罠
フリードリヒは硬直していた。会食中に死亡となれば、それは即ちその場に居た者が疑われる。問題は毒殺された人間がレーヘの王子であるということだ。国家間の問題に発展するのは目に見えている。もちろん責任の追及は国王にも及ぶ。
バンっという扉が開く音とともに、たくさんの足音が聞こえた。給仕が医師を連れて来たのかと思いアルスは見上げると、会食の部屋のドアを開けた先に立っていたのは宮廷医ではなく、ベルンハルトと麾下の兵であった。
「危急のことが起こったと聞いて来てみれば、これはいったいどういうことかな兄上?」
「ベルンハルト、おまえ・・・・・・」
フリードリヒの手は震えながらも、ベルンハルトを見る目は動揺から怒りに変わっていく。一方、ベルンハルトの口角が僅かに上がっているのをアルスは見逃さなかった。
「なぜおまえがここにいる!?」
「そんなこと兄上には関係ないでしょう。そこに倒れているのはレーヘのファディーエ王子とお見受けする。これは大変なことをしでかしましたな。こんな状況下では王族も、例え国王といえども例外なく責任の追及は免れませんな。しかも相手はレーヘの王族、これは同盟関係にもヒビを入れる。致命的ですよ」
「ベルンハルト、き、貴様!謀ったな!!」
フリードリヒは怒りに任せてワインの瓶をベルンハルトに投げるも、ベルンハルトは難なくそれをかわす。そして、余りの出来事に狼狽しているフリードリヒを見下ろして堪え切れないといった感じにせせら笑った。
「ははは!気でもおかしくなられたのかな?兄上は。さあ、あの者を捕らえよ!」
兵士たちはベルンハルトに命令されたが、さすがに現国王を捕らえるのは気が引ける様子で誰も動かない。なかなか命令を実行できずにいる兵たちを見てベルンハルトは一喝した。
「何をしている!捕らえよ!!例え国王であれ、こうなっては平等に裁かれねばならん!今回の事件は誰が見ても犯人はフリードリヒ国王である!グズグズせずに捕らえよ!!」
一喝され兵士たちは一斉に動き、フリードリヒは捕らえられた。
「アルス、貴様も同罪だ。この者も捕らえよ」
アルスはベルンハルトを睨みつけたが、ベルンハルトは意に介さず、兵たちにそう命じる。アルスとフリードリヒ両名はレーヘ王子を殺害した罪で牢に投獄されることになった。この情報はすぐに貴族の間でも噂になり、王都の街でも広まることとなる。
アルスの仲間がその騒ぎを知ったのは、その日の夜である。邸宅の執事をしているアントンを介してリヒャルト伯爵から危急の手紙を受け取ったのだ。代表してマリアがその手紙を開けると、中には短くこう記されてあった。
「アルトゥース殿下と陛下がレーヘ王子殺害の容疑で拘束された。すぐにその屋敷を出てエルンへ戻られたし。追って連絡する」
「え・・・・・・!?嘘っ・・・・・・」
マリアが絶句していると後ろからフランツが手紙を奪うようにして読んだ。
「はっ!?あり得ないだろ!こんなバカなことってあるか?」
「アルスさまがレーヘの王子を殺すわけがない。誰かが仕組んだに違いない!」
エルンストが声を荒げるとパトスが制止した。
「シッ、誰が聞いてるかわかりません。誰が見てもアルスさまが冤罪なのは明白ですが、今は時間がありません。もはやこの屋敷も安全とは言えないでしょう。とりあえず今すぐに脱出して、細かいことは街に出てから話しましょう」
「パトス殿、すまない。取り乱してしまって」
「いえ、お気持ちは痛いほどわかりますので」
「そうと決まればさっさと行くぞ。各自最小限の荷物だけまとめたら外に出るぞ」
フランツが声を掛け、最短で準備をする。アントンには用事が出来たので出かけるとだけ伝え、全員が屋敷の玄関の外に出た。
幸い追っ手は来ていないようだったが、外は雨が降り始めている。夕刻の時間だったが、雨雲のせいでかなり薄暗くなりつつあった。
「エルンに戻ったらどうなるの?」エミールが不安そうにフランツに聞いた。
「俺らがエルンに戻ったら、場合によっちゃ実力行使でアルスを取り戻す」
「ちょっと待て。いったい誰と戦うってんだ?敵が誰かもわかってないんだぞ」
ジュリがフランツに強い口調で尋ねると、彼は右拳を左の掌にドンッと当てて怒りを爆発させる。エルンという領地経営もうまくいき、ルンデルとの戦にも勝利した。ケルンという新たな領地も増え、マリアとも結婚することが決まった。
やっとここまで来たのだ。それがまさか、自分の力が及ばないこんな形で頓挫させられそうになっている。フランツは悔しさと怒りで一杯だった。
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