手紙を持って入って来ており、アチャズが手紙を受け取って中身を読むと驚きの声を上げた。
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