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76話、甲乙付け難いおいしさ

「さてと、どっちから食べようかしらねぇ~」


 タラバとズワイ、共に引けを取らない大きさをしている。太さもそう。私の指を一本添えても、スッポリ収まってしまう。

 確か『銚子号』で食べた本ずわいは、赤と白がハッキリしていた。なので、薄っすらと桃色がかった方が、タラバガニになるはず。

 だったらここは、まだ食べた事が無いタラバガニをチョイスしておこう。


「わあっ、ずっしりしてるわね」


 中身がパンパンに詰まっているのか。殻の部分を掴んで持ち上げてみると、結構な重さを感じる。これだけ大きくて長いと、一口で頬張り切れるか怪しいわね。


「ちなみに、ハル? これって、しっかり火を通した方がいいの?」


「それに関しては、完全に好みだね。軽くしゃぶしゃぶして、中に火が通ってない半生で食べるのもいいし。しっかり火を通して、ふわふわの身を堪能するものアリだよ」


「なるほど。じゃあ、まずはしっかりしゃぶしゃぶしてみよっと」


 一本ずつ目は、共に中まで火を通し。二本目ずつは、半生で試してみよう。それか、交互に楽しんでいくのもアリね。

 そう決めた私は、一本目のタラバガニを湯に沈め、流れるように八の字を描いていく。全体に濃い白みが帯びて、先端部分がほぐれて広がった所を見計らい、鍋から上げた。


「ハル、これで中まで火が通ったかしら?」


「うん、バッチリだよ。さあさあ、出汁で希釈したポン酢で、思いっ切りいっちゃってくだせえ」


「そう、ならっ」


 ハルからOKを貰えたので、水気を切ったタラバガニを、三cmほどポン酢に浸す。さあ、テレビでも滅多にお目に掛かれないカニしゃぶ、食べるわよ!


「ふわっ、しゅごい……」


 可食部が垂れているので、頭の上まで持っていき。口の中へ下ろし、根っこ部分を齧って一気に引いてみれば。

 もう、これ以上入り切らないぐらい、口の中がタラバガニでパンパンになってしまった。

 噛み応えのある、プリプリとした弾力を持った身。その身を噛み進めていくと、尖りが無くてまろやかながらも、強めに利いた塩味が旨味と共に染み出してきて、私の口元を緩ませていく。


 しかも、塩味だけじゃない。後の方から、ポン酢の酸味と絶妙にマッチする濃厚な甘みも、全てを押しのけながらぶわっと出てきた。

 きっと、最初に感じた塩味が、遅れてやってきた甘味をグッと引き立てているのね。

 そして、口の中一杯にタラバガニがあるので、風味が薄れる事を知らず。

 逆に噛めば噛むほど、まろやかな塩味、香り華やぐ旨味、濃厚な甘味が更に凝縮されて濃くなっていく。ああ、いつまでもずっとおいしい!


「お、おいひっ……」


「めちゃくちゃ良いとろけ顔になってんじゃん。よし、メリーさん。次は半生で食べてみなよ」


「え、なんで?」


「いいからいいから。ほら、早く」


「うーん……。次は、ズワイガニを食べようと思ってたんだけど。まあいいわ、タラバガニを半生ね」


 ハルの、有無を言わさぬ催促に折れた私は、食べたばかりのタラバガニを再び持ち。サッと湯通しをして、身が半透明の状態で引き上げた。


「これぐらいでいいの?」


「いいね、最高の状態だ。早く食べてみなよ、絶対にビックリするからさ」


「ビックリ、ねえ。じゃあ……、んんっ!?」


 何これ!? 食感は、相変わらずプリプリしているけども。少し噛んだだけで、とろけるように身がスッと消えて、強烈だけど食べやすい塩味と共に、クリーミーな甘味がじゅわりと出てきた!

 火の通り具合で、食感と風味がここまで異なってくるだなんて。どうしよう。僅差だけど、半生の方が好きかもしれない。


「ね? 言った通りでしょ?」


「す、すごい……。全然違う物を食べてる気分だわ。私、半生の方が好きかも」


「ああ、いいねぇ~。実は、私も半生派なんだ」


「あら、そうなのね」


 だったら、私がそっち派に傾いたのもうなずける。なんていったって、私とハル、好みが大体一緒なのだからね。


「ちなみにさ。メリーさんは、タラバガニとズワイガニ、どっちが好き?」


「タラバガニとズワイガニ? う~ん……、そうねぇ。ちょっと待ってて」


 ハルの質問に応えるべく、ズワイガニでしっかり火を通した物と、半生の物を食べ比べてみた。『銚子号』で食べた本ずわいとは、大きさがまるで比べ物にならないので、参考にあまりならず。

 引き締まった身からは、弾けるように飛び出してくる丁度いい加減の塩味と、ほのかに感じるキュッと締まったきめ細かな甘さ。身が何倍も大きいから、比例して磯の風味も強く感じる。

 でも、他の風味と喧嘩する事無く混ざり合い、タラバガニとは違った旨味に底知れぬ深みを生んでいく。


 半生も然り。こちらも、やはり印象的な磯の風味を感じるものの。身のとろけ具合は、半生のタラバガニと同等。

 身が消える様に素早くとろけていき、全てが新鮮で上品な旨味に変換されて、私に昇天しかねない確かな満足感を与えてくれる。しかし、どちらが好きかと言われると……。


「どっちもすごくおいしいから、甲乙付け難いわね。強いて言えば、その日の気分で変わってくるかもしれないわ。今日はタラバガニの気分だけど、明日はズワイガニって感じでね」


「なるほど、そっかそっかー」


「ちなみにハルは、どっちが好きなの?」


「私? そうだなぁ~。そもそも、カニを食べられる機会が少ないし、どっちも超好きだから、自信を持ってこっち! ては決められないなー」


「ああ、そう……」


 そうだ。今は沢山あるから感覚が麻痺していたけど、カニは高級食材の一つだった。危ない。思い出していなかったら、欲に任せてバクバク食べていた所だったわ。

 タラバガニとズワイガニの本数は、合わせてまだ十本以上ある。だったらここからは、一本一本じっくり味わって食べていかないと。

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