ゴットハルトの胸中
「簡潔に言おう。今の貴公では弟のアルトゥースには及ばぬだろう」
「俺があの魔素無しになど・・・・・・!」
「貴公も気付いているはずだ、あの小僧の変化にな。奴は貴公が王位に就くにあたって最大の障壁となるだろう。貴公に選択肢はない」
「・・・・・・」
「もう一度言う、飲め」
「これを飲めば力を得られるとでも言うのか?」
「貴公が想像してるより遥かにな。ただし、貴公が王位に就いた暁には俺に協力してもらうぞ」
「・・・・・・わかった」
それだけ言うと、ベルンハルトは小瓶を開けた。先ほどの独特な匂いが部屋の中に充満し、むせ返るようだった。中には赤く淀んだ液体が揺れていた。それをグッと喉に流し込んだ。飲み込むと胃が焼けるような熱さを感じる。心臓の鼓動が跳ね上がる。全身の血液が沸騰し、逆流してくるかのような感覚を覚えると、ベルンハルトは無意識にオーラで抑え込んだ。
それが少しずつ少しずつ収まってくると、急にベルンハルトの意識が薄らいでいった。遠くなっていく意識の中でオレーグの声だけがはっきりと頭の中に響いた。
「ひとつだけ注意しておく、くれぐれも力を解放し過ぎないことだ」
ベルンハルトの目の前のテーブルには四つの小瓶が残されていた。
ゴットハルトの決意
バートラムとの戦を終えたその日は日も暮れかかっていたが、アルス隊は全速力でケルン城に戻った。日もすっかり暮れ、アルスたちがケルン城に着いた時には既に真夜中である。戻ってみると、ケルン城の城壁にはかがり火に照らされたローレンツ軍の旗が風にゆったりと揺らめいていた。
「良かった、ゴットハルト将軍はまだここに来てないってことはリヒャルト将軍とフリッツ将軍がまだ頑張ってくれているということだな」
アルスはそう独り言ちるとケルン城をそのまま素通りして、ミュンスター城方面へと急いだ。ケルン城から半日も行軍をするとローレンツの旗が見えてきた。
遥か向こうにはゴットハルト将軍の旗を揺らめいている軍が見える。アルスはそのまま隊を進めリヒャルト大将がいる本陣に合流した。
「殿下!いったいどうしてこんなところに?そちらはどうなったので?」驚くリヒャルトが矢継ぎ早に質問をしてきた。
「こちらのほうが気になって救援に来たんだよ」
「救援に!?ということは、バートラム将軍は!?」
「討ち取ったよ」
アルスは笑顔で報告する。それを聞いてリヒャルトは口を開けたまましばし茫然とする。バートラムはルンデルの三大将軍であり、主柱である。それをこんな短期間で討ち取ったと報告されれば無理もない反応であった。
「え、討ち取った!?本当ですか!すごい・・・・・・それは凄い!さすが殿下です。ところで、リース将軍と、オルター将軍の姿が見えませんが・・・・・・」
「オルター将軍はバートラムとの戦闘中に戦死されたよ」
アルスはバートラム将軍との戦いでオルターがどのように戦死したのかをリヒャルトに詳しく報告した。
喜んでいたリヒャルトの顔は曇っていたが、頭を切り替えて次の話題に転ずる。
「ではリース将軍は?」
「リース将軍は今頃ヘルネ城攻略に取り掛かっているころだと思う。バートラム将軍が討たれれば、ヘルネ城は簡単に落ちると踏んだから、攻城兵器も預けてリース将軍に任せちゃったんだ」
「そうだったのですか。オルター将軍のことは残念でしたが、作戦自体は順調で何よりです」
「こちらの戦況はどうなってるかな?」
そうアルスに問われてリヒャルトの表情は複雑な表情を見せる。アルスの質問に対してどう答えたら良いのか迷っているかのようであった。実際、リヒャルトはどう答えるべきか迷っていた。
ここで戦闘が開始してからというもの、ゴットハルトと戦闘らしい戦闘がないのである。攻めて来るかと思えば、一向に攻めてこない。膠着状態といえば膠着状態だが、実のところ陣を敷いて睨み合っているだけだ。
「ああ、そうですね。すみません、私の方ばかり質問して。殿下の報告を聞いた後で申し上げにくいのですが、こちらのほうはずっと膠着状態なのです」
「ゴットハルト将軍は先頭に立っていつも戦を進めるスタイルだって聞いているのだけれど、違うのかな?」
「そうですね。恐らくそれが本来の彼のスタイルなのでしょうが・・・・・・我々が彼の軍と会敵してから何度か小競り合いはありましたが、向こうから仕掛けてくることもなく、我々も攻めあぐねてまして」
「一度もゴットハルト将軍は戦場に出て来てないと?」
「いえ、一度フリッツ将軍が猛攻撃を仕掛け、そこにゴットハルト将軍が出て来たという経緯があります」
「ふむ・・・・・・よくわからないな」
アルスとリヒャルトが話し合っていると、後ろからふわっと風が吹き込んできた。
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