43話、そのおいしさ、唐揚げの如く
「はい! えんがわ、オーロラサーモン、づけまぐろ、にぎり玉子のお客様」
「おおっ、きたきた! ありがとうございます」
「えっ、もう来たの?」
ハルが注文してから、僅か二、三分程度よ? 生憎の空模様だし、客が少ないって理由もあるかもしれないけれど。ものの数分で、テーブルが一気に騒がしくなっちゃった。
「あっはぁ~っ、どれも美味しそう~」
「へえ、ネタが厚いわね。これは食べ応えがありそう」
厚さ一cmはあろう寿司ネタもそうだけど、色や見た目も全て違う。白い筋が均等に走っていて、若干赤寄りの薄橙色をしたオーロラサーモン。
その白さは、正に雪原を彷彿とさせるえんがわ。シャリとネタの間に挟まっているのが、しその葉ってやつね。
綺麗な光沢のお陰で、見栄えはいいけども。醤油に漬けてあるので、全体的にほんのりと赤黒いのがづけまぐろ。醤油に漬けていたのであれば、何も付ける必要はない。このまま食べてしまおう。
そして、私が唯一味を知っている、やや白みを帯びたにぎり玉子! これもネタが厚い。重みで両端が垂れ下がっているじゃないの。ちゃんと落ちないで待っていなさい、いの一番に頬張ってあげるから。
「さってと~、まずはえんがわをっと」
「それじゃあ、私はにぎり玉子から」
ずっしりと重いにぎり玉子を箸で持ち、端っこを事前に用意していた醤油に、ちょんっと付ける。雫を二滴落とし、予告通り一気に頬張った。
「う~んっ、甘いっ!」
どうやら、メインの味付けは砂糖のようね。シャリに使われているお酢の酸味と、醤油のしょっぱさが、玉子のまろやかな甘さを極限まで引き立てていっている!
甘すぎるようにも感じるけど、まったくクドくない。むしろ後からお酢と醤油が合わさってきて、全体的にバランスが整ってサッパリとした甘さに落ち着いていく。
このシャリと合う、普通のご飯では味わえない甘さが好きだなぁ。酸味と塩味が複雑に混ざり合い、初めて辿り着く特別な甘さが。
「ふわぁ~、おいひい~」
「くぅ~っ! えんがわうんまっ! さいっこう~」
人目をまったく気にしていない様子の、清々しさまで感じるハルの唸り声が、私のにぎり玉子に対する余韻を吹き飛ばしていく。
ハル、本当に嬉しそうな顔をしているわね。すっかりとろけちゃっているし、見ていて気持ちがいいわ。
「えんがわって、そこまでおいしいの?」
「私と好物が似てるメリーさんなら、間違いなくドハマりすると思うよ」
「へえ、そう。なら……」
ハルの言う通り、私とハルの好物はかなり似ている。確信を得たように豪語されてしまったけど、不思議と悔しい気持ちは湧いてこない。
だって、私もそう思っているからね。この真っ白なえんがわを食べたら最後、絶対にハマってしまうと。ならばせめて、ウィンナー以上の衝撃を受けてみたいわ。
「さあ、初めての生魚。食べてみようじゃないの」
箸で持った感じ、そことなく軽い。先っぽに醤油を付けてみたけど、なんだか上手く馴染まない、……あれ? このえんがわ、思っていたより艶が強くない?
全体が白いので分からなかったけど。この強い艶の正体は、もしかして油?
醤油を弾くほどの油が、えんがわに纏っているっていうの? だとすると、えんがわ本体にも相当含まれていそうね。
「よし、食べるわよ! ……んんっ!」
なに、この食感!? すごくコリコリしている! けど、軟骨とは違う。弾力としなやかさを兼ね揃えた、不思議で新しいコリコリ感だ。
そしてやはり、思っていた以上に油っこい。噛めば噛むほど、今まで食べてきたどのお肉よりも甘く、大量の油が滲み出してくる。
しかし、お肉とはまた異なった油だ。しつこさが無くサラサラしていながらも、風味と主張が強いので、醤油の香ばしさとご飯の甘さが全て霞んでいく。
魚特有の生臭さや、脂臭さがまったくしないけども。これは、しその葉のお陰かしら? それとも、元々えんがわがこういう特徴を持っているから?
どちらにせよ、えんがわってすごくおいしい! もっと長く噛んでいたくなる、楽しくてクセになりそうなコリコリ感。
お肉に負けず劣らず、香ばしい醤油と甘いご飯にも打ち勝つ、ついもう一貫と食べたくなってくる、旨味を大量に含んだ油。この油、塩と相性がいいかも。
それに、えんがわの名残が続く余韻もいい。口の中に油が残っているから、鼻で息を吸うとえんがわの風味が蘇り、至福な満足感がため息として口から漏れ出していくぅ……。
「ああ、おいひいぃ~……」
すごいじゃない、えんがわ。二度味わえないと思っていた、唐揚げを食べた時と同等の衝撃を受けたわ。
なんで、このおいしさが安いお皿に収まっているの? 金皿に乗っていても、おかしくないおいしさだというのに!
「ははっ、とろけた笑顔をしちゃって。そんなにおいしかった?」
「……うん、しゃいこう。あたし、もうえんがわだけでいいかもぉ」
「そこまでハマったんだ。いや~、同じえんがわ好きとして、私も嬉しいよ。だけどさ」
一旦は喜んでくれたハルが、前の言葉を否定するように続けた。
「メリーさんには、もっと色んな魚を食べて欲しいんだよね」
「色んな魚を?」
「そうそう。もしかしたら、えんがわ以上においしい魚があるかもよ?」
「え、えんがわ以上に、おいしい魚……」
確かに、ハルが言っている事は正しい。だって私は、まだえんがわしか食べていないのよ? 唐揚げやえんがわ以上の衝撃を持っている魚が、まだまだ居るかもしれない。
危なかった。えんがわだけで満足しかけていた。ここは、様々な魚を取り扱った回転寿司屋なのよ? 食べられる分だけの魚を食べないと、勿体なさ過ぎる!
「そうね、あんたの言う通りだわ。違うお寿司をもっと食べてみたいし、どんどん注文しちゃってちょうだい」
「オッケー! そんじゃ、本気を出しちゃおっかなー。すみませーん」
頼り甲斐のある笑みを浮かべたハルが、早速店員を呼び、追加の注文をし始めた。今度は『イクラ』や『中トロ』、『生ウニ』など高めのお皿をチョイスしている。
注文すると、すぐに来てしまうから、来る前にオーロラサーモンとづけまぐろを食べちゃおっと。




