重井さん 第九話「体育祭後半 ~記憶に残る思い出~」
「はぁはぁ…」
息を切らしながら走る上林綾香。向かう先は勿論、片思い中の辻崎の元へ全力を出して走って向かっている。少し前に、俊一に止められて、行くべき場所へと走る綾香の姿は誰が見ても輝いて見えていた。
「辻崎、ちょっと面貸しな」
「まさか、借り物競争のお題が俺か?全く…面倒くさいな」
綾香は好きな相手である辻崎に対しては口調が変わり綾香を知る人であれば一目で辻崎の事が好きと理解できるくらいわかりやすい。しかし辻崎本人は嫌われているのではないかと勝手に思い込んでいて複雑になっている。
「ほら、急いで!行くよ」
強引に手を握り一緒に走り出し、綾香の本気な姿に辻崎は強く握り返した。
「え…」
顔を赤らめ綾香の走る速度が少し落ちた。好きな人と無意識で手を繋いでいたため強く握り返された時に手を繋いでいると知り恥ずかしさのあまり思いっきり辻崎の腹を殴った。
「な、なにすんだよ…いきなり殴りやがって。ん?お前顔赤いけど熱か?」
「は、はぁ?別に赤くないし。てか、行き成り手を握んないでくれる」
「握ってきたの綾香の方からだろ…お前変わったな。行こうぜ」
笑顔で言ってきた辻崎に対して綾香は耐えられるわけもなく更に顔を赤らめていた。
その後最後まで一緒に走り抜きようやくゴールした。
「はぁ、はぁ…ゴールしたけど3位だったか。ま、楽しかったぜ」
疲れて座っている綾香に対して辻崎は手を差し伸べてきた。手を掴み綾香は立つと辻崎の足を蹴り上げた。
「ふん!全く…そう言うところが好きなんだよ」
照れ隠しをするかのように顔を赤らめて小声で言う。
「ん?何か言ったか?」
「な、なにも言ってない!はい。解散、解散!」
綾香と辻崎がじゃれ合っている姿を見て渡辺は保健係のテントから暖かく見守っていた。
「微笑ましいね」
「ねぇ、渡辺君さっきの女の人誰?朝もあの人と喋っていたけど」
「お、重井さん…目が怖いよ」
どのような関係なのか知るために重井さんは目を大きく開き目で訴えてきた。初めて見る重井さんの表情を見て新しい一面を知る嬉しさと恐怖が混ざっていた。
「ただの幼馴染だよ。上林さんって言うんだけど隣にいる辻崎君の事が好きらしいよだから応援しているんだ。」
「幼馴染なんだ。辻崎君のことは知っているよ」
「小学校から家も近くてよく三人で遊んでいてね。たまたま高校でも三人とも同じクラスになってね」
「一つ思ったんだけど、上林さんは下の名前で呼んでいるでしょ?なんで私の事下の名前で呼んでくれないの?」
「え、えっと…それはまだ知り合って間もないからね…」
行き成りすぎる展開に驚きつつ知り合って間もないからと誤魔化した。
「ふーん。ま、今はそういう事にしといてあげるね!下の名前で呼んでくれるの楽しみにしてるね」
「わ、分かった…楽しみにしてて?」
どのように返せばいいか分からず適当に答えてしまい後悔していた中、重井さんは笑顔でこちらをずっと見ていた。
『これより午前の部を終了致します。後半の部は一時間後の十三時に開始いたしますので遅れずに集まってください』
「重井さん午前の部終わったね。お昼ご飯食べに教室行こうか」
「うん」
周りの人もそれぞれお昼ご飯を食べに教室へ向かったり、親と一緒に食べたりする人など各々行動していた。俺と重井さんは誰かと食べる予定がないため二人で昼食をとることにした。
教室に着き、机をむかえ合わせにしお互いに弁当を取り出した。
「おーい、俊一!今から昼飯か?よかったら重井さんも一緒に食べようぜ」
「え?…う、うん」
弁当を取り出し食べようとした瞬間に辻崎君と綾香が教室に入ってきた。俺たちに気づくと一緒に食べようと案を出してきた。二人は重井さんと面識が無く互いに名前は知っている状況で重井さんは大丈夫なのかという不安に駆られたが余計な不安はいらなかった。
「いやー、こんな面子初めてだな、俺は辻崎龍馬。よろしくな重井さん」
「私は上林綾香よろしくね」
むかえ合わせていた机から更に横にくっつけ各々食べる前に自己紹介をし始めた。
「わ、私は重井恋…よ、よろしくおねがいします」
聞き取るのが難しいほどの小さな声で自己紹介をしていた。
「あはは、重井さんそんなに緊張しなくていいのに」
「ま、さっさと昼飯食べて次に備えようぜ」
『頂きます』
ご飯を食べ終わり、午後の部に備え早めに持ち場へと移動した。
「重井さん、そんなに緊張しなくていいのに。でも初対面ってどうしても緊張しちゃうよね」
「う、うん。私人見知りだからどうしても緊張しちゃうの…でも渡辺君は大丈夫!」
「それは嬉しいな。最後の残すのは学年別徒競走か…重井さん頑張ろうね」
「うん」
最後に残すのは徒競走であり、これは全員参加の種目であり最後に相応しい種目ともいえる。現在、赤組白組とほぼ互角の点差でありどちらが勝っても負けても可笑しくない局面である。
『これより午後の部を開始いたします』
午後の部も始まり、それぞれ担当の場所へ行ったりしていた。
「次は二年生のソーラン節だね。もう少ししたら徒競走が始まるから準備しないとな」
「上手く走れるかな。私走るの苦手…」
「別に走ることに集中しなくていんだよ。体育祭は楽しんだもの勝ちだからね」
その言葉で重井さんの顔は少し変わったような気がした。
「すみません。ちょっと膝を擦りむいてしまって」
ソーラン節で怪我をしたのか分からないが怪我をした学生が来た。
「大丈夫ですか!?安静のためこちらの椅子に座ってください」
保健係の仕事は怪我人が来たら、椅子に座らせて安静にし、名前を聞き先生に報告するといった簡単な仕事だ。午後の部では一気に軽い怪我をする人が増え午前の部より忙しかった。
保健係の仕事をしているとあっという間に徒競走の時間になった。
「そろそろ徒競走の時間だね。結構仕事が来て少し疲れたよ」
「そ、そうだね。私も疲れた」
「よーし!俊一いよいよ最後だ頑張れよ」
徒競走のルールとしては半周走りバトンを渡し受け取るのを繰り返し最後のアンカーは一周走るといったルールだ。
俺の番は、最後の方であり重井さんの次に走ることになっている。なので重井さんからバトンを受け取る事になる。
徒競走のルールとしては半周走りバトンを渡し受け取るのを繰り返し最後のアンカーは一周走るといったルールだ。
「それでは始めます。位置について…よーい…どん!」
空砲が響き渡りいよいよ最後の徒競走が始まった。刻々と迫る順番に少し鼓動が早くなっていた。今のところ我ら赤組が優勢でありこのままいくと勝ちそうな雰囲気が漂っていた。
出番が近づき準備する。反対には重井さんがそんなに早くないスピードで走ってきている。
あっという間に重井さんがすぐそこまで来てバトンを受け取る。
「頑張って」
周りの完成で声は消されていたが、明らかに“頑張って”と聞こえた。
その声に答えるために俺は全力を出し走る。
途中こけそうになるが何とかバランスを取り直し最後まで走り切った。
アンカーが走り終わり結果発表までクラスごとに集まって結果を待つ。
「はぁはぁ…」
全力を出し切り疲れ切っている中結果を待っていた。
『それでは結果をいいます!結果は…赤組の勝利です!!』
その瞬間クラス全員が嬉しさのあまり感情を爆発していた。
「やったね重井さん」
「うん!かっこよかったよ。渡辺君」
その言葉に疲労が消えた気がするほど嬉しさと恥ずかしさがこみ上げてきた。
徒競走も終わり、俺たちは保健係のテントへ戻る。
まだ息切れは続いており、保健係のテントの前まで近づくと、あたり一面が真っ暗になり倒れこんでしまった。
「渡辺君…渡辺君…渡辺く…」
重井さんだろうか俺を呼んでいる声が聞こえたがだんだん聞こえなくなってしまった。
ーーー
「助かったよ重井さん。一緒に俊一を運んでくれて」
「ううん、辻崎君こそありがとう。直ぐに駆けつけてくれて」
「先生は…いないのか」
重井さんと一緒に俊一を運び、ベッドに寝かせる。すると、辻崎は保健室の全体を見渡し、生徒はおろか先生も居ないことに気付く。
「体育祭の片づけで今は居ないみたい」
「まじか、だったら何かあってはいけないから俊一を看病しておいてくれないか。重井さんの事は先生に伝えとくからよろしく頼むな」
辻崎はクラスのホームルームがあるため看病のことを伝え急いで保健室から出て行った。
「大丈夫?渡辺君」
声を掛けても返事はない。酸欠で倒れたままぐっすり眠っていることだけは分かる。しばらく静かな空間が襲い重井さんは、カバンから携帯を取り出しカメラ開いた。
「ふふ、渡辺君の寝顔を撮っちゃった。それにしても可愛いなぁ」
寝顔が可愛くて、思い出に残したいという気持ちが高まり。重井さんは、カメラを開いたかと思えば渡辺君の寝顔を取り、大切な写真のように見続ける。しばらく見続け壁紙にした。ばれたらどうしようという不安が襲ったが嬉しさが勝ちにやけていた。
「ん…ここは?」
しばらくすると渡辺は目を覚ました。知らない空間が視界を覆いあたり一面見渡すとすぐ隣に重井さんがいることだけは分かる。
「あ、大丈夫?辻崎君がいうには酸欠で倒れたそうだけど」
「酸欠で倒れちゃったか…ここに運んできてくれたのは重井さん?」
「うん。後、辻崎君も一緒に保健室まで運んだよ」
「そっか…ありがとう運んでくれて」
最後の徒競走で全力を出した結果酸欠で倒れてしまい申し訳なさが脳内を過った。
「もう大丈夫だから教室行こ。重井さん」
「え?もう大丈夫なの?」
特に苦しい部分などなく教室に行こうと言い出し重井さんは驚いた表情をしていた。ベッドから降り重井さんと一緒に教室に向かった。
教室の前に着きドアを開けた。ガラガラと音が響き、薄暗く静かな教室には辻崎君と綾香の二人だけしかおらずホームルームが終わって他の皆は下校したことが分かった。
「お!俊一大丈夫か」
「う、うん…ちょっと張り切りすぎて。それより運んでくれてありがとう」
「もう、心配したんだからね」
「ま、大丈夫ならいいか。それより黒板を見てみろ」
いきなり黒板を見てみろと言われ黒板を見る黒板には打ち上げ参加か不参加の表が書かれており各々クラスの人たちの名前が書かれていた。
「体育祭お疲れ会という打ち上げをするそうだぞ。俺と綾香はもちろん参加だ。俊一と重井さんはどうする?」
「来週の土曜日の昼からか…特に用事はないし辻崎君達が入れているなら参加しようかな。重井さんはどうする?」
来週なので一週間程考える時間があるが、基本的に土日はなにもせず家で休んでいるため特に考えることもせず参加することにした。
「ど、どうしようかな。予定は特にないけど…」
「重井さん。予定無いなら入れちゃお!一緒に落ち上げしたほうが楽しいし絆も深まると思う」
「だ、だったら、私も参加しようかな」
綾香が重井さんを説得させ重井さんは小さな声で打ち上げに参加することが決まった。
「よし!決定だな。折角だし四人で写真でも撮ろうぜ」
「いいね!賛成」
四人は教卓の前まで移動し写真を撮った。これが高校生活初めての集合写真だ。ここからストーリーが始まると思い今日の日を大切にしようと決意した。
それぞれ写真を共有するため連絡先を交換しあった。
「よし、帰るか!いろいろ会ったがみんなおつかれ!また学校で」
辻崎君は『お疲れ』の一言を話した後四人で一緒に下校した。
高校生活初めての一大イベントということもあり楽しい反面、酸欠で倒れてしまうハプニングがあったが思い出に残る体育祭になった。この日を大切にしこれからも思い出に残るようなことをしようと決意し家に帰った。