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72話、とりあえず満点

「私、メリーさん。今、タブレットで撮った月見うどんを食べようとしているの」


 結局、ハルは電話に出てくれなかったので。いつもの留守電サービスセンターに託し、携帯電話をポケットにしまい込んだ。


「さてと! 我ながら、いい感じに作れたじゃない」


 月見うどんの名に恥じぬ、白身が半熟まで固まった生卵。まるで厚い雲を纏っているかの様に見える。

 小皿に移した長ネギは……。まあ、今回は妥協点ね。ちょっと不格好だけど、薬味としての役目を果たしてくれると願いたい。

 そして、かつお節が香る薄茶色をした出汁の中にある、メインのうどん。袋に表記された茹で時間を、寸分の狂いもなく守ったので、コシはしっかり残っているはず。

 タブレットで写真を撮った時間は、おおよそ一分弱。その時間を加味しても、流石に伸びてはいないでしょう。


「さあ、食べるわよ! いただきます」


 まずは、出汁本来の風味だけを楽しみたいので、生卵が割れない様にうどんだけすくう。少なめにすくって千切れないという事は、やはり伸びていないようね。


「う~んっ……! 最高じゃない!」


 ツルツルとした舌触り、モチモチの食感。そして、程よい弾力感を生み出しているコシ! 全てのバランスが、私の理想とほぼ合致している。一本がそれなりに太いけど、喉越しも良好。

 風味は、噛めば噛む度に小麦粉の味が強くなっていく。それに、なんだか薄っすらと塩味を感じるわね。麺自体に味付けが施されているのかしら?

 この隠れていた塩味が、地味に食欲を刺激してくる。うどんを飲み込む手前辺りに、ひょっこり出てくるから、旨味とコクが更に増していき、飲み込まずに噛みたくなってくるのよ。

 けど、私は過ちを二度と犯さないわ。スルメイカ然り、イカフライ然り。夕食に備えてアゴを痛めたくないので、噛むのはそこそこにしておかないと。


「それじゃあ、そろそろ黄身を割ろうかしらね」


 出汁の熱により、厚い雲の様にモコモコとした白身とは相反し。黄身は、特に変化が見受けられない。半熟にすらなっていなさそうだ。

 出汁と馴染まないよう、上の部分だけ軽く割き。トロッと流れ出した黄身を、うどんと上手く絡めてすくった。


「んん~っ! すごい、ここまで味が変わっちゃうのね」


 うどんの風味と塩味をまとめて包み込む、甘みが強くて濃厚な黄身のコクよ。一緒に付いてきた出汁も、まろやかになっている。

 この劇的に様変わりしたおいしい味を、何回も堪能してみたいのだけれども……。うどんと絡まなかった黄身は、もう出汁全体に行き渡っていて、すっかり馴染んでしまっている。

 透き通っていた薄茶色の出汁は、見事に濁り。かつお節華やぐ風味も、卵の甘さがプラスされつつ、黄身色に染まっちゃったわ。


「これ、割るタイミングを考えた方がいいわね」


 しかし、出汁の味自体は悪くない。けど、卵が馴染む前の風味を、もっと楽しみたいのであれば、割るのは後半にするか、卵を別皿に分けておいた方がいいかも?


「でも、その場合、名称はどうなるのかしら?」


 生卵が入っていれば『月見うどん』。生卵を別皿に分けたら『かけうどん』。じゃあ、別皿に分けた生卵を溶いて、それにうどんを付けたら『つけうどん』になってしまうのでは?


「ややこしくなりそうだし、あまり深く考えない方がよさそうね……」


 同じ『月見うどん』でも、出汁を濃くして、かつ冷まして少量にすれば『ぶっかけうどん』に。茹でたうどんを冷水で締めて、ざるに盛れば『ざるうどん』。

 食べ方や出汁を少し変えるだけで、名前がこうも変わってしまう。ならば、月見の本体である生卵を割ってしまったら、もう『月見うどん』とは呼べなくなるわよね?


「いや、埒が明かないわ。うどんも減ってきた事だし、そろそろネギを入れようかしらね」


 ようやく出番が回ってきた、厚さが異なるネギを中央へ添えていく。使用した長ネギって、七cmぐらいだったわよね? なんだか、やけに多く感じるじゃない。


「……ふふっ。やっぱり、厚く切ったネギの主張が激しいわ」


 出汁とうどんの風味を根こそぎ消し飛ばす、新鮮なネギの辛味よ。薬味だっていうのに、ちゃんとシャキッとした歯応えも感じる。これは、明らかに失敗───。


「待って? 薬味に小口切りしたネギを使ったのは、これが初めてよね?」


 だったら、失敗したのかどうかすら分からないわね。なら、いいわ。このネギ問題については、一旦保留にしておきましょう。

 成功か失敗かの判断は、次回に持ち込んでしまい。今回は、うどんだけの評価をすればいいのよ。それならば大成功。満点のおいしさだった。

 生卵が馴染んだ、出汁もそう。かつお節の風味は柔らかくなってしまったけれど、まろやかで口当たりも良く、とても飲みやすくなっている。


「……ふぅ~っ。ああ~、おいしかった」


 出汁まで飲み干したから、体の内側がじんわり温かい。満腹とは言い難く、腹六分目ぐらいで落ち着いている。

 でも、夕食のえんがわ丼に備えて、お腹をなるべくすかせておきたいので、おかわりはやめておこう。


「楽しみだなぁ、えんがわ丼」


 昼食を食べ終えたばかりだというのに、意識はもう夕食に向いている。だって、しょうがないじゃない。それだけ楽しみにしていたのだからね。

 ハルが作る、鮮度抜群のえんがわ丼。想像しただけで、ヨダレが出てきちゃうわ。上に掛けるとしたら、やっぱりわさび醬油かしら?

 他に掛けるとすれば、えんがわや生魚って何が合うんだろう? キッチンと台所の掃除を済ませたら、インターネットで調べてみよっと。

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