終幕
エルンストがアルスの元にやって来ると、先にパトスが男を抱えてアルスに報告していた。アルスは出血でふらふらしているエルンストに気付くとすぐに声を掛けた。
「ボロボロじゃないか!身体のほうは大丈夫かい?」
「ええ、問題ありません」
エルンストはアルスに笑いかけるが、言葉と裏腹にふらふらしているせいでちっとも説得力がない。アルスは救護班にエリクサーを用意するように指示を出しつつエルンストから報告を受けた。
「既に周りから聞いてるよ。エルンストがバートラム将軍を討ち取ったらしいね」
「ええ、今その報告をしようかと」
「よくやってくれた。君が今回の戦功第一だよ」
「いえいえ、私がたまたま会敵しただけです。それよりパトス殿、さっきから気になっていたのですが、そちらの男は?」
エルンストはパトスが肩に担いでいる男に目を向ける。男はパトスに担がれたままぐったりとしていた。
「ん、ああ、こちらの男は悪鬼隊の副将を務めていたアジルという男です」
「なるほど。捕虜ですか」
問われたパトスは頭を振って、にっこりとして答える。
「いえ、配下にしようかと思いまして」
「配下に?降ったのですか?気絶してるようですが・・・・・・」
「いえ、まだです。しかし、ここで死なすのもちと惜しい男だと思ったので」
「そ、そうですか」
「エルンストさん」
いつの間にか来ていたベルが後ろから小さく囁きながらエルンストを小突いた。
「ん?」
「パトスさまは昔から見どころがある若者がいると、味方だろうと敵だろうと見境なく連れて来ちゃうんです」
「そ、そうなのか」
エルンストは一瞬驚いて、苦笑いした。気絶させてから、無理矢理連れてきて配下にするというのもなんだか順番が違う気がするのだが・・・・・・。ベルに言われて合点がいった。
「ちなみにですが」ベルが続ける。
「あ、ああ」
「ジュリもパトスさまと同じ傾向があります」
「みたいだな・・・・・・」
エルンストの目線の先にはジュリが男を抱えてアルスの元にやって来ていた。ベルが続けて言ったのも、この光景に気付いたからだろう。鬼人族は、強い者を敵味方関係なく配下にするという文化的風習でもあるのだろうか?少なくともベルは違うようだが。
こうして三大将軍の内ふたりを討ち取り、残りはゴットハルト将軍だけとなった。そして、その場でアルスとリース将軍は今後の動きについて話をすることになった。
「いやはや、アルトゥース殿下。正直、余りの強さに驚愕致しました。殿下の隊は我らローレンツの中でも最強の部隊と言っても過言ではないと思います。我々が南側の橋を防衛していたのは、ルンデル軍本陣の背後を取るための布石だったというわけですね」
エルンストとヴェルナー、そしてエミールたちが糧食を焼き払ったあと、アルスは西側に兵力を集中させて攻め込んだ。それは敵の目を彼らから逸らすためである。もちろん、バートラムもそう考えた。だから追撃隊を組織して南側まで追いかけさせたのだ。
アルスはこのときリース将軍に南側の橋、つまりランツベルク付近の橋の防衛を要請している。こうすることで、ルンデル軍はアルス隊が既にローレンツ側に逃げ込んだと思わせた。
「殿下が、部隊をそこに派遣するよう仰られた時には意味がわかりませんでしたが。確かに彼らはそこまで追跡部隊を派遣しておりました」
「実際、僕がエルンストとヴェルナーに出した指示は北に逃げて潜伏することだった。そして、西側で大爆発があったら本陣を急襲するように指示を出した」
「その大爆発というのが、例の偽の輸送部隊だったのですね」
ルンデル軍にはすでに数日分の糧食しか残されていなかった。さらに時間を空けたことで、空腹感が増せば正確な判断はなかなか出来なくなる。悪鬼隊など元々手癖の悪い野盗集団である。アルスの読み通り、彼らはわざわざ火薬入りの糧食を自分たちの手で自陣にセットすることになったのだ。こうして、爆発で混乱をしたところに、エルンストたちが本陣を急襲する。これがアルスの描いた絵だった。
「・・・・・・恐れ入りました。それに、エルンスト隊長ですか。まさかバートラムを計略ではなく、一騎打ちで仕留める者がおるなど考えてもおりませんでした」
「ハハハ。ところで、今後の我々の動きなんだけど。リース将軍にはこのままヘルネ城を攻略してもらいたいんだけど、大丈夫かな?」
「殿下はどういたしますので?」
「僕は急ぎ戻って、ミュンスター方面の救援に向かおうと思う」
アルスがバートラムとの勝負を早めたのも、ゴットハルトの動向が気になっていたからである。リヒャルトに信頼をおいてはいるものの、ケルン城が万が一落とされるようなことがあれば、一転して窮地に陥るのはローレンツ軍のほうである。
「なるほど、今までであればお止めしましたが。これを見ればもはや私ごときが口出しすべきことではありません。どうか殿下の御心のままに」
「ありがとう。敵はまだバートラム将軍が討たれたことは知らないはず。僕は古参兵だけ引き連れて戻るから、他の兵はそのままヘルネ攻略に組み込んでもらいたい。ヘルネ城を落とすなら今を於いて他にない」
「お心遣いありがとうございます。では兵をお借りして、このまま私は東進してヘルネ城の攻略に取り掛かりたいと思います」
そう言うと、リース将軍は最初の頃とは打って変わって恭しくお辞儀をすると、軍をまとめて東へと向かって行った。
「へぇー、態度が変わるもんだな。最初は明らかにおまえのこと見下していたような雰囲気だったのにさ」
フランツがこう感想を漏らしたのも当然だろう。それだけ明らかに態度が変わったのである。
「はは、まぁ、確かにね」
「だけど、他の連中にも知らしめてやらねぇとだな。おまえ未だに国内では魔素無し王子の称号を打ち消せてないからな」
「それはそれで敵が油断してくれてありがたいんだけどね」
「何言ってんだよ?いつまでも大将がバカにされてるのは、下についてる連中の士気が振るわないってことも考えておけよ」
フランツはそこで会話を切り上げたが、まだ言い足りなそうな素振りだった。なんだかんだ言いながらアルス隊全体のことをフランツはいつも考えてくれているんだよな。アルスとしてはフランツのこうした苦言は嬉しいものだった。
☆ 第一部 完
いつも拙書を読んで頂きありがとうございます。
☆、ブックマークして頂けたら喜びます。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。