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47話、初めてのお風呂

「わ、わぁっ……。わた、わたっ、わたぁっ、メェェェ~~~……」


『あれ? 羊の方が居る?』


「あたしぃ、めりぃしゃ~ん……。いまぁ、あにゃたのお家にありゅお風呂に住んでいりゅのぉ~……」


『私のエデンが占拠された!?』


 ハルに言われるがまま、頭と体を洗い、お風呂に浸かってみたけれども。なに、これ? 気持ち良すぎて、意識が一瞬だけ吹っ飛んでしまった。

 体の外側から、じんわりと温まっていく最高に丁度いいお湯加減。私の全身が、お湯に溶け込んでいく錯覚を覚え、後に続いて心までもがとろけていく。

 浴室内を優しく満たしていく、ハルが事前に入れた入浴剤の香りも、そう。湯けむりと共に、ラベンダーの清潔感溢れるフローラルな香りが、私の心を落ち着かせてくれる。

 露天風呂とまではいかないけど、ゆとりある十分な広さも良い。肩までしっかり浸かり、背中を付けて天井を眺め、ボーッとしているだけで最高に気持ちが良いわぁ……。


『メリーさん、湯加減はどう?』


「……しゃいこぅ」


『ははっ、めちゃくちゃ気持ち良さそうにしてんね。よかったよかった』


 初めてお風呂を体験してみて、ようやく理解した。露天風呂に浸かった人間が、なぜ皆して気持ち良さそうな顔をしているのかを。これなら、あんな顔になっても仕方ないわ。

 私も、どんな顔をしているんだろう? 口が勝手に大きく開いちゃっているし、とんでもなくだらしない顔をしていそうね。

 でも、今はそんな事は気にしなくていい。だって、お風呂がこんなに気持ち良いのだから。ああ、一生浸かっていたい。


「ふぇやぁぁ~……」


『う~ん。やっぱ、ちょっと臭うかも? ねえ、メリーさん。メリーさんが着てた服も洗濯しちゃっていい?』


「うん、いい……」


『オッケー。触った感じ、素材は綿っぽいなぁ。普通に洗うと縮むだろうし、ネットに入れておくか』


 ハルは、なんて言っていたの? まったく聞き取れなかった。まあいいや。ハルが喋ってこないと、浴室内って静かね。ほぼ無音に近い。だからこそ、ゆっくりしていられる。

 前まで無音って、嫌いだったんだけどなぁ。雨宿りしている時は、いつも孤独に包まれた冷たい無音だった。けど、今は違う。暖かな幸せに満ちた、心地良い無音だ。

 人間って、何もかもずるいわ。おいしい料理を食べて、温かいお風呂に浸かれるんだもの。やっぱり、ハルに付いてきて本当によかった。


『メリーさん。三十分ぐらい浸かってるけど、大丈夫? のぼせてない?』


「……ふぇ? え、嘘? もうそんなに経ってるの?」


『うん。けど、メリーさんが大丈夫なら、まだ入ってていいよ』


 給湯器の表示が消えていたので、適当なボタンを押してみる。すると、緑色の数字がパッと浮かび上がった。


「あら、もうこんな時間なのね」


 現在の時刻は、九時三分。私が浴室に入った時は、八時二十分ぐらいだったはず。頭と体を洗っていた時間を引けば、そのぐらいお風呂に浸かっていたかもしれない。


「ねえ、ハル。あんたって、どのぐらいお風呂に入ってるの?」


『私? ストレッチをしながら入ってるから~、四、五十分ぐらいかな?』


「へぇ。あんたも、結構長い時間入ってるのね」


 本当なら、もっと浸かっていたいというのが本音だけども。時間が時間だし、そろそろハルに譲らないと悪いわね。


『腰と胸辺りを入念にストレッチしてるからね。で、どうする感じ? まだ入ってる?』


「いえ、もう出るわ」


『ああ、出るんだね。分かった。んじゃ、美味しい飲み物を用意して待ってるよ』


「おいしい飲み物?」


『そっ。浴室を出て左側にタオルがあるから、それを体に巻いてこっちに来てねー』


 そそくさと話を終わらせたハルが、通話を切った。おいしい飲み物……。お風呂上がりと言えば、コーヒー牛乳やフルーツ牛乳だったかしら? あれ? これって、銭湯や露天風呂上がりに飲む物だったっけ?

 だとすれば、一体どんな飲み物なんだろう? 気になるから、さっさと上がっちゃおうかしらね。そう決めた私は、『ザバッ』と音を立たせながら立ち上がり、扉を開けて浴室を出る。

 ハルが言った通り、左側に顔を向けてみれば、ふわふわモコモコの大きそうな厚いタオルがあった。見た目からして、触り心地が良さそうね。


「わあっ、柔らかい」


 やはり思った通りだ。手で押し込むと、押し込んだ分だけ沈んでいく。……両手でやると楽しいわね、これ。


「えっと、全身を拭いてからタオルを巻いて~。端っこの部分を、上から中に入れれば~……。これでよしっと」


 このタオルの巻き方は、旅行番組で散々目にしてきた巻き方だ。まさか、都市伝説である私が活用する日が来るだなんてね。うん、いくら動いてもタオルは落ちない。


「それにしても、体から白い湯気が沢山昇ってるわね。茹っちゃったのかしら?」


 両腕に注目してみると、ホカホカとした暖かそうな湯気が、これでもかってぐらいに昇っている。そうなると、今の私は火が通っている状態よね?


「私って、どんな味がするんだろう?」


 お寿司を食べたばかりだし、魚の味がするかもしれない。えんがわばかり食べていたから、もしかすると───。


「……待って。この好奇心、ハルに馬鹿にされるやつじゃない?」


 危ない、ハルの前で言わなくてよかった。もし聞かれていたら、下駄笑いされていたかも。お風呂って、色々と緩むわね。特に頭が。変な事を口走る前に、部屋へ戻ろっと。

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