アルスとマリア ふたりの誓い2
「明日から全てのパーティーをキャンセルするよ。それと、さっきの会食の誘いも僕から断っておくよ」アルスは唐突にこう言い放った。
「え?」
「会食の誘いもパーティーの出席も無しだ」
「どうしてですか?そんなことしたら公務に支障が・・・・・・」
「色々とひと段落したら婚約を発表したいと思うんだけど、どうかな?」
「え!?」
マリアは驚いた表情でアルスを見つめる。今までアルスの傍にいて一度もそうした話を聞いたこともなかったし、素振りを見せたこともなかった。それが突然アルスが婚約を発表するという。
考えてみればアルスも第四王子とはいえ王族だ。婚約者がいても不思議じゃない。でも、何故このタイミングで?私は・・・・・・私の気持ちは・・・・・・。私は何を今まで浮かれていたんだろう。私なんかが・・・・・・そう思った瞬間、目の前の景色が歪み始める。ダメ、ここで泣いたら・・・・・・。ショックのあまり固まってしまったように見えるマリアに向かってアルスは慌てて言葉を続けた。
「君を訳の分からない男に取られるわけにはいかないからね」
「アルスさま・・・・・・?」
「えと、つまり、僕と結婚して欲しいんだ」
マリアはその言葉を聞いて必死にこらえていた涙がとめどなく出て来た。アルスと最初に会ったときは唐突な要求に訳も分からず返事をしてしまったことがマリアの脳裏に浮かんだ。
その気恥ずかしさからなかなか気持ちを前へと出せなかったマリアだったが、まさかアルスからその言葉を聞けるとは思ってもいなかったのである。いや、ほのかに期待はしていた。期待はしていたけど、まるで現実味の無い期待だった。
それが最初に出会ったときのような唐突なアルスの誘いによって現実化する。アルスはマリアが泣き始めたのに困惑していた。まさか、自分が言った言葉で動揺させてしまったのかと思ったからである。
「あ、あの。ごめん、急に」
「違うんです、そうじゃないんです」
彼女の繰り返す言葉に、アルスは当惑するばかりで何て言葉をかけたら良いのかわからなくなってしまった。
「アルスさまと最初にお会いしたときのこと覚えてますか?」
「覚えてるよ」
「あの時、私勘違いしてしまって・・・・・・」
「あ、ああ覚えてるよ。あの時はごめん、僕も紛らわしい言い方しちゃったりして」
「いえ、いいんです。アルスさまのお誘いを勝手に勘違いした私が悪いので。だから、なんだかまたそんな気がしてしまって」
「そうだね。ごめん、考えてみたら唐突過ぎたかもしれない。けど、僕の気持ちは本当だよ。それで、その・・・・・・」
マリアがアルスの顔を見上げると、言い淀んでいるのか、そこまで言って時が止まったように固まってしまっていた。
「・・・・・・アルスさま?」
「あ、えと・・・・・・まだ返事をもらってないんだけど・・・・・・」
「あ」
マリアは涙を拭って改めてアルスに笑顔で答えた。
「はい、アルスさま。はいです!私はアルスさまと共に歩みたいです」
マリアの返事を聞いて、ようやくホッとしたようにアルスの表情が緩んだ。
「ありがとう、マリア。僕もマリアと共に生涯をかけて歩むことを誓うよ」
アルスは自然にマリアを抱きしめた。互いの心音が聞こえるほどに密着し、触れ合う肌と肌から互いのぬくもりが伝わってきて体が熱くなってくる。
やがて互いの唇と唇が重なり合う。ふたりは今までの想いを埋めるように長い誓いのキスをした。
夜の闇が迫る夕刻の王都に、雲間から陽の光が一筋、二筋と漏れ出す。その光の一筋がまるでふたりを祝福するかのように包み込む。この時、この瞬間、世界はふたりだけのものだった。
急に背後から人の雰囲気がして、カーテンが開きパーティーの喧騒が後ろから耳障りなBGMのように聞こえ始める。
アルスがびっくりして振り返ると、リヒャルト伯爵が拍手をしている姿がそこにはあった。
「いやぁ、おめでたい。殿下、マリア殿、お二人ともおめでとうございます!」
「リヒャルト伯爵!?み、見てたの!?今の!?」
アルスが聞く隣でマリアは顔が真っ赤になっている。
「すみません、見るつもりはなかったのですが。殿下に声を掛けようとしたらちょうどおふたりのお話がまとまりそうだったので、つい」
「つい、じゃなくてそういう時は遠慮してよ!ていうか、見るだけじゃなくて聞いてたの!?」
「申し訳ございません。本当に聞くつもりはなかったのですが、出来心というのは恐ろしいものです、はい」
「リヒャルト伯爵!?わざと聞いてたよね?」
「ははは!あー、いやぁ。そのぉ、おふたりがご結婚される際は、是非盛大に祝いましょう。この私も誠心誠意尽力させて頂きますので」
アルスは大きく溜め息をつく。
「ははは!これは失敬しました。ところで殿下、この会場に面白い男が来ています」
「誰?」
リヒャルトに大事な瞬間を邪魔されて、アルスはつっけんどんに尋ねた。ハッキリ言って、面白い男などと言われても何の興味も湧かなかったが。
リヒャルトはどうしてもそのことを伝えたかったのだろう。アルスに問われて、嬉しそうに答えた。
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