不思議なクリスタル
・はじめに
1 戦記物語ですので、話がゆっくりと進んで行きます。
2 実際の世界中の戦史や宗教史、経済、政治を参考にして取り入れています。
3 ☆カクヨムで140万PV・5000近いブックマークを頂き感謝です。こちら(なろう)では先行配信しておりますので頑張りたいと思います。☆
「もうちょい右翼下げて、出すぎだ・・・・・・そう、そんな感じだ」
戦場の熱気が頬を焦がす中、僕の声が風を切り裂く。剣と盾がぶつかり合う金属音、兵士たちの叫び、旗がはためく音が混ざり合い、まるで嵐のような喧騒に包まれている。それでも、指示は仲間たちにしっかりと届いた。戦場を俯瞰するように、頭の中で敵の動きを一つ一つ整理していく。
「次はどうする?」
副官が、汗と土埃にまみれた顔で振り返る。陽気な声には、戦いの緊張をものともしない信頼が滲んでいる。
「左翼のレッグス隊を前面に出して敵を引き付けてくれ」
僕の言葉に、副官はニヤリと笑う。
「わかった。レッグス!聞いたか?」
彼の声が、部下たちに勢いよく響き渡る。まるで戦場全体を奮い立たせるような力強さだ。
「あいよ!引き付けるだけでいいんだな?」
レッグスの部下が、獣のような気迫で応える。僕はその様子を一瞥し、冷静に頷く。
「それで大丈夫だよ。追って指示を出す」
レッグス率いる左翼隊が敵陣に突進していく。大剣を振り回し、敵兵を薙ぎ払うその姿は、まるで荒れ狂う嵐の化身だ。血と土埃が舞う中、彼の大剣が唸りを上げ、戦場に一瞬の静寂を生む。
「スキル使って少し間引くぞ?」
レッグスの声が、戦場の喧騒を切り裂く。
「やってくれ」
僕の許可が下ると、彼は大剣を高く掲げる。
「ムーンスラッシュ!」大剣から放たれた光は、半月のように弧を描き、青白い輝きを放つ。
光の刃が敵陣を切り裂き、敵兵たちが木の葉のように吹き飛ぶ。一瞬の静寂の後、敵将の咆哮が響き、敵もまたスキルを放つ。自軍が押し返され、戦いは一進一退の膠着状態に陥る。
「どうする?このままじゃ埒が明かないぞ」
レッグスの声に、焦りの色が滲む。僕は一瞬、目を閉じ、戦場の地形を脳裏に描く。岩場、風向き、敵の配置……そして、隠していた一手。
「よし、負けた振りして徐々に岩場まで退いて。だんだんと敗走する感じで頼む。相手右翼側を引きずり出す」
計画通り、僕の軍は少しずつ後退する。敵は勢いに乗って追ってくるが、その動きは想定通り、掌の上だ。岩場の陰に潜んでいた伏兵が、敵の右翼が通り過ぎた瞬間、一斉に突撃する。
「レッグス、今だ!反転して攻めろ!」
僕の声が戦場に響き渡る。
「オッケー!さっすが策士だわ。なんかやってくれるとは思ってたけどな」
レッグスが豪快に笑い、大剣を振り上げて反撃に転じる。
「誉め言葉は勝ってから聞くことにするよ」
僕は小さく笑い、戦場の流れを冷徹に見つめる。敵の右翼は、背後からの伏兵とレッグス隊の反転攻勢による挟撃で瞬く間に崩壊。混乱と絶望が敵陣を飲み込み、勝利の風が頬を撫でた。
僕の人生は、退屈だった。いや、退屈という言葉すら生ぬるい。貧乏で、希望もなく、ただ息をしているだけの毎日だった。母とふたり、借金取りのノックの音に怯えながら生きていた。ボロボロのアパートを転々とし、壁の薄い部屋で響くノックの音は、僕の心を締め付けた。
図書館が唯一の逃げ場だった。そこには歴史書、政治、経済の本が並び、僕はそれらを貪るように読み漁る。知識があれば、この貧しさから抜け出せる――そう信じていた。でも、現実は変わらなかった。紙の上の知識は、借金の重さも、母の疲れ切った顔も救えなかったのだ。
ただ一つ、例外があった。友人に誘われて始めた戦争ゲームだ。中世を舞台にした、魔法と剣が織りなす混沌の戦場。戦略、戦術、調略、経済――僕が無駄だと思っていた知識が、そこでは輝いた。ゲームの中の僕は無敵だった。戦場を操り、敵を翻弄し、勝利を重ねる。まるで別の自分になれた瞬間だった。これはそんな僕の、退屈な人生の「次の話」だ。
僕はローレンツという小さな国の四番目の王子、アルスとして生まれた。前世の記憶は朧気だが、母とふたり、借金取りに怯えながら暮らした日々が心の奥に沈んでいる。最後の記憶は、高校生の僕に母が渡した薬だ。
「これを飲んだらゆっくり寝ようね」と、憔悴しきった顔に無理やり浮かべた笑顔。そして、深い眠りに落ちるように、僕はこの世界に生まれ変わった。
ローレンツは、かつて栄えた国だったが、隣国との争いや新興国の台頭で国力を失い、今は吹けば飛ぶような小国だ。西の同盟国レーヘには、毎年春の大祭で多額の貢物を納める属国の立場。だが、レーヘ自体も、北西の大帝国ザルツや北の大国ゴドアに挟まれた小さな存在にすぎない。
ローレンツが生き延びているのは、大国同士の衝突を避けるための緩衝地帯として、暗黙の了解で必要とされているからだ。東の隣国ルンデルとの小競り合いは絶えず、大きな戦はないものの、国は薄氷の上を歩いている。
アルスは四番目の王子だが、「忌み子」と呼ばれ、疎まれる存在だ。父王は王妃を事故で亡くした後、母リザーゼを娶った。だが、母はアルスを産むと同時に衰弱し、命を落とした。そのせいで、王宮の片隅で厄介者扱いになってる。
上の三人の兄たちは王宮の豪華な部屋に住み、教育を受けているが、アルスの部屋は使用人の倉庫を改装した粗末なもの。それでも、前世のボロボロのアパートに比べれば、借金取りに怯えず、一日一食、運が良ければ二食食べられる生活は悪くない。
幸い、使用人たちとは良い関係を築けている。彼らはアルスを「王子」と呼ぶが、その目はどこか同情に満ちている。それでも、図書室が近いのは何よりの救いだ。兄たちのような家庭教師はいないが、本があればいくらでも学べる。前世で学んだこと――知識は武器になる。この信念が、アルスを支えている。
今日、アルスは十二歳になった。ローレンツでは、十二歳の王子は東のノドアの森林で狩りをする伝統がある。今日はその下見の日だ。供の者たちと森に入ったが、彼らは頼りない。酒臭い息を吐き、真剣に見守る気もないようだ。
アルス自身も、久しぶりの城外の自由な空気と、初めての森の探検に心が躍り、つい周りが見えなくなっていた。供とはぐれたことに気づいたのは、森の奥深くに入ってからだった。戻ろうかと迷っていると、視界の端に小さな洞穴が映った。
草に覆われ、大人の目線では気づかないような小さな入り口。心の奥で好奇心が疼く。待つべきか、進むべきか。少年の心は、目の前の冒険に傾いた。洞穴の入り口は、子供がようやく入れるほどの大きさだ。
携帯用のランタンに火を灯し、中を覗き込む。意外にも奥は広く、下に伸びている。ランタンを外し、もう一度覗くと、奥が微かに青白く光っている。動物の巣穴かと思ったが、排泄物や生き物の気配は一切ない。不自然なほど静かで、まるで時間が止まったような空気が漂う。「よし!」と小さく呟き、アルスの目はキラキラと輝いた。
頭から入るのは躊躇し、足からゆっくりと降りていく。洞穴の底に降り立つと、奥の青白い光がより鮮明に感じられた。何か得体の知れない雰囲気が、動物を寄せ付けない理由なのかもしれない。薄暗さに目が慣れてくると、壁一面にびっしりと文字のようなものが刻まれているのが見えた。ランタンの明かりで照らすと、見慣れない古い文字が浮かび上がる。
一部は欠け、ひび割れた壁に刻まれたその文字は、遠い過去の秘話を訴えているようだった。奥に進むと、青白い光はいっそう輝きを増す。その正体は、巨大なクリスタルだった。大人の背丈ほどもある透明な結晶が、まるで生きているかのように光を放つ。その中心には、壁と同じような文字が浮かび上がり、光の粒子が意思を持ったように揺らめいている。
アルスは思わず息を呑んだ。
「こんな綺麗なの見たことないな、いったいこれは・・・・」
そう呟き、クリスタルに手を触れた瞬間、指先から青白い光が流れ込み、身体とクリスタルが一つになる感覚に襲われた。膨大な何かが身体に注ぎ込まれるのを感じ、頭がくらりと揺れる。次の瞬間、意識は闇に飲み込まれた。
目覚めと新たな謎どれくらい時間が経ったのだろう。ひんやりとした空気が頬を撫で、目を開けると辺りはすっかり夜になっていた。
「あれ・・・・どうして・・・・」
洞穴を見回しても、あのまばゆい光はもうどこにもない。軽い頭痛を感じながら、状況を整理する。暗闇の中でクリスタルを手探りで触ってみるが、ただの冷たい石の感触しかない。あの光に触れたことで気絶したのか? 身体を確かめるが、特に変わったところはない。あの光は何だったのか。
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