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83話、意外と気になるメリーさんの講座

「さあ、メリーさん。目的地に着いたよー」


「ここって、『アリオン』じゃない」


 雨を遮ってくれる屋根の下まで来たので、傘を閉じて見上げた先にあるは、大きな青文字で記された『Arion』という看板。

 流石は、大規模なショッピングモールだ。今日も生憎の雨だというのに、出入りしている人の数が、商店街に比べると桁違いに多い。


「やー、すごい人だね。活気に溢れてるや」


「てっきり、いつものデパートへ行くのかとばかり思ってたのに、まさか『アリオン』とはね。とんでもなく広そうだわ」


「そうだね。三日間ぐらいは、余裕で入り浸れると思うよ」


 飲食店以外も回るとなれば、更に一週間以上は掛かるかな。こういう場所って、何気ない小物屋に立ち寄っても、なんだか楽しくなってきちゃうんだよね。

 衣服屋や家具屋だって、そう。あっ、これいいかも。ってな軽い感じで、ついつい寄り道してしまうんだ。


「アリオンって、確かレストランの他にも、フードコートがあるのよね。お店はどのぐらいあるのかしら?」


「どうだろう? 三、四十店舗ぐらいはあるんじゃないかな?」


「へえっ、そんなに。楽しみだわ」


 この、嬉しそうにしている反応よ。どうやら店舗数を聞いて、メリーさんのテンションも上がってきたらしい。よしよし、掴みは好調だ。


「それじゃあ、中に入りましょ」


「オッケー、行きますか」


 適当に傘の水気を切りながら歩き出し。入口付近に設置された、傘を覆う袋を付けつつ中へ進んでいく。

 店内に入ると、気持ち暖かめな空気と、賑やかな喧騒が私達を出迎えてくれた。

 ここ一帯は、主に衣服類と雑貨屋が連なっている感じかな。最上階まで解放感溢れた吹き抜けで、両サイドにも、これまた数え切れない程の歩行者が居る。

 ヤバい。和気あいあいとした場の空気も相まって、もうワクワクしてきた。二階に良さげなバッグ専門店が見えるし、だんだんあそこへ行きたくなってきちゃったや。


「ねえ、ハル。ちょっとあそこを見てみなさいよ」


「ん、どこどこ?」


 バッグ専門店から目を離せないでいる中。下からメリーさんの声が聞こえてきたので、一旦視線を落としていく。


「ほら、あそこ」


 視界に入れたメリーさんは、とある店舗に向かって指を差しており。視線を滑らせてみると、アンティーク感満載の帽子専門店があった。

 どうやら、メリーさんも場の空気に飲まれたらしい。常につばの広い白色の帽子をかぶっているから、新しい帽子が欲しくなってきたって所かな?


「帽子屋じゃん。新しいのが欲しいの?」


「違うわよ。あそこのお店に、カップルが居るでしょ?」


「はい? ああ、居るね」


 確かに。メリーさんの指先には、微笑み合いながら帽子を物色しているカップルが居るけども。これ、なんだかデジャヴを感じるな。メリーさんの血が騒いでいそうだ。


「いい? ハル。カップルっていうのは、決まって彼氏が彼女を庇おうとするの。たぶん、彼女に良い所を見せたいんでしょうね。でも、その頼れる彼氏を、先にサックリ狩ってみなさい? 彼女は深い孤独と絶望に駆られ、涙を流しながら膝から崩れて、震えた声で命乞いを始めるのよ。その時の表情が、また最高なのよね~」


「はあ、なるほど……」


「それに、家族連れも居るでしょ? ああいった場合は、気分によって最後まで残す順番を変えてるわ。圧倒的な愉悦に浸りたかったら、子供を。復讐に囚われた者を返り討ちにしたければ、父親を。心をバキバキにへし折りたい気分だったら、母親をって感じでね」


「あの〜、メリーさん? 内容がエグいホラー映画を観てるような気分になってきたから、一旦落ち着いてくだせえ……」


 メリーさん講座が始まってくれたお陰で、バッグの強い誘惑に打ち勝てたものの。メリーさんは、妖艶な笑みを浮かべて人間を物色している。

 人間じゃなくて、店舗にある物を物色して欲しいんだけどな。まあ、スイッチが入ったのであれば、仕方ない。メリーさんと親睦を深める為、話に乗ってあげようじゃないの。


「ちなみにさ。メリーさんオススメの人間って、どういう人なの?」


「あらっ、どうしたの急に? あんたも、とうとうメリーさんに目覚めたの?」


「ははっ。私は、どう足掻いてもハルーさん止まりかな。ちょっとした好奇心ってやつさ」


「ふーん。どちらにせよ、良い心構えね。いいわ、教えてあげる。私オススメの人間は、そうね。やっぱり、あんたみたいに一人暮らしをしてる女性かしら」


「私みたいに、一人暮らしをしてる女性、ねぇ」


 条件と性別を指定してきたのであれば、やはりそれなりの理由があるはず。とは言っても、予想は簡単に付いてしまった。


「そう。二人以上居ると、少なからず安心感が生まれてしまうのよ。この人と一緒に居るから、もしかしたらって良い方向に考えて、僅かな希望も見えてくるでしょうね。だから自ずと、恐怖心も薄れてしまうのよ」


「へぇ~、なるほど~。言われてみれば、そうかもしれないな。だから一人を狙って、恐怖心を最大限に煽る訳か」


「そう、それ! あんたも分かってるじゃない。あと、条件の良い時間帯とか、階数もあるけど、何だか分かる?」


 おお。私の予想、バッチリ当たってるじゃん。それが嬉しくなったのか、メリーさんも饒舌になってきている。

 ベストな時間帯と階数。時間帯は、暗い方が断然怖いでしょ? 階数は……、階数? 階数に、恐怖心を煽る条件なんてあるの? マジで?

 私なりに考えても全然分からないから、ちょっと気になってきちゃったじゃん。


「時間帯だったら、ちょっと自信あるな。夜でしょ?」


「惜しいっ。確かに夜もそうだけど、ちょっと違うわ」


「えっ、違うの? じゃあ、いつ?」


「教えて欲しいの~? 仕方ないわね。じゃあ、特別に教えてあげるわ。そろそろ部屋に明かりが欲しくなってくる、仄暗い日没時よ」


「ああ~、なるほど! 超ベストな時間帯じゃん」


 そうだ。完全な夜になったら、部屋に明かりを灯してしまう……。いや、案外そうでもなくないか?

 たとえ昼間であろうとも、部屋に明かりを点ける人は点けているだろうし。

 そこを突っ込むのって、話の流れ的に野暮かな? うん、野暮だ。メリーさんの機嫌を損ねてしまいそうだから、さっきみたく素直に驚いておこう。


「でしょう! 窓から差し込む暗い夕陽が、私という存在を……、あら? ねえ、ハル。あそこに案内板があるわ」


「ん? あっ、本当だ」


 話を中断してしまったメリーさんが、とある方向に指を差したので、私も前に顔をやってみれば。

 いつの間にか私達は、各階へ通ずるエスカレーターが設置されている、中央ホールまで来ていた。

 マジか、言われるまで気付かなかったや。メリーさんも、案内板の元へ歩いて行ってしまった事だし、私も付いていくか。


「へえ、一階と三階に飲食店が集中してるみたいね。店舗数は、ハルが言った通りぐらいありそうだわ」


「う~わ、めっちゃ目移りするや」


 主食からデザートまで、ざっと三十店舗以上の名前がズラリと並んでいる。そして大体が、アリオンに来ないと食べられない物ばかり。

 ああ、すごい。視線を数cm動かすだけで、食べたい物が秒ですり替わっていく。まずい、全部食べたくなってきた。


「は、ハル。この階に、『銀々(ぎんぎん)だこ』があるみたいよ?」


「『銀々だこ』か。美味いんだよなぁ~、それも」


 外はカリカリで、中はトロットロのたこ焼き。一個一個が大きいから、食べ応えも十分あり。しかもお手頃価格なので、ついもう一パック買っちゃうんだよね。


「うっし。ならまずは『銀々だこ』から行きますかい?」


「ええ、そうしましょ。あと、ハル。私とあんたで違う物を頼んで、それをシェアしない?」


「当ったり前じゃん。最初から、そのつもりでいたよ」


「そう、よかった。ふふっ、何を食べようかしら。楽しみだわっ」


 そう声を弾ませたメリーさんが、微笑みながら歩き出したので、そっと横に付いた。そういえば、メリーさんの講座、まだ全部聞けていないな。

 結構マジで気になっているから、話題が無くなったら聞いてみよっと。

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