邪眼の男
フリードリヒが暗澹たる思いで会食をしているころ、フードを目深に被った男は馬車に乗っていた。ルンデル戦の戦勝を祝う歌声や宴が開かれている賑やかな中心街を離れ、馬車は閑静な貴族の邸宅が並ぶ区画へと入って行く。そこにひと際大きな白い邸宅の前に馬車が止まった。
従者の者が門番に話すと、重々しい門が開かれた。そこを馬車が入っていく。中心には噴水があり、よく手入れされた庭が両側に広がり、美しい花々が咲き乱れている光景が目に飛び込んでくる。扉の前にも警備兵がおり、大きな扉を開けると老執事がお辞儀をして出迎えた。
中には天井から連れ下げられた大きなシャンデリアと目の前の大きな階段が印象的である。かつて、三大ギルドのひとつであるレオノール大商会のビルギッタが見た光景であった。執事がザルツ帝国の使者の訪問を告げた。
しばらくすると両開きの扉が開き、そこにはベルンハルトが椅子に座って居た。フードを目深に被った使者を見るとベルンハルトは立ち上がった。
「帝国の使者殿がわざわざ私の屋敷にお越しいただけるとは」
ベルンハルトはフードを目深に被った男に椅子を勧めた。男は黙って勧められた椅子に座った。
「ベルンハルト殿、お初にお目にかかる。私はオレーグと申す」
ベルンハルトはこのぶっきらぼうな物言いに驚いたが、それ以上にフードを被った男の異様な雰囲気に気を取られた。とても人間が発するようなオーラではない。異質なものを感じたからだ。
フリードリヒも同じように不気味な雰囲気を感じていたが、ベルンハルトは一流の武人としてフードの男の異質なオーラを感じ取っていた。
「オレーグ殿と申したか。申し訳ないが、フードを取ってもらおうか」
「クックックッ、話が早い、もう気が付かれたか」
不気味にそう笑うとオレーグはゆっくりとフードを上げた。フードを上げると、男の頭と顔半分、目元まで布でグルグル巻きに巻かれていた。髪はなく、頭の形に沿って何かの紋様がびっしりと描かれた布がグルグルと巻かれてある。
それをゆっくりと外していく。やがて隠された目元の布を取ったその途端、ベルンハルトは寒気を覚えた。彼の瞳は蛇のような瞳であったからである。その蛇のような瞳は赤黒く濁っていた。その眼で睨めるようにベルンハルトを見ると、不気味にもう一度笑った。地の底で響くような笑いだ。
「クックックッ、さすがは武において随一と言われるほどの異国の王子よ。たいした観察眼だ。驚くのも致し方ない」
ベルンハルトはそれを見て椅子から立ち上がりかけた。その途端、オレーグの強烈なオーラがベルンハルトを威圧した。
「そう警戒しなくていい、危害を加える気はない」
言葉とは裏腹に凄まじいオーラがベルンハルトを圧倒する。こいつにはどうやっても勝てない、そうベルンハルトの本能が囁く。
ベルンハルトに緊張が走るが、表には出さず、オレーグの動きを目で追いながらゆっくりと座り直した。
「貴様は何者だ?いったいここに何をしに来た?」
ベルンハルトの問いにオレーグはゆっくりと答えた。
「なに、貴公にとって悪い話ではない。貴公は王になりたいのだろう?協力してやろうというのだ」
「なぜだ?」
「なぜ?理由がいるのか?」
「・・・・・・」
「だが、今の貴公では王位につくことは敵わんであろうな。弱すぎる」
「なんだと!?」
「試すか?」
ベルンハルトには、目の前の男を倒すイメージが全く湧かなかった。この男がフードを取ったあたりから、既に脳内で何パターンものイメージをしている。
だが、あらゆる攻撃を仕掛けても、全て防がれ返り討ちにされる結果しか浮かばないのだ。この男の挑発には乗れなかった。
「くっ・・・・・・」
「ククク、実力差がわからぬほどバカではないようだな。力こそこの世を統べる唯一の法だ。貴公もその世界に生きておるのだろう?」
「何が言いたい?」
「貴公にひとつ進呈をしたい物がある」
そう言うとオレーグは懐から小瓶を取り出した。小瓶の中は液体が揺れている音が微かに聞こえてくる。それをベルンハルトの目の前のテーブルに置くと何とも言えない独特な匂いが漏れ出て来た。
「飲め」
「ふざけるなっ誰がこんな得体の知れないものを!」
ベルンハルトが小瓶を手で振り落とそうとした瞬間、それよりも速くオレーグは動いていた。ベルンハルトは、手首をねじ切られるような力で掴まれ指ひとつ動かすことが出来なかった。
ばかなっ、この俺が全く動けない。それどころか、こいつの動きすら見えんとはっ。ベルンハルトの額にうっすらと冷汗が滲んだ。
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