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82話、日々、邪悪になっていく笑み

「あたひぃ、メリーしゃん……。今、顔がものすごく熱くなっているのぉ……」


「大丈夫? 湯気まで昇ってるし、茹でダコみたいに真っ赤っ赤だよ?」


「はうぅ……」


 ハルから事情を説明されたけど、まるで意味が分からない。なんで私は、ハルのベッドで寝ていたの? それも、ほんのついさっきまで……。

 ハル(いわ)く、私はハルの体にガッチリ抱きついて寝ていたらしい。そして、いくら起こそうとしても、私は起きてくれなかったとの事。

 いつ? 私はいつ、ハルのベッドに潜り込んだ? 朧気な記憶だけど、夜中に一回、喉が渇いて台所へ行ったような気がする。

 もしかして、そこで入る布団を間違えたとでも? そんな馬鹿な。いくら寝ぼけていたとはいえ、私がそんな間違いを犯すはずが……。


「いやー。起きた時は、マジでビックリしたよ。いつ私のベッドに入ってきたの?」


「違う……。きっとあんたが、私をベッドに連れ込んだのよ……」


「な、なんの目的があって、メリーさんを?」


「……暖を取るため」


「雪山で遭難した時に、あるいはだけどさ? 今は、ちょっと取り辛い選択肢っスねぇ……」


 口元を強張らせつつ、おにぎりを頬張るハル。僅かな可能性に賭けてみたものの、やっぱり違うみたいね。

 もう恥ずかし過ぎて、梅干しの味すら分からない。お味噌汁も、無味無臭の白湯を飲んでいるような気分だ。

 あと、たぶん怒っているんでしょうね。おにぎり一個とお味噌汁だけの朝食が、いい証拠。この様子だと、しばらくは夕食も質素な生活が続きそうだわ。

 仕方ない。記憶が無いから腑に落ちないけど、ハルに謝っておかないと。顔色を見たくないから、視線を逸らしてしまおう。


「ごめんなさいね、ハル」


「ん? なんで謝るの?」


「いや、その。私があんたのベッドに潜り込んだのを、怒ってると思ってね」


「怒ってる? いや? 全然怒ってないよ」


「へ?」


 あっけらかんと返ってきたハルの緩い言葉に、視線を前へ戻してみれば。きょとんとした眼差しを私に合わせていて、味噌汁をすすっているハルが見えた。


「怒って、ないの?」


「うん、まったく。少し驚いたぐらいかなー。あれ? メリーさんが居る、てな感じでね」


 そうジェスチャーを交えつつ、テーブルに肘を突き、手の平に顔を置くハル。ほくそ笑んでいるし、本当に怒っていないようだ。


「はぁ……。嫌な気分とかには、ならなかった?」


「別に? それよりも、メリーさんの体、めっちゃ温かいじゃん。って、一人でテンション上がってたよ」


「そ、そう。なら、いいんだけど」


 ハルは、別に怒っていなければ、私に抱きつかれて嫌な気分にもなっていない。ていうか、私の体に体温があるんだ。初めて知ったわ。


「ちなみに、なんでもそう思ったの?」


「あっ、えと……。出してもらってる身でありながら、かなり失礼な思い込みなんだけども。さっきの事も重なって、今日の朝食が、ちょっとシンプルな物に見えたから、ついね」


「朝食がシンプルか。メリーさん、いい着眼点だねぇ~」


 そう素直に打ち明けた途端。ハルの緩いほくそ笑みが、ニチャリとしたいやらしい笑みにすり替わった。

 あの笑みは、何か企んでいる時の笑みだけど。ここ最近、なんだがやたらと邪悪になってきたわね。


「いい着眼点?」


「そっ! 昨日さ、めちゃくちゃ良い事を思い付いてね。胃を軽く慣らす為に、最低限の朝食にしたんだ」


「胃を、軽く慣らすため」


「いえすっ! でさ、メリーさん。ここからが本題なんだけど、聞いてちょうだい」


 普段は『聞いてくれる?』とか『いいかな?』って、ワンクッション置いているのに対し、今日は有無を言わさずだ。

 こういう時のハルって、大体何かを食べたがっている時のハルなのよね。ラーメン然り、ピザ然り、お寿司然り。今度は一体、何を食べたいというのかしら?


「いいわよ、聞いてあげる」


「おおー、ありがとう。なら早速、九時半になった外へお出掛けしに行きましょうぜ」


「へ? お出掛け?」


 抜けたオウム返しをすると、ハルは陽気に頷きながら、玄関に向けて何度も親指を差す。とんでもなく舞い上がっているじゃない。


「雨が降ってるけど、どこに行くの?」


「色んな物が沢山食べられる、とっても良い場所さ。屋内だから、雨がいくら降ってようが関係ないよ」


「へえ、屋内」


 屋内で、色んな物を食べられる場所。パッと思い付いたのが、たまに買い物へ行くデパート。確か最上階に、レストランが複数あったはず。

 そういったお店を、何件もはしごするっていうの? これはまた、壮大な話になってきたわね。だって、メイン料理をいくつも食べ回る訳でしょ?

 どうしよう。そう考えたら、胸がちょっと躍ってきちゃった。


「ちなみに、ハルはどれぐらい食べるつもりでいるの?」


「無論、限界を迎えるまで」


 両手を前に組み、その手の甲に顎を置いたハルが、雄々しく笑う。


「どうやら、本気のようね?」


「当たり前じゃん、今日はめっちゃ食うよ~。メリーさんも食べたい物があったら、私にどんどん言ってきな。全部、一緒に平らげましょうぜ?」


「そう、分かったわ」


 ハルから、遠慮はするなと言われてしまった。だとすると私は、その期待に応えなければならない。

 いいわ、見せてやろうじゃないの。都市伝説である私の本気ってやつを。食べたい物を見つけた瞬間、欲を抑えずにすぐ知らせてやるわ。

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