86話、もっちりもちもち二件目
「うーん……」
「メリーさん? ずっとカウンターを見てるけど、どうかしたの?」
「ああ、いえ。なんでもないわ。さあ、食べましょ」
店内に居る間は、トングをずっとカチカチしていたかったのに。カウンターに行くと、トレイと一緒に回収されちゃうのね。残念だわ。
私が選んだドーナツは、不思議な形をした『ポン・ド・リング』に、食感がサクサクとしていそうな見た目の『オールドファッションセンス』。
飲み物は、ほとんど飲んだ事がない物ばかりだったので。声に出して読んだら、なんだか気持ちが良かったダージリンのホットをチョイス。
ハルは、とにかく甘い物を食べたかったらしく。きめ細かな砂糖がまぶされた『エンジェルクリーム』に、色んな味を一度に楽しんでみたいと、小さくて丸いドーナツが沢山入った『ドーナツポップ十六個入り』。
逆に飲み物は、甘い物同士だとしつこくなるという理由で、黒みが強いアイスコーヒー。
コーヒーも、テレビのCMで幾度となく観てきたけど、実物を見るのはこれが初めてだ。おいしいのかしら?
「このドーナツポップ、マジで色々入ってんじゃん。どれから食べようか悩むな」
「よく見ると、同じ物が何個か入ってるわね」
「本当だ。メリーさん、この中から適当に持ってっちゃっていいよ」
「あら、そう。ありがとう。私のも食べたくなったら言ってちょうだい。でも、全部は食べないでよ?」
「そこんとこは安心してちょうだい! もし食べちゃったら、急いで新しいのを買ってくるからさ」
むしろ、そうなるぞと言わんばかりに、力強く親指を立てるハル。これは、覚悟しておいた方がよさそうね……。
「そ、そう、分かったわ。それじゃあ、いただきます」
「いただきまーす」
まずは『ポン・ド・リング』の方からをっと。この、八個の丸が輪っか状に連なった形よ。一体、どうやって作っているんだろう?
触ってみた感じ、意外と固い。やけに艶が濃いけど、溶かした砂糖か何かでコーティングされているのかしら?
まあ、いいわ。食べてみたら分かる事よ。さあ、初めてのドーナツ。食べてみようじゃないの!
「んんっ!? すっごぉ~い、もちもちしてるぅ」
パリっとした層を破った先にあるは、どこを噛んでもずっと続く、柔らかい弾力を兼ね揃えたもちもち感。このもちもちとしたふんわり感触、好きだなぁ。いつまでも噛んでいたくなる。
ポン・ド・リングをコーティングしているのは、やはり砂糖みたいね。溶け出してくると、もちもちの中に程よい甘さが染み込んでいき、飲み込むと体にじんわり広がっていく。
丸が八個ある事だし、一個ずつ食べていくのが正解かも。そうすれば、一つで八回も食感と優しい甘さを楽しめるからね。
「う~ん、おいしい~っ」
「メリーさんってば、めっちゃ幸せそうに食べてるじゃん。ええ~、いいなぁ。一個ちょうだい」
「いいわよ、ほら」
「ありがとう! ……んっふ~! やっぱポン・ド・リングって言ったら、このもちもち感だね。甘さも丁度いいし、マジで美味いや」
ちゃんと予告通りに、丸を一つだけ食べて唸ったハルが、ポン・ド・リングを私に返してきた。あのまま全部完食すると思っていたのに、なんとか耐えたようね。
「ちなみにドーナツって、おかわりしてもいいの?」
「うん、全然いいよ。したくなったら、私に言って。一緒に行きましょうぜ」
「そう、分かったわ。だったら、後で言うわね」
やった! おかわりしてもいいのね。だったら、ポン・ド・リングを後二つぐらい食べちゃおっと。その前に、『オールドファッションセンス』を食べないとね。
「わあっ、こっちの食感も面白いわね」
出来立てなのか、外は揚げ立てのようにサクサクしていながらも。中は相反して、しっとりとした食感をしている。
ポン・ド・リングに比べると甘さは控えめで、サクサクよりしっとり感が勝ってきた頃に、ミルクの風味がじわりと顔を覗かせてきた。
一口が軽くてとても食べやすいけど、妙に食べ応えがあるのよね。なので、ドーナツをがっつり食べているという高い満足度も得られる。
ポン・ド・リングとオールドファッションセンス、こんなにおいしくて百五十円前後なんでしょ? いいの? 本当にそんな価格で? 結構な頻度で買いに来ちゃうわよ?
「うん、おいしい。何個でも食べられちゃいそうだわ」
「エンジェルクリームも、ふわふわしててうんまっ。甘々だし、コーヒーとめっちゃ合うや」
いつもなら、男勝りな一面を見せているというのに。甘い物を食べている時のハルって、なんだかちゃんと女性っぽさがあるわね。
ドーナツを頬張りながら微笑んでいる顔に、女々しさが宿っている。
「私も、冷めちゃう前に飲んでみようかしらね」
まだ何もかもが未知数な、ホットのダージリン。確か、紅茶っていう飲み物よね。色は、少し赤みがかったオレンジ色って所かしら。透明度が高くて、コップの底までしっかり見える。
匂いは、これまた爽やかだ。思わず深呼吸したくなるような、力強くも爽快な匂いが鼻を通っていく。余韻を感じさせずにスッと消えてしまうから、何度も匂いを確かめたくなるわ。
これは、なかなか期待が出来そうね。初めての紅茶、ゆっくり味わってみるわよ。
「ほぅっ……、なるほど。甘い物を食べた後だと、すごく合うわね」
キリッとした豊潤な香りもさる事ながら、口の中に残っていたドーナツの後味を、全てリセットしてくれる飲みやすい適度な渋みよ。
しかし、とても飲みやすいというのに、深くも上品なコクを感じる。けれども、飲み込めば渋みと共に後腐れ無く消えていく。
箸休めとしては優秀だけど。なんだか、その健気で儚い風味をもう一度味わってみたくなり、つい口に含みたくなっちゃうわ。
「メリーさんが紅茶を飲むと、なんだかめっちゃ雰囲気が出るね。まるで城に居るお嬢様みたい」
「お嬢様?」
「うん。金髪で赤い瞳だし、服装もそれっぽいじゃん? バックに緑で生い茂った庭園なんかあった日には、もう完璧お嬢様だね。あと、コップじゃなくてティーカップで飲んで欲しいな。ねえ、記念に写真撮っていい?」
「一体、なんの記念なの? それ」
「いいからいいから! ほら、早く!」
「……もう、仕方ないわね」
私がお嬢様、ねえ。言われて悪い気にはならないけど、なんで写真まで撮る必要があるっていうの?
もしかして、紅茶を飲んでいる私の姿が、形に残したくなるほど美貌だから?
いや。絶対に自意識過剰だわ、これ。ハルの事だし、何も考えていないでしょうね。まあせっかくだし、後で撮られた写真を見せてもらおっと。




