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50話、夜長はお預け

「ふあぁ~っ……」


 今の声は、メリーさんがあくびをしたのかな? 眠ったフリをしているから、何も見えないんだよね。薄目にしようと思ったけれども、色々とリスクを伴いそうなのでやめた。

 見えた情報で、思わず笑ったり何かしらの反応をしちゃいそうだしね。なので、渾身の狸寝入りをかましている訳だ。マジで眠いから、下手したら本当に寝ちゃいそうだけど。

 起きている理由は単純明快。メリーさんは一人になると、何をしているのか気になっただけ。悪趣味だけど、好奇心に抗えなかった。


 とりあえず、メリーさんの動向観察はこれっきりにしておこう。寝込みは襲わないとハッキリ約束されたし、私もこの約束を信じている。

 いや、信じざるを得なかった。そこで疑い深く詮索しようもならば、心の距離が遠ざかってしまう。メリーさんを家に泊めたのは、親交を深めていき、互いに心から信用出来る仲になる為。

 だからこそ、私からメリーさんを信用しなければならない。この人間なら、心を許しても大丈夫だろうという存在になりたいのであれば。……道なりは険しく、難しい話だね。


 メリーさんのあくびを最後に、聞こえてくるのはリンゴを齧る音のみ。さっき聞こえた『楽しみだなぁ』という独り言は、タブレットで動画やテレビを観る事に対してだろう。

 夜長が暇にならないよう、メリーさんにはテレビの視聴、タブレットの操作、イヤホンの貸出を事前に許可している。もちろん、タブレットはフルで充電済み。抜かりは無い。

 まあ、私が襲われる事は無いでしょう。メリーさんからの電話に出て、『私、メリーさん。今、あなたの後ろにいるの』と言われない限りは。


「この塩水、飲んでも平気かしら?」


 喉が渇いたんだろうか、メリーさんがヤバい事を言っている。飲んだら、もっと喉が渇いちゃうよ? と言いたい。めちゃくちゃ言いたい。

 明日の夜は、飲み物も用意しておかないと。あと、夜分に冷蔵庫を漁る許可も。全部確認したつもりだったけど、全然足らなかったや。


「……ちょっとしょっぱいわね」


 マジで? 飲んじゃったの? まずい。思っていたより、一人で居る時のメリーさんが面白いぞ。これは、早く寝た方がよかったな。このままだと、本当に笑いかねない。


「リンゴ、もっと食べたかったなぁ」


 どうやら、もう完食してしまったらしい。二個切ったんだけど、体感的に三十分持たなかったか。それにしても、今の声。ずいぶん寂しそうにしていたなぁ。

 ウィンナーの試食の時も、そうだったけど。メリーさんって、食べ物に対しての感情は正直に出してくる。それはもう、剥き出しにね。

 だからこそ、私が作った料理をメリーさんが食べて、『美味しい』と言いながら微笑んでくれる顔と感想は、噓偽りの無い本音なんだと心の底から思えてくるんだ。

 メリーさんには、まだ言わないけど。最近あの顔を見るのが、一つの楽しみになっている。料理の腕が上がったんだと自信がつくし、何よりも嬉しい。


 まあ、夕方に一回でも変な料理を出すと、私はそこで死んじゃうんだけども。しかし、今日行った回転寿司屋を境に、その危機感はだいぶ薄れた。

 メリーさんは、意外となんでも食べられるらしい。まさか、ウニやイクラまで食べられるとは思ってもみなかった。なんなら美味しいとまで言っていたし、ウニの方は気に入っている。

 私ですら、子供の頃はウニとイクラが苦手だったっていうのに。メリーさんってば、めちゃくちゃ美味そうに食べていたっけ。そこは素直に、すごいと思ったや。


「さてと」


 少し弾んだメリーさんの声を追う、だんだんと近づいては遠ざかっていく足音。空き皿を、台所へ持っていったのかな?

 っと、また足音が近づいて来て───。……あれ? 私の前で、足音が止まった様な気がするんだけど? 気配もするし……。もしかして、何かされちゃう感じ?


「よし、ちゃんと寝てるわね」


 私の寝顔を確認した? 一体何の目的で? これは、ちゃんと探った方がいいかもしれないな。再び足音が鳴り出したけど、どこへ行ったんだろう?

 場所的に、さっき居た所の近くだな。……ん? なんか、ガサゴソ鳴り始めたぞ。この音は、羽毛布団を動かした時に出る音っぽいけど?


「わあっ。この布団、ふわふわモコモコしてるぅ」


 あっ、マジで羽毛布団の音だったか。つまり、メリーさんは布団に入ったと。じゃあ、さっきの確認は何だったんだろう。

 腑抜けた自分を、私に見せたくなかったから? いや。この予想は、おかしいか。風呂に入っている時、十分見聞きしたしね。あの時のメリーさん、マジで幸せそうにしていたなぁ。


「それに、なんだかいい匂いがするわね。これがお日様の匂いってやつなのかしら?」


 当たり前じゃん。メリーさんの為に、二日間掛けてバッチリ干したんだからね。シーツと枕カバーも洗ったし、万全の状態よ。

 ……なんだ。本当に、ただ私が眠っているのか確認しただけっぽいな。メリーさんって一人で居ると、そんな風にしているんだね。そういう所が、マジで人間臭いんだ。


「ふわっ……、なにこれぇ? 中も、すごくふわふわしてるぅ~。気持ちいいし、あたたかぁ~い……」


 おっと、布団の中に潜り込んだらしい。なんて、幸せそうな声を出しているんだろう。思わず、口元が緩んじゃったよ。


「ありぇ……、タブレットはぁ? ああ、あったぁ……。これでぇ……、よ、しぃ……」


 なんだ? 今の、ずいぶん弱々しくまどろんだ声は? 耳をすませてみても、等間隔で呼吸を繰り返す音しか聞こえてこない。……まさか?


「……ははっ。都市伝説様も、寝落ちするもんなんだね」


 恐る恐る開けた視界の先。まず見えたのは、枕元に立っているタブレット。そして、その隣、途中で力尽きてしまったのか。

 うつ伏せ状態で枕に突っ伏し、なんとも安心し切った表情で寝ているメリーさんが居た。めちゃくちゃ良い寝顔をしてるじゃん。まるで無警戒だ。


「ねぇ、ずるくない? そんな顔を見せるなんてさ」


 これじゃあ、今まで警戒していた私が馬鹿みたいに思えてくる。それ程までに、無垢な寝顔をしているんだ。

 今の姿を見て、誰が君をメリーさんだと思うだろうか。マジで、ただの人間にしか見えないよ。

 さて、先に寝られてしまったのなら仕方ない。もう考えるのは止めだ。待っていろよ、メリーさん? 私だってすぐに寝て、全力で後を追い掛けてやるからね。


「おやすみ、メリーさん。また明日」

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