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96話、互いにまだ言えない、内なる本音

「私、メリーさん。今、とても良いニュースを目にしたの」


『へぇ~、どんなニュース?』


「なんと、もう少ししたら梅雨が明けるらしいわよ」


『おっ、マジで? 超良いニュースじゃん。って事は、夏もすぐそこって訳だね』


「ええ、そうね」


 ニュースによれば、梅雨明けは早くて来週ぐらいらしい。やっぱり、ニュースってすごいわね。なんせ、梅雨が明ける予想までしてくれるんだもの。

 これでようやく、傘を差さないで買い物へ行けるようになれる。ずっと部屋干ししていた、洗濯物もそう。やはり洗濯物を干すなら、ベランダ一択よ。あと、私達の布団も干しておかないと。

 いいわね。なんだか、先に気分が晴れてきたわ。気温も上がっていくようだし、こまめに換気をしておこっと。


「メリーさーん。夕食が出来たよ~」


「来たわね……、あら?」


 梅雨明けと聞いて、機嫌がよくなったのか。大きなお盆を持ちながら部屋に来たハルが、鼻歌を交えつつ、お皿をテーブルへ並べていく。

 その大きなお皿には、二種類ほどの揚げ物らしき物があるけれども。長くて太い方には、見覚えのある赤い甲殻らしき物が、先っぽに付いている。……もしかして、この揚げ物は!


「これ、カニフライじゃない! わぁ~、おいしそう」


「正解! だけど、カニフライは保険なんだよね。メリーさんにおいしいと言って欲しいから、急遽追加で作ったんだ」


「保険?」


「そう。で、メインの方は、そちらの四角いフライになっております」


 急にかしこまったハルが、お皿に盛られたとある物へ手をかざしたので、ハルが示した方へ視線を滑らせていく。その先には、やや厚めで長方形の形した物が、二つあった。

 パッと見た感じ、形を綺麗に整えたとんかつね。しかし、厚さが四cmぐらいあるので、普通なら豚ブロックを使用しないと、厳しい厚さをしている。


「これ、とんかつよね?」


「惜しいっ。かつはかつでも、中トロを使ったレアかつだよ」


「ええ? これ、中トロなの? へぇ~、珍しい」


 中トロを使用したかつなんて、インターネットやテレビでも、見た事がない。おまけに、レアって事は中が半生って事よね?

 外は、キツネ色のカリカリとしていそうな衣を纏っているし、中までちゃんと火が通っていそうな気がするけど……。

 いや、待てよ? そこそこ厚みがあるから、中はちゃんと生の状態を保っている可能性が、無くもない。これ、見た目だけじゃ判断が付かないわね。


「でしょ? 中トロを刺身として出すのが、どうも味気なく感じてさ。ネットで調べてたら、マグロのレアかつなる物が出てきたから、試しに作ってみたんだ」


「あ、検索すれば出てくるんだ。でも、これだとレアになってるのか分からないわね」


「そうなのよ! そこが不安になっちゃって、中身を確認しないまま、カニフライもついでに作ったんだ」


 なるほど。ハルの説明を聞いて、ようやく保険の意味が分かった。要は、初めて作った料理に自信が無くて、ちゃんとおいしい物を追加で用意した訳ね。

 料理が上手いハルでも、不安になる時があるんだ。まあ、夕食はゲームのルールが適用されてしまうので、そう思うのも無理はないか。

 ほんと、忘れた頃に邪魔してくるわね。このゲームってやつは。これだと、ハルが気軽に料理を作れなくなってしまうじゃない。そろそろいい加減、私も嫌気が差してきたわ。


「ったく。不安になるぐらいだったら、先に言ってくれればよかったのに」


「へ?」


「私だって、協力ぐらいはしてあげるわよ。いい? 今度、作った料理に自信がない時は、隠さずちゃんと言ってちょうだい。その時は、ゲームを無効にしてあげるわ」


「……え? マジで?」


 この、信じられないといった様子の、素に近そうな反応よ。口が小さく開いていて、目もまん丸になっている。内心、驚愕していそうだ。


「マジよ。私の顔色を伺いながら料理を作ってたら、あんただってやり辛いでしょ? 私はね、あんたが楽しく作った料理が食べたいの。だから、好きな物や食べたい物を作りたくなった時は、夕食を作る前に必ず言ってちょうだい」


「お、おおっ……。分かった、ありがとう」


 なんともぎこちなく返答してきたハルの視線が、ゆっくり右へ逸れていく。どうやら、長考モードに入ったらしい。ピクリとも動かなくなり、完全にフリーズしてしまった。

 十秒、二十秒待てども、ハルは動き出してくれない。そして、更に約三秒後。ハルは真顔のまま、私に視線を戻してきた。


「……ねえ、メリーさん。だったら、今後のゲームを───」


 何かを言い出したハルの表情が、一瞬だけ強張り、顔を小さく横に振る。


「いや、なんでもない! さあさあ、冷める前に食べちゃいましょうぜ~」


「え? ちょっと、ハル。今、何を言い掛けたの? 気になるから、ちゃんと言いなさいよ」


「ああ、ごめんごめん。一瞬でど忘れしちゃったから、気にしないで」


 そう話を切ったハルの顔は、柔らかくほくそ笑んでいる。たぶん、嘘を言って誤魔化したわね。ハルは、今後のゲームをとか言っていたけど……。まさか、ゲームの完全撤廃を言い出そうした?

 それは、私にとっても願ったり叶ったりな提案だ。もはや、存在自体が鬱陶しいからね。でも、もし取っ払った場合。私達の関係って、どうなってしまうのかしら?

 皮肉にも、私とハルの関係を保てているのは、ゲームだけ。そのゲームが無くなってしまったら───。駄目だ、考えたら変な恐怖が湧いていた。

 ハルの料理を食べられなくなるよりも、今はハルと一緒に居られなくなる方が、ずっと怖く感じる。……私って、意外と寂しがり屋だったのね。


「……そう、忘れたなら仕方ないわね。それじゃあ、食べちゃいましょ」


「オッケー。いただきまーす!」


「いただきます」


 私も、さっき考えた事は忘れてしまおう。ごめんなさいね、ハル。一歩踏み出す勇気が持てなかった私を、許してちょうだい。

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