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傭兵隊長ベルタス

 エルンからヘヴェテまでは丘と林が広がっている。平野になっている先の林の細い道を、エルンを出発した兵士たちが続々と行進していく。エルンを治める領主ハインツ・フォン・ブラームス少将は兵二千を引き連れて北のヘヴェテ城を目指している途上だった。


 初老の域にある将校であるが、その肢体はおよそ戦場に身を置く者とは思えない。頬はたるみ、あごは二重に垂れ下がっている。ぶっくりとした腹を左右に揺らしながら馬にまたがっているその将軍は、寒そうに手を擦りながら息で手を温めていた。


「閣下、今回の出兵、我々だけで事足りたんじゃないでしょうか?何もあんな粗野な連中を雇わなくても」


 ハインツの隣に影のように寄り添っている男が、猫の喉がつぶれたような声を出しながら顔色を窺っている。痩身のその男の目線の先には、荒くれどもの傭兵部隊がいた。


「んあ?何を言うておるか、頼もしい限りじゃないか。それに引き換えうちの兵どもときたらやせ細ってて使い物にならんわ」ハインツは嘆いた。


 それはお前の徴税がキツ過ぎて食べるものが無いからだろう、この強欲じじいが!などと心の中で呟いても顔には微塵も出さずに男はにっこりとして答える。


「なるほど、閣下のご慧眼には恐れ入ります」


「んむ、ゲオルグ、お前も副官として経験が長いのだから、そろそろ大局が見えるようにならんとこの先困ることになるぞ」


 ゲオルグと呼ばれた副官が心の中で罵倒する文句を考えるのに忙しくなっているところに後ろから傭兵隊長が声をかけてきた。


「おーい、ハインツ殿!俺の部下がこの先に村を見つけたそうなんだが、ちょっと物資の補給をしてもいいかね?」


 傭兵隊を指揮するのはベルタスという男だ。皮鎧を身に付けているが、格好はちぐはぐで首には趣味の悪いネックレスやいくつもの指輪が光っている。恐らく盗んだか奪ってきたものに違いない。


 剣の腕はあるようだが、粗野な男で教養など皆無な人間であることは作法や態度から窺い知れた。村で物資の補給などと言っているが、ただ単純に略奪の許可をもらいに来てるだけだ。


「んむ、まぁ良いだろう。許可を出す」ハインツは興味も無さそうにその傭兵隊長の要求に応じる。


「へへへ、ありがとうございます。おーいおまえら、将軍閣下のお許しが出たぞ!早いもん勝ちだ!」


 それを見た副官ゲオルグは心底うんざりした顔をした。言わんこっちゃない、こんな連中は野盗と変わらん。貧乏くさい村なんぞどうでもいいが、こんな奴らが先にヘヴェテ城に入りでもしてみろ、城内の宝物庫を漁って我々が到着するころには既に空っぽだ。何が大局を見ろだ、クソじじいめ!


※※※※※


 ローレンツ領内の最南端に位置する閑静な村は、小さな牧場と畑で生計を立てている。その日、その村は突如としてやって来た野盗もどきの軍隊に蹂躙されてしまった。彼らは人間の皮を被った野獣と何も変わらなかった。糧食や金目の物は全て奪っていく。男たちの中には怒りで武器を手に取り抗った者が何人もいたが、ことごとく殺されてしまった。


 特に体がひと際大きな男は恐ろしいほど強かった。斧を手に三人がかりで立ち向かった村人が剣のたったひと振りで絶命したのだ。彼らの身体は、斧の柄からまるごと真っ二つに切断されていた。ベルタスと呼ばれたその男の斬撃を見て他の村人は完全に戦意を失ってしまった。


 一方、長時間に渡るゲオルグの心の中の罵詈雑言のレシピが尽きかけたころ、村だと思われる付近で叫び声と悲鳴が混じる中から煙が上がる。恐らく無事な村人はいないだろう。この世界では、村が襲われたら奴隷に落とされるか、商品価値無しと判断されれば殺されるかの二択しかなかった。


 しばらくして、急に行軍速度が遅くなった。前方で馬のいななきと人の悲鳴が聞こえる。先行した傭兵部隊が村から略奪した物資と奴隷を連れて歩いているのだろう。これでは遅々として進まない。城攻めをするというのに、先頭に奴隷を連れて行軍する部隊がいったいどこにいるだろうか。これでは世間の物笑いである。実にバカバカしい。


 そう思ったゲオルグはすぐさま上司であるハインツに行軍の編成をするように進言した。ハインツも行軍が遅くなったことには同意し、軍の編成をすることになった。


 しかし、林の細道のため、場所が開けている例の村で再編成をすることになる。そのため先行した兵を一旦村まで戻して編成することになり、更に時間を費やすこととなった。


 ようやく軍の再編成が終了したころには既に日は傾いていた。こうして再度、ルンデル正規軍が先頭に立ち、傭兵部隊がそのあとについていくという形が整う。一刻も過ぎたころには日も沈み、ルンデル軍はヘヴェテ城にかなり近づいていた。


 先行していた偵察部隊が帰って来てハインツが報告を受けていると、急に後方から叫び声が上がる。続いて剣戟を交わす音が響いてきた。


「急報、急報です!ハインツ閣下はいずこに!?」見ると若い兵士が後方から走って来る。


「いったい何事か!?」ハインツ少将が振り返り、声を上げた。


「ハインツ閣下でいらっしゃいますか?」兵士は立ち止まり、馬上にいるハインツを確かめるように見上げる。


「いかにも」


 急報と騒ぎながらわざわざ確認する兵士にゲオルグは違和感を感じ「閣下」と言いかけた瞬間だった。その兵士の姿はゲオルグの眼前から消える。代わりに唸るような風切り音がゲオルグの耳元を突き抜けたかと思うと、ハインツ少将の首は宙を舞っていた。その兵士は十数トゥルクもある距離を一瞬で跳躍し、甲冑を纏っていたハインツ少将の兜と鎧の隙間を精密に狙って首を斬り飛ばしたのだ。


「化け物だ・・・・・・」


 ゲオルグは恐怖した。そして懸命に次の行動を考えた。しかし、今の光景を見てしまってから視界がグルグルと回っている。何をしても、何を指示しても無駄では?この化け物からは逃れることは出来ない。そしてそのまま、彼の思考と身体は一瞬、完全に停止してしまった。


「敵将ハインツを討ち取ったぞ!」兵士が叫んだ。


「ハインツさまが!?」現場にいた兵士たちも一体何が起こったのか全く理解出来ずにいたが、その一言で現実に引き戻されることになった。自分たちが将を失った集団になったという現実である。その動揺は兵士から兵士へ瞬く間に広まっていった。


※※※※※


 時は少し遡る。後方では、フランツを始めとする各部隊長たちは林道の脇に待機し、闇に紛れて潜伏していた。奴隷の連行により行軍速度が遅くなり、再編成をしたことでかなりの遅れが出たことはアルスにとって兵を潜伏させるに十分な時間を与えることになった。斥候の報告通り、正規兵が先ずやってきたが、奴隷を連れて足の遅くなった傭兵部隊を叩くためにそのまま素通りさせる。


 やがてのろのろとした足取りで傭兵部隊がやってきた。林道によって細長く伸びきった傭兵部隊は今やアルス隊にとって格好の獲物である。フランツたちは奴隷がいる場所を避けて、それ以外の傭兵部隊に矢の一斉射撃を林道の両側から浴びせた。突然暗闇から矢の雨が降ってきたことにより、声を上げるまでもなくバタバタと倒れていった。この時点で傭兵部隊は大混乱に陥ってしまった。


「くそっ、どうなってんだこりゃ」先頭にいたベルタスも例外ではなく、矢の雨に見舞われた。


「おいっ!野郎ども、慌てるな!周囲を見張りつつ側面に盾を構えて互いに守るんだ!」


 こんな状況でも短く的確な指示を与えるあたりは長く戦場を渡り歩いている証拠だろう。この指示の効果で、ベルタスがいる周囲は混乱状態が解けつつあった。


 そこへ、潜伏していたアルス隊が剣を手に切り込んできた。思ったよりも早く混乱から回復しつつある様子をみてマリアが早めに指示を出したのだった。自身も斬り込みながら周囲に矢継ぎ早に指示を出していく。その様子を観ていたベルタスがニィッと笑った。


「へへへ、どんな野郎が隊長やってんのかと思いきや、こんな顔の綺麗な嬢ちゃんだったとはなぁ」


「あなたがここの隊長ね?」


 マリアは目に入った相手の体格に目を奪われた。他の兵士と比較してひと際大きい。体格でいえばガルダとも引けは取らないであろう。女性のような小柄な体格から見れば、その男の巨躯は、近くに居るだけで圧迫感を与えるはずだ。


「お前みたいな上玉を兵士にしとくなんざもったいねぇ。どうだ、俺の女にならねぇか?」


「ふざけないでっ」そう言いながら、マリアは剣を構えた。


「なぁに、悪いようにはしねぇさ。俺の女になりゃ金に困るこたぁねぇ」


「あなたなんかお断りよっ!」


 言いながらマリアは、にじり寄って来る男に剣を横に薙いだ。ベルタスの持っている剣は膂力で力任せに振るタイプの幅広の剣だ。それでベルタスはマリアの細身の剣を難なく払った。あまりの力に細身の剣を握っているマリアの手が痺れる。


 ベルタスは終始ニタつきながらジリジリと歩み寄って来る。気持ち悪いと思いつつも、打ち合うのは分が悪いと考え、今度は高速で三連突きを繰り出す。突きをするとほとんどの者は重心がブレてしまい力も速度も落ちるのが常だ。


 しかし、マリアの場合はこれがほとんどない。修練によって無駄な動きが削ぎ落されているため、常人の突きとは比較にならないほどの速度に達する。これには、剣に自信があるベルタスも驚いた。全ての突きを捌き切れずに左腕に食らってしまった。


「うおっ、いってぇな、嬢ちゃんの顔に見惚れて食らっちまったよ。顔に似合わず凄いじゃないか、こりゃ俺も本気でやらんとなぁ。もう油断は無しだぜ」


いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。


☆、ブックマークして頂けたら喜びます。


今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

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