不思議なクリスタル
・はじめに
1 戦記物語ですので、話がゆっくりと進んで行きます。
2 実際の世界中の戦史や宗教史、経済、政治を参考にして取り入れています。65話ぐらいから本格的な戦略・戦術・異能バトルが組み合わさった話が展開されていきます。ご了承くださいませ。
「もうちょい右翼下げて、出すぎだ・・・・・・そう、そんな感じだ」
「次はどうする?」
「左翼のレッグス隊を前面に出して敵を引き付けてくれ」
「わかった。レッグス!聞いたか?」
「あいよ!引き付けるだけでいいんだな?」
「それで大丈夫だよ。追って指示を出す」
レッグスが兵を率いて敵と激突する。レッグスは大剣で兵士を薙ぎ払っていく。
「スキル使って少し間引くぞ?」
「やってくれ」
「ムーンスラッシュ!」
レッグスがそう叫ぶと大剣が光り出し半月状の光の塊が放出される。
ズドオオオオオオオオン!
半月状の光が煌めくと敵兵たちは次々と吹き飛んでいく。
お返しとばかりに敵将もスキルを使う。自軍の兵が木の葉のように飛んでいくと、戦闘は膠着状態に陥った。
「どうする?このままじゃ埒が明かないぞ」
「よし、負けた振りして徐々に岩場まで退いて。だんだんと敗走する感じで頼む。相手右翼側を引きずり出す」
敵軍が岩場近くを通り過ぎた時、岩場の影に隠れていた伏兵が一斉に敵右翼の後方から突撃した。
「レッグス、今だ!反転して攻めろ!」
「オッケー!さっすが策士だわ。なんかやってくれるとは思ってたけどな」
「誉め言葉は勝ってから聞くことにするよ」
敵軍右翼は後方からの突然の伏兵の攻撃と、敗走していたはずの左翼側のレッグス隊が反転攻勢したことによる挟撃でみるみるうちに数を減らしていく。そして、このことが致命的な打撃となり勝敗は決した。
僕の人生は退屈だった。うちはお金が無いから図書館ばかり通う。そのうち歴史や政治、経済に興味を持つようになった。お金が無いのは知識が無いからだと思っていたからだ。貪るように毎日毎日読んでいたが、現実の世界にはなんの役にも立たないことに気付いた。
ただひとつだけ、例外があった。たまたま友達に誘われた戦争ゲームでは、僕は無類の強さを発揮出来た。不思議なゲームで、中世を舞台にした魔法と剣の何でもアリの対戦戦争ゲームだ。戦略、戦術、調略、政治、経済とほぼ無駄だと思っていた僕の知識が役に立ったのだ。
これはそんな、僕のつまらない人生の次の話だ。
僕が生まれたのはローレンツという小国だった。僕にはおぼろげながら前世の記憶が残ってる。覚えているのは母とふたり暮らしだったこと、借金取りが毎日のように来てドアを激しくノックする。その音に僕たちはずっと怯えながら、何度も何度も引っ越しを繰り返していた。
最後の記憶は、僕が高校生の時だ。風邪をひいた僕に、母が憔悴しきった表情を無理に精一杯の笑顔にして「これを飲んだらゆっくり寝ようね」と言って渡された薬だった。こうして僕は深い深い眠りへと落ちていった。
そして、気が付いたらローレンツという小さい国の四番目の王子アルスとしてこの世界に生まれ落ちていた。王子といっても、吹けば飛ぶような小国の王子であって決して安泰という立場ではない。
ローレンツはこれまでに大きな戦を何度も経験している。元々は大きな国であったのだが、繰り返す隣国との争いや新興国との競り合いに国力をすり減らし、財力も国土も大きく減らしてしまっていた。
また、西の隣国レーヘとは同盟関係ではあるものの、毎年レーヘで行われる春の大祭には友好関係を保つために、決して少なくない額を支払ういわゆる属国のような関係となっていた。そんなレーヘも北西の大帝国ザルツや北の大国ゴドアに囲まれた小国に過ぎない。
そのような小国が存在出来るのは、大国同士が衝突を避けるための緩衝地帯として暗黙の了解のうちに必要とされてきたからである。アルスが生まれてから大きな戦は無いものの、東の隣国ルンデルとの小競り合いは絶え間なかった。ローレンツは今やそんな薄氷の上に建つ小国である。
僕は四番目の王子として生まれたけど、同時に忌み子と周囲から疎まれた。父王は王妃を事故で亡くすと、一時ふさぎ込んでいたらしい。その後にリザーゼという女性を娶った。それが僕の母だ。
だが、不幸にも母は僕を身籠ると同時にどんどん身体が衰弱していく。そして、僕を生んだと同時に亡くなってしまったのだ。そんな出来事があったせいか、僕は忌み子と呼ばれ、常にのけ者・・・・・・というか、ほとんど厄介者扱いの存在になってる。
そのためか、母親が違う上の三人の兄弟とは扱いが違う。兄たちは王宮に住んでるが、僕は使用人が使っている倉庫の一部を改装して部屋として使っていた。まあ、それでも前世の生活に比べたら快適だ。借金取りに追われなくて済むし、食べ物だって一日に一食、運が良ければ昼と夜の二食分食べれることだってある。
幸い、使用人たちとは良い関係を築けているし、何と言っても図書室が近いのは僕にとって嬉しかった。兄たちのように家庭教師などつけてはもらえなかったが、この世界のことを知るために、いくらでも本を読むことが出来るのだ。これは何よりも武器になる。このことは前世の経験を通して、僕が学んだことだった。
そして、今日という日はアルスにとって十二歳の誕生日である。ローレンツでは十二歳になると東にあるノドアの森林に行き、狩りをするという伝統がある。今日はそのための下見に来たのであった。
アルスが供の者とはぐれてしまったことに気づいたのはしばらくしてからだった。森に十二歳の子供をひとりで行かせて、野盗にでも襲われたら王家の面子が潰れると考えたのだろうか?まがりなりにも王族の端くれという理由でつけられた供の者は、最初から真面目に仕事をする気もなかったのかもしれない。アルスの見知った顔ではなかったが、明らかに一杯引っ掛けて来たような顔をしていた。
それに、アルス自身も、久しぶりの城外の自由な空気に触れたこと。そして、初めての森への探検にすっかり興奮して周りが見えなくなっていた。戻ろうかと思案していると、ふと視界の隅に小さな洞穴が目に入った。
入口が草で見えにくくなっており、およそ大人の目線では気づかないであろう小さな洞穴であった。その場で待つという選択肢より、少年の旺盛な好奇心の天秤は洞穴の中がどうなっているかのほうに傾いた。
大きさは子供ひとりがようやく入れるくらいだろうか。携帯用のランタンに灯をともして中を覗き込んでみると、下側に伸びており中は意外にも広そうに思えた。ふと気になりランタンを外してもう一度中を覗き込む。何やら奥が微かに光っているように見える。
動物の巣穴かなとも思ったが周囲には排泄物もない、何より不自然なほどに生き物の匂いや気配もなかった。「よし!」少年の目はキラキラと輝いて目の前の小さな冒険に心を躍らせた。入口に頭から入ろうかと思ったがさすがに躊躇し、足から入っていく。下に降り立つと、やはり奥のほうで何かが青白く光っている。何も寄せ付けない雰囲気と動物が寄ってこないのはこのためだろうか?
色々と考えているうちに洞穴の中の薄暗さに少しずつ目が慣れてきていた。目を凝らして見てみると、その洞穴の壁にはびっしりと文字のようなものが書かれていた。ランタンの明かりをつけてみる。
やはり見慣れない文字が壁一面に描かれているが、所々文字が欠けてしまっていたり一部が破損している。いつの時代の文字だろうか?随分古そうだ。奥に近づいていくとどういうわけか青白い光はいっそう輝きを増した。その正体は巨大な結晶だった。
大の大人ひとり分ほどの大きさのクリスタルだろうか。それが近づくほどにまばゆい光を放っている。そのクリスタルの中央に、先ほどと似たような文字が浮かび上がっている。クリスタルの中の光はただ光を発するだけではなく、中で光の粒子が意思を持ったようにゆらめいている。アルスは思わず息をのんだ。
「こんな綺麗なの見たことないな、いったいこれは・・・・」
そう言ってクリスタルに手を触れた瞬間、指先から青白い光が流れ込んで身体とクリスタルがひとつになった感覚に襲われた。同時に膨大な何かが身体に注がれるのを感じた直後アルスは気を失った。
どれくらい経ったのだろう、ひんやりと冷たい空気がアルスの頬を撫でる。アルスが目を覚ましたときにはすっかり夜になっていた。
「あれ・・・・どうして・・・・」
洞窟を見まわしてみても先ほどのまばゆい光はもうどこにも無かった。軽い頭痛を感じながら状況を整理し始める。すっかり暗くなってしまった洞穴の中でもう一度クリスタルを手探りで触ってみるが、ただの石のような手触りだった。これに触ったことで気絶しちゃったのか。身体を触ってみるが特に変化はしてない。なんだったんだろうあれはいったい・・・・・・。
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