84話、カリカリトロトロ一件目
「ほら、メリーさん。ここで食べられるよ」
「へぇ~。各店舗に椅子やテーブルがあって、買った物を食べられるスペースがあるのね」
「そうそう。便利だよね、この一角。出たゴミも捨てられるし、食べ歩きをするには最適の場所だよ」
私とハルで綿密に話し合い、商品を被らず購入出来たものの。『アリオン』のどこで食べようか、ハルに問い掛けた矢先。『銀々だこ』のすぐ隣にあるスペースを教えてくれた。
縦長に奥まで続いていて、可もなく不可もなくな広さ。仕切りもちゃんとあるので、なんだか妙に落ち着く空間になっている。いいわね、食べるにはちょうどいい広さだ。
「席は、ここでいいかな」
「そうね」
ハルがチョイスした席は、ほぼ真ん中付近の位置。通路から私達の姿が見えなさそうだし、悪くない席ね。奥にハルが座ったので、私は手前に座ろう。
「メリーさんが買ったたこ焼き、かつお節が踊ってて美味しそうだね」
「ハルの方も、サッパリしてそうでおいしそうだわ」
私が買ったのは、極々シンプルなたこ焼き。香ばしい匂いが漂うソースを纏い、彩りが映えて、ソースにも負けない匂いを感じる青のり。
そして、全体的に満遍なく振りかかっている、気持ち細かなかつお節。ハルの言う通り、たこ焼きの熱で、かつお節が踊っているわ。
ハルが買ったのは、ソースと青のりの代わりに乗った、かつお節と小口切りされた大量のネギ。更にその上には、刻み海苔がちょこんと居座っている、通称『たこねぎ』。
しかも『たこねぎ』には、備え付けに大根おろしと天つゆまである。大根おろし自体は、まだ食べた事がないけれども。あの組み合わせだって、絶対においしいはずよ。
「さあさあ、栄えある食べ歩きの一件目! 早速いただきますか」
「割り箸と爪楊枝があるけど。たこ焼きを食べるなら、やっぱ爪楊枝よね?」
「そうだねー、そっちのイメージが強いかな」
「ちなみにハルは、どっちで食べるつもりでいるの?」
「私? 私のたこ焼きは、ネギがいっぱい乗ってるし~」
そう言葉を溜めたハルが、割り箸を両手で持ち、寸分の狂いも無く綺麗に割った。
「食べやすそうな、割り箸かな」
「あっ、ちょっと! 私が割ってあげようと思ったに、なんで先に割っちゃうのよ?」
「え? ……ああ~。そういえば『銚子号』で、そんな事を言ってたね。ごめんごめん」
どうやら、私が『銚子号』で言った言葉を思い出したようで。『たこねぎ』が盛られた容器に割り箸を添えたハルが、申し訳なさそうに苦笑いをした。
「もう、仕方ないわね。今度割る時がきたら、ちゃんと私に渡しなさいよ?」
「了解! 頼りにしてまっせ。んじゃ、いただきまーす」
「いただきます」
控えめに挨拶を唱え、右手に爪楊枝を二本持つ。この食べ方、たこ焼きについてインターネットで調べていたら、たまたま見つけたのよね。
一本だと安定せず、クルクル回ってしまったり。たこ焼き自体が柔らか過ぎると、刺した爪楊枝をすり抜けて落ちてしまうらしい。
確かに。二本の爪楊枝でたこ焼きを刺してみたら、まったく回らずに安定している。
支えも二本あるので、軽く動かそうとも、すり抜けていかない。さて、初めてのたこ焼き、食べてみるわよ!
「アチチッ……、ほふほふほふっ。う~ん! 色んな食感がする~っ」
まず初めに感じたのは、かつお節のきめ細かなサクサク感。次に、これはたこ焼きの表面かしら? ふわふわしているのかと思いきや。感じたのは、予想外のパリパリ感。
そして、そのパリパリの壁を越えた先に居るは、ふわトロッとした熱々の中身。湯気が立っていなかったから、完全に油断していた。
でも、口をはふはふとさせてたこ焼きを冷ますのが、一つの醍醐味ってやつよね。テレビでも観た事があるから、一度やってみたかったのよ。
風味は、爽やかな酸味を持ち合わせたフルーティなソースと、磯の香りが豊かな青のりがせめぎ合っている。しかし、まるで異なった風味ながらも、互いに喧嘩は一切していなく、上手く纏まっていった。
そのせめぎ合いが終わると、ソースと青のりを押しのけて湧いてくる、トロトロな中身の濃い甘さ。ソースの酸味と、青のりのほのかな塩味が、コクと甘さをグッと引き立てていく。
が、それだけは終わらない。トロトロの更に奥から、主役のタコが満を持して出てきた。タコ自体も、結構大きいわね。噛む度に、とても楽しいプリプリな弾力を感じる。
一口で、四度味わえる食感良し。たこ焼き一つで得られる、余韻と満足度も良し。一パック八個入りだから、まだ後七回も食べられる。
いいわね、『銀々だこ』。お金が貯まったら、買いに来ちゃおうかしら?
「おいしい~っ、病みつきになっちゃいそうだわ」
「うっわ、めちゃくちゃサッパリしてる。たこ焼きとネギって、こんなに合うんだ。マジで美味え、止まらん」
「あら? ハル? ちょっと、食べるの早くない? ねえ、聞いてる?」
無我夢中で『たこねぎ』を食べ進めていくハルの表情は、心ここに有らずな状態。私の問い掛けに聞く耳を持たず、一つ一つ丁寧に素早く食べていっている。
「ハル? ねえ、ハル? 残り二個しかない……、ああっ!?」
「あっ、全部食べちゃった」
……嘘でしょ? 私はまだ、二つしか食べていないというのに。ようやく意識が戻ったハルの容器には、ネギ一つだって残っていない。
あんなに早く食べていたっていうのに、食べ方はすごく綺麗ね。……じゃなくて!
「あんた、シェアしようって言ったじゃないの! まさか、熱々のたこ焼きを秒殺で食べるだなんて……。そっちの『たこねぎ』も楽しみにしてたのに、あんまりよ……」
「ああ、ごめんごめん。マジで美味かったから、つい。新しいの買ってくるから、それで許してよ」
「……なら、いいわ」
「オッケ、すぐ買ってくる!」
そう両手を前に合わせて頭を下げたハルが、ダッシュでお店に向かっていった。この食べ歩き、先が思いやられるわね。またハルが、暴走しなければいいんだけれども。




