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75話、ハルーさんの再来

「私、メリーさん。今、あなたが何を作っているのか気になっているの」


『……ふっ、ふふふっ。ふっふっふっふっ、ハァーッハッハッハッハッ!』


「ん?」


 夕食直前に、いつもの電話を掛けたものの。ハルから返ってきたのは、妙に嬉しそうにしている高笑い。ハルのこんなに通った笑い声、初めて聞いたわ。


「ずいぶん楽しそうにしてるわね。で、何を作ってるの?」


『私、ハルーさん。今、めちゃくちゃテンションが上がっているの』


「なっ……!?」


 都市伝説に変異したハルが、一方的に通話を切り。悪夢の再来に呆けた私は、右耳に当てていた携帯電話の画面を視界に入れた。

 ハルーさん。この世界で唯一、私だけが確認している未知の存在。分かっている情報は、私の話やお願いを、まったく聞いてくれなくなる事だけ。

 最初で最後の目撃は、ハルがラーメン屋へ行きたいとリクエストを出したのにも関わらず、私が唐揚げを先に食べたいと抵抗した時のみ。

 つまり、今日の夕食は、ハルがどうしても食べたかった物になる。


「私、ハルーさん。今、夕食の準備を始めようとしているの」


「来たわね……、あれ?」


 未だにハルーさん化が解けておらず、やたらとねっとりした声のハルが部屋に戻ってきたので、台所の方へ顔を向けてみるも。

 視界に映ったのは、テーブルにカセットコンロだけを置いたハルの姿だった。


「カセットコンロって事は、今日は鍋物系なの?」


「私、ハルーさん。今、とりあえず正解とだけ言っておくの」


「あんた、それが言いたいだけでしょ?」


「ああ、分かっちゃった?」


 バレたと言わんばかりに、後頭部に右手を回し、緩く苦笑いするハル。突っ込んでおかないと、一生やっていそうだったからね。

 それに、ちょっと苦手なのよ。ハルーさんの言い知れぬ濃い圧が。


「バレバレよ。けど、鍋物なのね。もちろん、海鮮類を使った鍋なんでしょ?」


「当たり前っスよ! あと、鍋と食材を持ってくるから、ちょいと待っててねー」


 ハルったら、本当にウキウキしているわね。海鮮類を使った鍋物って、何があったかしら? 単純に、具材を沢山入れた海鮮鍋?

 それはそれで、すごくおいしそう。各海鮮類から出た旨味が、出汁に溶け込んでいく訳でしょ? 食べ終わったら締めとして、出汁の中にご飯を入れて食べるのもアリだわ。


「へいっ! 鍋お待ちっ!」


 意気揚々と部屋に戻って来たハルが、カセットコンロの上に鍋を置いた。さあ、一体どんな海鮮鍋が入っているのかしら───。


「……あれ? 何も入ってないじゃない」


 期待に胸を躍らせつつ、薄白い湯気が昇る鍋の中身を覗いてみるも、具材は何も入っておらず、やや昆布の香りがする透明なお湯だけが見えた。

 その間にハルは、鍋に周りに黒い液体が注がれた別皿を並べている。この黒い液体、食欲をそそる酸味が利いた匂いがするから、たぶんポン酢ね。


「ふっふっふっ。そう、鍋にはまだ何も入ってない。これから入れるんだ」


 いやに焦らしてくるハルが、カセットコンロの火を点けて、三度みたび台所へ姿を消した。これから食材を入れて食べる鍋物? そんな鍋物、思い当たる節は一つしかない。

 でも、私が知っている物は、主に豚肉と牛肉を使用している。海鮮類で代用出来る物なんて……。


「……いや、あるわね」


 これまで数多の旅番組を観てきて、たった一度だけ見た事がある。あれは確か、再放送の旅番組。季節は、チラホラと積雪が目立つ冬。

 地平線に沈んでいく夕陽を眺めつつ、温かそうな露天風呂に浸かった後に出てきた、豪勢を極めた夕食。その夕食で、とある高級な海鮮食材を『しゃぶしゃぶ』に使用していた。

 そして今回、ハルの兄貴が送ってくれてきた差し入れの中にも、その食材がたんまりある。普段、決してお目に掛かる事が出来ない、最高級海鮮食材が!


「ま、まさか……、『アレ』のしゃぶしゃぶが、ここで食べられるって、いうの?」


「そのまさかだよ、メリーさん」


「はっ!?」


 視界外から、私の予想を後押しするハルの声が聞こえてきたので、慌てて声がした方へ顔をやる。

 限界まで開き切った視界の先。左手を腰に当て、右手の平に一枚の大皿を持っているハルが、不敵な笑みを浮かべた顔を私に合わせていた。


「は、ハル? その大皿に、『アレ』があるっていうの?」


「ああ、その通りさ。待たせたね。それじゃあ始めようか? このっ」


 ずいぶん気迫のこもった言い方をするも、大皿を両手で持ち直したハルが、その大皿をそっとテーブルに置いた。


「ズワイガニとタラバガニのポーションを贅沢に使用した、『カニしゃぶ』祭りを!!」


「わ、わぁっ、すっごぉ~い!」


 大皿を埋め尽くすように並んだ、赤と白のコントラストが美しい、極太長なズワイガニとタラバガニのポーション。

 なんとも圧巻な光景だ。数は、上下に十本ずつ並んでいるので、総勢二十本。

 その目が離せない輝かしい赤白の横には、大きめに切られた豆腐と長ネギ、春菊らしき葉物野菜が控え気味にこっそりと居る。

 ああ、まるで夢のような景色だわ。一本一本が本当に大きいから、一度に頬張り切る事が出来ないかもしれない。


「ふふんっ、すごいでしょ? タラバとズワイのポーションを見た瞬間、『カニしゃぶ』だけは絶対にやろうって決めてたんだ」


「確かにこれは、すごいとしか言いようがないわね」


 もう、圧倒されてそれ以外の言葉が出てこない。きっと今日の夕食は、『すごい』と『おいしい』しか言えなくなりそうね。


「そうだ、ハル! 鮮度が落ちちゃうから、早く食べましょ!」


「おっと、そうだね。んじゃ、いただきまーす!」


「いただきます!」

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