危急存亡
「レーヘとは同盟国ですしね。無下に断ることも出来ません。しかし、何故僕まで会食に?」
「それもよくわからんのだが、向こうがおまえを指名してきたのだ」
「僕を!?面識すらないのに」
「もちろん使者を通してだがな。本人から直接そういった希望があったのかはわからん。妙な話だとは思う。だが、会食したところで、それほどの影響はないだろう。すまないが付き合ってくれると助かる」
フリードリヒもレーヘの王子の我儘な要求とはいえ、同盟国の頼みを無下に断ることも出来ない。しかも、レーヘとは同盟関係といってもローレンツは属国に近いような扱いだ。
ここでレーヘと何かあればせっかく築いた自身の立場が崩れてしまう可能性すらある。
「わかりました」アルスは複雑な表情で答えた。
翌日、アルスはフリードリヒと共に王宮内に用意された会食用の席に座っていた。大きなテーブルには様々な地方から取り寄せた料理が並んでいる。
ファディーエはフリードリヒに丁寧に挨拶をした。
「陛下、このようなもてなし感謝いたします」
「ファディーエ王子も遠路からご苦労でした。どうか今日は料理を楽しんで頂けたら嬉しい。全てローレンツで採れた食材ばかりです」
そのような社交辞令のやり取りが続き、食事が進んだが、アルスとのやり取りはほとんどなかった。
これでは何故アルスを指名してきたのかがよくわからなかったので、仕方なく尋ねることにした。
「ファディーエ王子、王子は私をこの会食の席に指名して頂いたと伺っております。私とは面識がありませんでしたが、理由をお聞かせ願いませんでしょうか?」
「ふむ、理由か。理由は特にない」
「特にない?」
「うむ。そもそも私も今回の経緯については、よくわかっておらぬ」
それではいったい、誰がこの会食をセッティングしたというのだろう?何故僕がこの場に呼ばれてるのか。
レーヘの王子の気まぐれかと思っていたが、誰かがこのメンバーでの会食を望んだということなのだろう。何かよくわからないが、掌の上で踊らされているような嫌な感じだ。
「それより、先日のマリアという娘だが。私はとても気に入った。あのような美しい娘がこの国におるとは・・・・・・あれを私の王宮に迎えたい」
「は?」
なにをいきなり言い出すんだこの男は?王宮に!?この男の意味することはわかっている。ファディーエ王子は既に正妻もいる。
レーヘはローレンツと同じく一夫一婦制であり、それを否定する側室制度は設けていない。つまりは非公式にもらい受けることをわざわざアルスに伝えてるのだ。
「先日、会食にも誘った。その場で本人には伝えるつもりであったが、一応貴殿にも伝えておこうと思ってな。フフフ、何を驚いている?良いであろう?そなたの婚約者でもなんでもないと言ったのだから」
「いえ、彼女とは結婚するつもりです。会食のお誘い、とのことですが、この場を借りてお断りさせて頂きます」
そのアルスの言葉を聞いて、驚いたのはファディーエだけではない。フリードリヒもアルスの言葉を聞いて、食べていたものを喉に詰まらせてむせった。むせりながらも、フリードリヒはアルスに聞き返す。
「アルス、聞き間違えでなければ、今結婚といったか!?」
「すみません、言う機会を逃してしまい報告が遅れました」
「それは、めでたい!今日は良き日だな!式は盛大にやらせてもらうぞ」
そのフリードリヒの喜びようを見ていたファディーエの顔が、みるみるうちに怒りで赤く染まっていく。
「ふざけるなっ!先日は婚約をしていないと言ったばかりではないか!?どうしてそうなる?」
「あの直後に婚約をしたのです。ですので、全てなかった話にさせてください」
「そうはさせん。そうはさせんぞ。父上に言ってそんな婚約は破棄させてやる!貴国との関係にも深い亀裂が入るであろうな」
そう言うと注がれたワインをグイッと飲み干し席を立ちあがった。
「ファディーエ王子、落ち着いてください。それはさすがに・・・・・・」
フリードリヒがそこまで言いかけた時、ファディーエは急に苦しみ始めた。
「ぐっ、ぐああ」
額には冷汗がしたたり落ち、その顔は苦痛に歪んでいた。
「い、いったい、なに、を入れた!?」
喉を搔きむしるような仕草を何度かする。直後にテーブルの上に置いてあった料理やグラスと共に床に倒れ込んでしまった。様子を見ていたフリードリヒとアルスに緊張が走る。
「ファディーエ王子!?医師を呼べ、すぐに!」
フリードリヒが給仕係にそう命じる間、アルスはすぐにファディーエの傍に駆け寄った。ファディーエは口から紫色の泡を吹いており、すでに目の焦点は合っていない。
症状を見れば毒だとすぐにわかる。身体の痙攣が始まると共に浅い呼吸がさらに早まると、あっという間に息が止まり冷たくなってしまった。
「な、なんということだ・・・・・・」
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