ゴットハルトの胸中2
ふたりが振り向くと天幕の入り口からフリッツ将軍が入って来るところだった。フリッツ将軍がアルスの顔を見ると幽霊でも見たような顔をして、口をポカンと開けている。アルスはそれを見て思わず笑いそうになった。
「アルトゥース殿下!どうしてここに!?」
フリッツがリヒャルトと同じ質問をアルスにしてきたので、アルスはリヒャルトにしたのと同じ説明を繰り返した。
フリッツは信じられないという表情をしていたが、アルスの詳細な説明を聞いているうちに納得した。
「そうでしたか。殿下、申し訳ございません。私は当初、あなたの噂ばかりを信じてしまい、あなたの実力を疑っておりました。非礼をお詫びいたします」
そう言って頭を深々と下げた。
「いやいや、そういった噂があることはよく知ってるし、慣れてるから。それに僕は全く気にしてないよ。それより、ゴットハルト将軍と接触したということだけど?」
「ええ、私が敵軍の陣の隙を縫って本陣近くまで攻め込んだ時に一度だけですが」
「彼の様子はどんな感じだったの?」
「様子・・・・・・ですか」
フリッツ将軍はそう聞かれて思い出すように手であごをさすった。盤上に広がる地図には自軍の駒とゴットハルト軍の駒がいくつも並べられている。その駒を当時の状況に合わせて並べ替えた。
といっても、ゴットハルト軍は現在も当時も横陣の構えを崩しておらず、あまり変わらない。一通り並べると、駒をひとつひとつ動かしながらフリッツ将軍はアルスに説明を始める。
「そうですね、お恥ずかしい話ですが、ゴットハルトはやはり強かった。というのが私の正直な感想です。本陣近くまで攻めて彼を引きずり出したまでは良かったのですが、彼が出てくると我が軍の兵は蹴散らされました。彼が出て来たことで一転して流れが変わり、食い破られそうな勢いだったので、私が直接ゴットハルトを討ち取るつもりで向かったのです。しかし、私が彼と打ち合えたのは僅か十数合でした。その後は武器が弾き飛ばされてしまいまして」
「よく助かったね」
「お恥ずかしい限りです。それが、武器が弾き飛ばされた直後に私の近衛部隊がゴットハルトと私の間に入りまして、もみくちゃになってる間にゴットハルトは消えていたのです。今思えば不思議ですね、あの状態なら私は殺されていても不思議じゃなかった」
どうにも違和感を感じる。フリッツ将軍の言う通り、ベルンハルト兄さんと引き分けたという話が本当なら、武器が弾き飛ばされた時点で文字通り勝敗が決している。
近衛兵が間に入ったにしても、ゴットハルトがそんな隙を見せるだろうか?理由は分からないが、ワザととどめを刺さなかったのではないだろうか。
「アルトゥース殿下、彼は何かを狙っているのでしょうか?」
「わからない。明日は僕も出るよ。探りを入れてみよう」
「不甲斐なくて申し訳ないですが、よろしくお願いいたします」
アンリはローレンツ軍の動きをじっと見ていた。ローレンツ軍の後ろから土煙が上がっている。土煙の正体を確かめるために小高い丘に登ってさらにじっと観察すると、ローレンツ軍の援軍がケルン方面から来たらしいことが分かった。
数は多くない、旗には王家の紋章・・・・・・ということは、王族の誰かが出て来たということだ。
アンリは急いで丘を下って行った。本陣にいるゴットハルト将軍に報告するためである。
王家の紋章・・・・・・ベルンハルトか?
アンリから報告を受けながら、ゴットハルトは考え込んだ。いや、違うな。ベルンハルトは世継ぎ問題で兄と争ってると聞いてる。今王都を離れることは難しいだろう。そうであれば兄のフリードリヒも同じだ。
であるならば、エルンの領主となったアルトゥース王子か。俺が先年、北のフライゼンでお膳立てをしてやったにも関わらず本命の南を落とすという主目的がことごとく彼の者に潰されたのだ。
潰されただけではない、逆にこちらの領土を削られてしまうという失態まで犯した。まあそれもハインツ少将という人選の悪さが災いしたと思っていた。
しかし、その人選の悪さを差し引いてもお釣りが来るくらい、ローレンツ軍の状況は悪かった。収穫期で兵士が思うように集まりにくい最中に奇襲したのだ。相当の混乱があって当然である。
その状況を覆したということは、それ以上にアルトゥース王子の指揮能力が高かったということになるのだろう。
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