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ウラガワハッピーエンド!  作者: KN
ようこそ星見学園へ
18/21

自己紹介三人目 2

 表裏(ひょうり)たちは突如現れたその得体の知れない黒に対して動揺を隠せなかった。見ているだけで冷や汗が止まらず、声を荒げた。


「何だ!?」


「おい表裏(ひょうり)! お前、外したんじゃないのか!?」


「そんなわけあるか! お前も見てただろう!」


 黒々とした背筋が凍るような悍ましさを持った何かが想太を包み込んでいく。やがて、完全に覆い終わるとその何かを支えに想太は立ち上がった。その姿はさながら糸で繋がれた人形のようでひどく不気味なものだった。


「君たちがあんまりにもムカつくから抑えきれなくなったんだよ! この数多の人間の悪意が!」


 そして、想太は熱に浮かされたような形相で語り出した。


「悪意だあ!? これがそうだって言うのかよ!」


「そんなことを言っている余裕はない! 来るぞ、表裏!」


 想太が悪意と呼んだ黒い何かは更に大きくなり、タコやイカの触手のような先端を表裏たちに向けて振りかざしてきた。

 襲い掛かってきたそれをどうにか避ける二人。だが、四方八方から来るそれを二人は防ぎきることができなかった。


「うっ! くそっ!」


「大丈夫か!? ぐっ……」


 まず始めに掬央(きくお)が弾き飛ばされた。続いて、それに気を取られた表裏も背後から迫り来た悪意によって体勢を崩された。そこに殺到する更に多くの攻撃。それによって表裏の身体は打ち付けられた。

 衝撃によって一瞬呼吸が止まる。次いで、鈍痛が襲ってきた。


「ほら、もう終わりだ」


 動けない表裏に再度悪意が降り注ぐ。躱そうと表裏は這って進むが間に合わない。


(ダメだ……! やられる……!)


 しかし、表裏に向かっていた悪意の動きがピタリと止まった。

 表裏はすぐにその理由に見当がついた。


「掬央!」


「情けない奴め」


「お前が先にぶっ飛ばされたんだろ!」


 悪意によって飛ばされていた掬央がスプーンを片手にゆっくりと戻ってきた。

 その姿を認めてひとまず危機を乗り越えたことに表裏はほっと息を吐いた。深呼吸も数回行い、気を引き締める。

 依然として悪意はその勢いを増している。だから、ここで倒れている場合ではない。


「やるぞ、掬央!」


「だが、どうする? あの手数にこの威力だ。まだどうにか動けるが、あれは何度も受けられるものではないぞ」


「だからと言ってやらねえわけにはいかねえだろ」


「……それもそうか。まだ理由を聞いていないからな」


「そういうこった! それじゃあ、いくぞ!」


「ああ!」

 

 表裏たちは悪意へと立ち向かった。ぞっとするような感覚を抱かせるそれへと怯まずに攻めた。それでも、表裏は何度もその衝撃によって地面を転がり、掬央は身の丈ほどあるスプーンで接近を許してしまった攻撃を受け止めようとしてその威力に負けて吹き飛ばされていた。

 徐々に押されていく二人。そんな時、掬央が堪らず声をあげた。

 

「おい! お前は悪意を裏返すとかできないのか!?」


「もうやってる!」


「一向に変わった様子はないぞ。使えない!」


「うるせえ! 俺の身体が持たねえんだよ!」

 

 掬央(きくお)の言葉に叫んで答える表裏。実際、彼は何度もそれを試していた。そして、それによって多くのダメージを負ってしまっていた。というのも表裏の不自然(アンナチュラル)にはある弱点があった。


「……いいか、よく聞け。俺の不自然(アンナチュラル)は全く同時に二つ以上の対象を裏返せない。だから、衝撃を選べば悪意を裏返せないし、悪意を選べば衝撃を裏返せない。どちらか一方を選ぶ必要がある」


「さっきから何度も無様にゴロゴロしていたのはそのためか」


「ああそうだよ! 俺は確かに悪意ってやつを裏返した! だから変化がないのはおかしいんだ!」


「ということは、何だ? あいつの不自然(アンナチュラル)にはお前のが効かないというわけか?」


 掬央の言葉を受けて表裏は考える。

 何度も試みた悪意の裏返し、それには確かな手応えがあった。それに加えてわざわざダメージを負ってまで裏返したのだから、意味がなかったら困るという思いもあった。


(効果はあったはずだ)


 そして、彼は先ほどの感触を思い起こす。まず、彼が感じたのは背筋が凍るような冷ややかさだった。生物の熱を奪う冷たさ。それは今相対しているそれが悪意だということを嫌でも彼に理解させた。だからこそ、彼は悪意を裏返した時に冷えた手を温めるために息を吹きかけるようなじんわりとした温もりをはっきりと感じたのだ。そして、その熱がすぐに直接触れていない周囲の悪意から奪われてしまったことも。


(裏返しきれなかった? いや、そんな感じじゃなかった。裏返った後に再び飲み込まれたような感じだ。……そういえば、想太が言っていたな。これは数多の人間の悪意だと。もしかすると――)


 彼は徐々にその輪郭を掴んでいく。

 想太の言葉、彼の不自然。表裏には同時に一つしか対象にできないという弱点がある。そして、数多の人間の悪意ということが言葉通りであるとするならば答えはすぐに出た。

 

「こいつは想太の不自然(アンナチュラル)だ。だから、この悪意も想太のもんだと思い込んでいた。けど、違ったんだ。こいつは一つの個体なんかじゃない。複数の全く違うものが集まってできた集合体だ!」


「集合体……なるほどな。だから、お前の不自然は効果が見られなかったのか。数多くあるうちのたった一つが変わっても意味がないのも当然だからな」


「空気だとか水みたいに纏まって一つのものを作ってるわけじゃねえ。それぞれが独立して存在しているんだと思う」


「タネは割れたな。ならばさっさと終わらせるぞ!」


「言うまでもねえ!」


 萎んでいた勢いを想太の不自然(アンナチュラル)について答えが出たことで取り戻した表裏と掬央。二人は再び悪意へと向かっていく。

 対して、二人の言葉が聞こえていたのであろう想太は笑い声を漏らす。そして、ゆっくりと焦ることなどないように、まるで日常の中の一幕であるかのように続けて言葉を紡ぐ。


「よくわかったね正解だよ。なかなかやるね」


「何だ、もう観念したか?」


 表裏は今度こそこちらの番だと勝ち誇って胸を張った。散々やられて想太に形勢が傾いていたが、これで鬱憤を晴らすことができると思えたからだ。

 それでも、想太の余裕の笑みは崩れない。むしろ、その笑みが深みを増していったように見えた。より表裏たちを嘲るように、もしくは呆れたように。

 

「そうだ。言い忘れていたけどこの悪意という感情は僕の不自然(アンナチュラル)においても特別なんだ」


「特別? そんだけ強いって言いたいのか」


「まあ、それもあるけど。何よりその性質だよ。他の感情とは一線を画すそれは悪意というものの際限の無さだ」


「性質だと?」

 

 表裏は思わず息を飲んだ。彼の目に映る悪意が更に大きく、強大になった気がした。


「ある悪意が他の悪意の呼び水になるんだ。無差別に周囲に存在する無数の悪意を引き寄せて集めていく。そうして、ほんの小さな悪意が何もかもを飲み込むほど大きくなっていくんだ。決してその成長は止まらない。際限なく増大していく。その度に強大な力をつける。だから、ここまで育った悪意に君たちではどう足掻いても勝てないよ」


 表裏は下がりかけた足を堪えて一歩を踏み出した。それから、悪意を携えた想太に言った。

 

「それがどうしたってんだ! 一つ裏返しても無駄ってだけだ! 全部裏返せば良いだけだろ!」


「……できるといいね。十や百じゃきかないよ」


「いいや! 全部裏返してハッピーエンドだ!」


 そう言った表裏だったが、想太の言葉通りに悪意の攻撃は苛烈さを増していった。少し前に躱せていたはずの攻撃が次の瞬間には回避不可能のものになって襲い掛かってくる。一つ凌いでもまた次と瞬く間に囲まれる。前に対処したら背中を打ちつけられる。下を警戒していたら、頭上から降り注ぐ。そうして、彼らを悪意の波が飲み込まんとした。

 やがて、身体中が痛みを発して力が入らなくなってきた。浅く呼吸を繰り返し、霞む目を必死に開く。額から滴り落ちてくるモノが目に入らぬように何度も拭った。

 それでも、一向に相手に変わった様子は見られない。依然として、まるで底なんてないかのように悪意は溢れ出していた。


(まだ、何もできてねえ!)


 立ちあがろうともがく。途中何度も動きを止めてしまいそうになるが、言い聞かせる。

 震える膝は手をついて抑えた。ほんの少し顔を出した弱気には顔を上げて吹っ切らせた。

 だが、その間も悪意は止まらない。必死に足掻く者がいるなんてこと気にも留めない。


「足りなかったね。これで終わりだ」

 

 悪意は無造作に、何の感慨も無く、道の端に生えている花を踏んでしまっても気づかないように、日常の中で他者を害す。

 そして、今もまた一つ真っ直ぐになろうとしていた花を踏み潰した。


(ああ、どうしてお前は――)


 倒れゆく最中、表裏は最初とのある違いに気づく。幾重にも重ねられた悪意の中心部。そこに想太は立っていた。何ら変わりのない戦っている時に何度も見えた光景だった。

 ただ、変わっていたのはその頭の位置。

 

(こっちを見ねえ……!)


 想太は表裏を見ようともせず、顔を俯かせていた。

 表裏は声を出そうとするが掠れて出なかった。掛けたい言葉があったはずだったのに。

 背中を地面に打ちつけ、息が漏れる。視界が歪み、もやがかかったように白んでいく。

 そして、とうとう表裏の意識は途切れてしまった。

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