魔素の結晶の力
エルンストは差し出された小瓶を手に取り、わずかに躊躇した後、意を決して一気に飲み干した。液体は水のように無味無臭だった。
「どうだい?」アルスがニヤリと笑いながら尋ねた。
「どうと言われましても」
エルンストはアルスの表情に戸惑いながら答えた。部屋に集まった仲間たちの視線が、好奇と期待で彼に注がれる。
「そうだね、その状態で身体強化をしてみてくれないかな」
「わかりました」
エルンストはキツネにつままれたような顔で頷いた。目を閉じ、体内の魔素の流れに意識を集中させる。すると、いつもより鮮明に魔素が全身を巡る感覚が広がった。まるで身体の隅々まで力がみなぎるようだ。
「よし、その状態で僕に素手で打ち込んで来てよ」
「アルスさまにですか!?」
「大丈夫、僕も強化してるから」
「わ、わかりました、それでは!」
エルンストは力を込め、床を強く踏み込んだ。その瞬間、彼は異変を悟った。足に込めた力が異常に強く、腰から肩へと伝わるエネルギーが尋常ではない。拳が、雷鳴のような速度でアルスに向かって放たれた。
パァァァァァン!!!
衝撃音が宿屋の狭い部屋に響き渡り、窓枠がビリビリと震えた。エルンストの拳は、しかし、アルスの掌にしっかりと受け止められている。
「え・・・・・・!?」
エルンスト自身が、呆然とした表情で拳を見つめる。普段の身体強化では決して出せない力だった。最初は魔素の流れが滑らかになっただけかと思ったが、身体を動かした瞬間、それが誤りだと悟った。体内を流れる魔素の量が、明らかに増大していたのだ。
「それが魔素の結晶の力だよ」
「これが・・・・・・?」
「つまり、これを飲めば身体強化をさらに強化出来るってことか?」
フランツが興奮気味に割って入った。
「これなら兵士も強化出来ますな!」
ガルダの野太い声が響くが、すぐに全員の視線に気づき、慌てて口を押さえた。薄い壁の宿屋で、秘密の話を大声で叫ぶのは危険すぎる。アルスは満足げに頷いたが、すぐに真剣な表情に戻った。
「ただ、魔素による身体強化をいくら施しても、身体は生身だ。傷も負うし、疲労も蓄積する。ガルダの言う『兵士を強化する』のは簡単じゃない」
身体強化の強化と、その力を制御することは別問題だ。制御できない者が戦場で無理に動けば、疲労が溜まり、かえって危険に晒される。アルス自身、幼少時に魔素の奔流に翻弄された経験から、その難しさを身に染みて知っていた。
「失礼ですが、どうやってアルスさまはこれを発見したのでしょうか?」
ヴェルナーの静かな質問が、部屋の空気を引き締めた。アルスは一瞬考え、話せる範囲で答えた。幼少時に洞窟で発見したクリスタルに触れた瞬間、体内で魔素が生成される体質になったこと。だが、ファニキアという謎の国の詳細には触れなかった。それはアルス自身もまだ解明できていない秘密であり、仲間を混乱させるだけだと判断した。
「フフッ、どっちにしても面白くなってきたじゃねぇか。これでルンデルの奴らに一泡吹かせられるな!」
「やってやりましょうぞ!なぁ、フランツどの!がーはっはっは!」
ガルダが再び大声で笑い、慌てて口を塞ぐ。
「そこは別にいいんだよ!」
フランツの突っ込みに、部屋は一気に笑い声で包まれた。戦いを前にした緊張が、仲間たちの軽快なやり取りで一瞬和らいだ。
翌日、アルス隊は出陣の準備を整え、1000人の兵を率いてローレンツの南国境へ向かった。エルム歴734年11月6日、朝靄が立ち込める中、隊列はヘヴェデ城を目指して進軍を開始する。魔素結晶の秘密を胸に、アルスと仲間たちの決意は固く、戦場での新たな一歩が刻まれようとしていた。
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