74話、失敗ではなく許容範囲
「私、メリーさん。今、私が作った月見うどんの写真を、あなたに見て欲しいと思っているの」
『おおっ、待ってました! 皿洗いもちょうど終わったし~、そうだ。デザートを持ってくから、その間に写真を用意しててちょうだい』
「分かったわ」
ついに、この時が来た。素人が作ったとは到底思えない出来栄え、風味、食後の余韻も満点な、私特製月見うどんの写真を見せる時が。
そわそわし出した体を、小刻みに揺らしつつタブレットを開き、例の写真を画面に出す。うん、何度見ても完璧だわ。
二番出汁の芳醇な香りが漂ってきそうな、薄白い湯気。茹で時間をキッカリ守ったうどんが映える、薄茶色をした出汁。
そして欠かせないのが、まん丸な月を模した生卵。よしよし。写真をどの角度から覗いても、薬味のネギは見えない。
「お待たせー。今日のデザートは、こちらになりまーす」
「あら、プリンじゃない」
部屋に戻って来たハルが、私の横に座りながら目の前に置いてきた皿には、既にぷっちん済のプリンが乗っていた。
皿を置いた拍子に、プリンが左右にぷるんぷるんと波を打ち。カラメルの甘香ばしそうな匂いが、ここまで届いてきている。
「これ、あんたが作ったの?」
「いんや、市販の物だよ。帰って来る途中に、八百屋のおっちゃんから貰ったんだ。これ、二人で食べな! てな感じでね」
「へえ、そう。今度行った時、お礼を言っておかないと」
あの商店街へ、初めて買い物に行ってから早二週間。私とハルが共同生活をしているという噂は、瞬く間に広がっていき。
今では商店街を歩けば、買い物をする予定が無いお店の人達からも、率先して挨拶をされるようになってしまった。
私がハルと一緒に住んでいるという話は、八百屋の人にしか明かしていないというのに。三日もすると、遠く離れた花屋の人にも周知されていたっけ。もちろん、『メリー』という名で。
「八百屋のおっちゃんが、メリーちゃん、次はいつ来るんだい? て言ってたよ。めっちゃ気に入られてんじゃん」
「ほら。この前、おまけでネギを貰ったでしょ? そのネギがおいしかったって伝えたら、かなり喜ばれてね。そこからだんだん親しくなってったわ」
「へぇ~、いいじゃん。おのおっちゃん、話してて楽しいでしょ?」
「そうね。野菜についてタメになる話もしてくれるし、つい長居しちゃうのよ」
下手すれば、後から来た人間も巻き込まれて、雑談が盛り上がり長引いていく。お陰で、顔見知りの人間も何人か増えた。
「うんうん、良い事だ。でさ、メリーさん。この写真が、例の月見うどん?」
「ええ。正真正銘、私が初めて作った月見うどんよ」
ようやくタブレットの写真に注目してくれたハルが、スプーンですくったプリンを食べつつ、まじまじと写真を眺めていく。
「ふ~ん、見た目は超完璧じゃん。生卵って、割るのはこれが初めてだっけ?」
「そうね。ご覧の通り、どこも割れてないでしょ?」
「そうだね、綺麗な形を保ったまんまだ。中央じゃなくて右上にあるのも、これまたいいなぁ。メリーさん、盛り付けのセンス抜群じゃん」
「そ、そう?」
まさか盛り付けの段階で、ここまで褒められるだなんて。どうしよう、すごく嬉しい。唇に力を込めないと、緩んでにやけてしまいそうだ。
「うん。いかにも月見うどん! て感じがするし、美味しそうに見えるよ。これ、卵はどこでヒビを入れたの?」
「もちろん、平らな部分で軽く叩いて入れたわ」
「おお、基本を抑えてるじゃん。そうそう。慣れてない人が、角やボウルの縁で強く叩き過ぎると、殻が破けて白身が飛び出しちゃうんだよね。それに細かく砕けちゃうから、生卵と一緒に殻が落ちちゃったりするんだ」
そう。卵を割る工程については、入念に調べたので事前に知っていた。もし調べていなかったら、台所の角とかで割っていて、白身をぶちまけていたかもしれない。
「なるべく失敗したくなかったから、慎重にやったわ。その内、片手で割れるようになりたいわね」
「良い心掛けだね。向上心があるのは、料理作りを上手くなりたいっていうモチベーションにも繋がるし。実際に出来た時、マジで嬉しくなるよ。あっ、あとさ、出汁氷はいくついれたの?」
「えっと……。三百mlの水に対して、四つ入れたわ。ちょうどいい濃さになったから、本当においしかったわ」
「四つか。そのぐらいの量だったら、確かにちょうど良さそうだね。ちなみに、ネギも使ったんでしょ? それはどうしたの?」
「うっ……」
とうとう、触れて欲しくない話題が出てきてしまったせいで、私の体がピクンと動いた。この場合、正直に話した方がいいかしら?
唯一失敗したネギは、写真に写っていないので、嘘を言ってしまえばそれが真実になる。でも、ここで見栄を張ると、ハルからアドバイスを貰えなくなってしまうのよね。
ちゃんとした感想も欲しいし……。よし。厚く切って失敗したと、正直に話そう。そして、ハルのアドバイスをしっかり聞き、今後に活かしていこっと。
「薬味に使ったんだけども、少し厚めに切れっちゃってね。そこだけ失敗しちゃったわ」
「ふーん。厚めって、どれぐらいの厚さ?」
「一番厚く切れたので、五mmぐらいだったかしら。一応薄く切れたのもあったけど、うどんに入れて食べたら歯応えも感じたし、まあまあ辛く感じたわ」
さあ、ハルはなんて返してくるのかしら。表情を窺ってみるも、特に思案していそうな様子は無し。いつもの緩い眼差しを、私に合わせている。
「五mm程度か。それだったら、全然許容範囲だよ」
「え? そうなの?」
「うん。ネギの小口切りは、大体二mmから三mmぐらいの薄さが目安になるんだけどさ。この目安って言うのは、大体これぐらいかな? っていう曖昧な基準なんだよね。でさ、メリーさんが切ったネギの厚さは、五mmぐらいなんでしょ? 目安の倍だったら、全然大丈夫だと思うよ」
「……そう、なの?」
「そうそう。それに、初めての小口切りだったら、その厚さでもかなり上手い方さ。だから、薬味のネギを含めても、この月見うどんの完成度は最高だね。マジですごいじゃん」
「あっ、ああ……、そう。最高の、出来栄えなのね。へぇ~、そう。……ふふっ」
どうしよう。まさか、ここまで褒められると思っていなかったから、本当に嬉しい。もう、顔の緩みが抑えられないわ。ハルの目から見ても、私が初めて作った月見うどんは、最高の出来映えなんだ。
ああ、ダメだ。緩んだ口元をプリンを食べて誤魔化そうとしても、嬉し過ぎて味がよく分からない。甘いようで、ほろ苦さも感じる。
「そうだ、メリーさん。こういうの、また見てみたいからさ。次から作った料理は、タブレットで写真を撮っといてくんない?」
「あっ、それいいわね! 必ず撮っとくから、ちゃんと採点してちょうだいよ?」
「オッケー。楽しみに待ってるよ」
快く引き受けてくれたハルが、プリンを食べて「う~ん、甘いっ」と唸った。これで料理を作る楽しみが、また一つ増えたわ。
次の昼食は、何を作ろうかしら? インスタントラーメン、うどんと麺が続いているから、そろそろシンプルな野菜炒めに入るのも悪くない。う~ん、悩むなぁ。




