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傭兵隊長ベルタス

 エルム歴734年11月、ルンデル領のエルンからヘヴェデ城へ向かう道は、丘陵と林が広がる細い林道だった。2000の兵を率いるハインツ・フォン・ブラームス少将の軍勢が、馬のいななきと足音を響かせて進軍する。


 初老のハインツは、戦場に似つかわしくない姿だった。たるんだ頬と二重あご、ぶっくりと膨らんだ腹を揺らしながら馬に乗り、寒さに震えて手を擦るその姿は、まるで戦士というより怠惰な領主そのものだ。


「閣下、今回の出兵、我々だけで事足りたんじゃないでしょうか?何もあんな粗野な連中を雇わなくても」


 副官ゲオルグが、つぶれた猫の喉のような声でハインツの顔色を窺う。彼の視線の先には、ちぐはぐな皮鎧に身を包んだ傭兵部隊がいた。首には趣味の悪いネックレス、指には奪い取ったらしい指輪が光る。粗野で教養のない彼らは、戦場を生き抜く獣のような存在だった。


「んあ?何を言うておるか、頼もしい限りじゃないか。それに引き換えうちの兵どもときたらやせ細ってて使い物にならんわ」


 ハインツの愚痴に、ゲオルグは内心で毒づいた。お前の過酷な徴税で民が飢えてるからだ、この強欲じじい! だが、顔には微塵も出さず、にこやかに答える。


「なるほど、閣下のご慧眼には恐れ入ります」


「んむ、ゲオルグ、お前も副官として経験が長いのだから、そろそろ大局が見えるようにならんとこの先困ることになるぞ」


 ゲオルグが心の中で新たな罵倒を思案していると、後方から傭兵隊長ベルタスが声を上げた。


「おーい、ハインツ殿!俺の部下がこの先に村を見つけたそうなんだが、ちょっと物資の補給をしてもいいかね?」


 ベルタスの姿は、傭兵そのものだった。剣の腕は確かだが、略奪品と思しき装飾品と粗野な態度が彼の品性を物語る。


「物資の補給」とは名ばかりの略奪許可の要求だ。ハインツは興味なさげに頷いた。


「んむ、まぁ良いだろう。許可を出す」


「へへへ、ありがとうございます。おーいおまえら、将軍閣下のお許しが出たぞ!早いもん勝ちだ!」


 ゲオルグは心底うんざりした。言わんこっちゃない、こいつらは野盗と変わらん。こんな連中がヘヴェデ城に先に着いたら、宝物庫は空っぽだ。 大局を見ろとほざくハインツへの苛立ちが、ゲオルグの胸を締め付けた。



 ローレンツ領最南端の小さな村は、牧場と畑で静かに暮らす場所だった。だが、その平穏はベルタスの傭兵部隊によって無残に踏みにじられた。人間の皮を被った野獣のような彼らは、食料や金目の物を根こそぎ奪い、抵抗する村人を容赦なく屠っていく。


 特にベルタスの巨躯と戦斧の一撃は凄まじく、3人がかりで立ち向かった村人が一振りで真っ二つにされた。その血と悲鳴が、村人の戦意を完全に砕く。村は煙と叫び声に包まれた。生き残った者は奴隷に落とされるか、価値がないと判断されれば殺される――それがこの世界の冷酷な現実だった。


 ゲオルグは、遠くで上がる煙を見ながら、内心の罵詈雑言をさらに重ねた。だが、行軍速度が急に落ちたことに気づく。奴隷と略奪品を連れた傭兵部隊が、林道をのろのろと進むせいだ。城攻めだというのに、奴隷を連れて行軍する軍がどこにある? ゲオルグは憤慨し、ハインツに行軍の再編成を進言した。


 さすがにハインツも速度の遅さに同意し、村での再編成を命じた。だが、林道の狭さから、先行した兵を村まで戻す必要があり、さらに時間を浪費することになる。ようやく正規軍が先頭、傭兵部隊が後続という編成が整った頃には、陽はすでに傾いていた。日没後、ルンデル軍はヘヴェデ城に迫っていた。



 突然、後方から叫び声と剣戟の音が響いた。


「急報、急報です!ハインツ閣下はいずこに!?」


 若い兵士が走ってくる。ハインツが振り返り「いったい何事か!?」と声を上げる。


「ハインツ閣下でいらっしゃいますか?」兵士が馬上のハインツを見上げた。


「いかにも」ゲオルグは、急報を騒ぎながら確認する兵士に違和感を覚え、「閣下」と声をかけようとした瞬間だった。兵士の姿が一瞬で消え、唸る風切り音が響く。次の瞬間、ハインツの首が宙を舞っていた。


 10数トゥルクの距離を一瞬で跳躍し、甲冑の隙間を正確に斬りつけたその一撃は、まるで神業だった。


「化け物だ・・・・・・」ゲオルグは恐怖に凍りついた。視界がぐるぐると回り、思考が停止する。何をしても無駄だ。この化け物からは逃れられない。 絶望が彼を飲み込んだ。


「敵将ハインツを討ち取ったぞ!」


 その声に、ルンデル軍の兵士たちは現実に引き戻される。自分たちの将を失った集団となった事実が、動揺の波となって瞬く間に広がった。




 時は少し遡る。アルス隊は、フランツを始めとする部隊長たちと共に、林道の脇に潜伏していた。奴隷の連行と再編成によるルンデル軍の遅れは、アルスに奇襲の好機を与えた。斥候の報告通り、正規軍を素通りさせ、足の遅い傭兵部隊を狙う。細長い林道で伸びきった傭兵部隊は、アルス隊にとって格好の標的だった。


 フランツたちは奴隷のいる場所を避け、林道の両側から散々矢の雨を浴びせることに成功する。暗闇から降り注ぐ矢に、傭兵たちは悲鳴を上げる間もなく倒れ、たちまち大混乱に陥った。


「くそっ、どうなってんだこりゃ」ベルタスも矢の雨に晒され、怒声を上げた。


「おいっ!野郎ども、慌てるな!周囲を見張りつつ側面に盾を構えて互いに守るんだ!」


 的確な指示で混乱が収まりつつあったが、アルス隊は素早く動いた。マリアが剣を手に斬り込み、矢継ぎ早に指示を飛ばす。その機敏な指揮に、ベルタスがニヤリと笑った。


「へへへ、どんな野郎が隊長やってんのかと思いきや、こんな顔の綺麗な嬢ちゃんだったとはなぁ」


「あなたがここの隊長ね?」


 マリアはベルタスの巨躯に一瞬目を奪われた。ガルダに匹敵する体格は、小柄な彼女にとって圧倒的な威圧感を放つ。


「お前みたいな上玉を兵士にしとくなんざもったいねぇ。どうだ、俺の女にならねぇか?」


「ふざけないでっ」


 マリアは剣を構え、鋭く言い放つ。


「あなたなんかお断りよっ!」


 ベルタスの幅広の剣が力任せに振るわれるが、マリアは高速の三連突きで応戦。修練で無駄を削ぎ落とした彼女の突きは、常人の速度を遥かに超える。ベルタスは全てを捌ききれず、左腕に傷を負った。


「うおっ、いってぇな、嬢ちゃんの顔に見惚れて食らっちまったよ。顔に似合わず凄いじゃないか、こりゃ俺も本気でやらんとなぁ。もう油断は無しだぜ」


いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。


☆、ブックマークして頂けたら喜びます。


今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

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