51話、その姿、メリーさんにあらず
『わたしぃ、メリーさぁん……。いまぁ、お布団の中にいるのぉ……』
「おはよう。そろそろ朝食が出来ちゃうから、早く起きてきな」
『あと五時間寝かせてぇ……』
「せめて、そこは五分にしてくんない?」
朝食の匂いにより目を覚ましたのか、電話をしてきてくれたものの。メリーさんの声が、完全に寝起きのそれだ。休日を迎えたけど、子供に叩き起こされた父親の様にしゃがれている。
「う~ん……」
ようやく起きて、台所に来てくれたメリーさんの姿は、メリーさんにあらず。掛け布団を頭から被った、布団つむり状態。目が全然開いていないし、マジで眠そうな顔をしているや。
「そんな格好で朝食を食べたら、布団が汚れちゃうでしょ? 早く戻してきな」
「イヤよ……。このふわふわ布団は、誰にも渡さないんだからぁ……。うう~っ……」
……おかしい。初めて出会った時より野生化してない? 布団を盗られまいと、犬みたいに威嚇してきている。
でも、メリーさんの威嚇顔、そことなく小型犬っぽい。強いて言うならチワワかも。
「その布団は、もうメリーさんにあげた物なんだから、誰も盗ったりはしないよ」
「……ほんとぉ?」
「ほんともほんと。だから、安心して元の場所に戻してきな」
「ん~っ……」
素直に言う事を聞いてくれた布団つむりが、ふらふらしながら去っていく。今のあられもない姿を見て、誰が君をメリーさんだと思うだろうか。
一晩泊めただけで、定着していたメリーさんのイメージが全部崩れちゃったな。あの凛々しくもあり、素っ気なくつんと取り澄ましたメリーさんは、一体どこへ行ってしまったのやら。
いや。元々、無理してキャラを作っていた可能性もある。実は、普段のメリーさんは、あんな風に緩い感じだったりして? もしそうだったら、日常が楽しくなりそうなんだけども。
「んん~っ……」
「おっ、ちゃんと布団を戻してきたね」
しかし、未だにメリーさんの目は開いていない。両手は脱力し切っていて、表情はまどろんだしかめっ面。上半身が寝かせろと、左右にゆらゆら揺れている。
「ハルぅ……。眠気って、どうやって取るのぉ……?」
「一番手っ取り早いのは、顔を洗う事かな。洗った後は、冷蔵庫の横にあるタオルで拭いちゃってちょうだい。ああついでに、口もゆすいどいてね」
「むぅ……」
ヨタヨタと歩き出したメリーさんを眺めつつ、私はコップを用意して、冷蔵庫を開ける。キンキンに冷えた水をコップに注ぎ、その場で待機した。
メリーさんはというと。顔を洗い終えて、しっかりうがいをしている。そのまま手を振って水気を切ると、薄目を開けながら冷蔵庫の隣まで来て、顔を丁寧に吹き出した。
「はい、メリーさん。冷えた水だよ。一気に飲み干せば、バッチリ目が覚めるから、是非お試しあれ」
「ありがとう」
顔を洗って眠気が覚めてきたのか。そことなく、いつものメリーさんらしい態度になってきている。そうそう。私が知っているメリーさんは、大体こんな感じだ。
「ふうっ、おいしかった」
「やあ、メリーさん。おかえり」
「えっ? こういう時って、おはようじゃないの?」
「そうなんだけどさ。今の私的には、こっちの方が合ってるんだよね」
場違いな挨拶をしたせいで、メリーさんの開いた目がきょとんとしてしまった。まあ、言える訳ないよね。まるで別人の様なギャップを感じていただなんて。
布団つむりの件は……。あまり突っつくとくすぐられてしまいそうだし、やめておこうかな。
「それで、何を作ってるの?」
「チーズとハムを使った、ホットサンドだよ。後数分で出来るから、ちょっと待っててね」
メリーさんの意識が朝食に移ったので、返ってきたコップを台所に置き、ホットサンドメーカーの柄を握る。意外と早く焦げ目が付いてしまうから、火加減に気を付けないと。
「あっ。これ、動画で観た事ある。あんたも持ってたのね」
「まあね、結構重宝してるんだ。魚を楽に焼きたいから、もう一回り大きいのが欲しいんだよね」
「確か魚って、グリルで焼くんでしょ?」
「そうそう。その内にでも振る舞ってあげるから、楽しみにしててね」
とは言っても。季節はまだ、梅雨が待ち構えている夏隣り。やはり焼き魚と言えば、食欲の秋に限る。ああ、ホッケとサンマが食べたくなってきた。
「なら今度でいいから、朝食に鮭を食べてみたいわ」
「鮭か、いいね。脂が乗ってると、とにかく美味いんだよね」
だったら、備え付けはシンプルに納豆か玉子焼き。もちろん、味噌汁だって欠かせない。ちょっとしたお惣菜も用意しておけば、メリーさんも満足してくれるかな?
「それと、ハル。海苔に醤油を付けて、ご飯に巻いて食べてみたいんだけど……。出来るかしら?」
「それ、どこで覚えたの? 最強の組み合わせじゃん」
やったやった。学生の時、ドハマりしていたんだよね。正直、それだけでご飯を完食出来る。焼き海苔じゃなくて味付け海苔だったら、間違いなく三杯は固い。
「でしょ? この組み合わせをリクエストしたいんだけども、いいかしら?」
「いいよ。近々作ってあげる」
「そう。じゃあ、楽しみにしてるわ」
楽しみに、か。どうやら、本当に待ち望んでいるようだ。あのメリーさんが、口元を僅かにほころばせているんだもの。それも初めて見たよ、君の素に近い笑みを。
こうしちゃいられない。近々と言ったけど、明後日には作ってあげないと。時間が経つに連れ、これを食べたいという気持ちが薄れていっちゃうからね。
「っと、そうだ。メリーさん」
「なに?」
「ちょっと聞いておきたいんだけどさ。飲み物に牛乳、コーンスープ、味噌汁ってあるけど、どれか飲みたい物はある?」
「あら、お味噌汁の他にも飲み物があるのね。えっと……。ハルは、どれが飲みたいの?」
「私? ああ~……」
ここ数日前からか。メリーさんにこうやって聞いてみると、私の意見も聞いてくるようになったんだよね。そして、私がこれを食べたいと言うと、メリーさんは違う物を選択するんだ。
もしかして、メリーさんに気を遣われているのかな? 早計な考えだとは思うけど……。この考え、今後の関係について重要な部分に値しそうだし、本人に是非を問いてみたい。
でも、心情に触れる質問ていうのは、めちゃくちゃ危ない橋なんだよね。なるべくなら避けたい。相手が都市伝説様なら、なおさらだ。
「ハル? そこまで悩むものなの?」
「え? ……ああ」
まずい、本人の前で長考し過ぎてしまった。上手く話を合わせないと。
「その日の気分によって変わってくるから、意外と決められないもんなんだよね。ちなみに、メリーさんだったらどれが飲みたい?」
「そうね……。まだ飲んだ事が無い、コーンスープかしら?」
「コーンスープか、いいね。具材との相性も良いし、それにしちゃう?」
「ええ。じゃあ、それでお願い」
「オッケー」
危ない危ない。焦るな、私。関係を築いていくのは、ゆっくりと着実でいい。一歩でも踏み間違えてしまえば、そこで私の人生が終わってしまうからね。




