38話、いつの間にか定着していたイメージ
「わだじぃ、メリーざぁん……。今ぁ、おなががいっばいになっでいるのぉ……」
「お、同じく……」
クソぅ……。店員さんの粋な計らいのせいで、私の計算が全て狂わされてしまった。
昨夜、メリーさんの口に合うかどうか、出来る限りの範囲で情報収集及び、画像付きのレビューを確認して、大体の味と量を把握したっていうのに。
私達が行った中華料理屋は、学生とサラリーマンご用達で、早い安い美味いの三拍子を兼ね揃えつつ、お財布にも優しい店なのは事前に知っていた。
とりあえず、ホイコーローとエビチリは、私が目分量で予測した通りの量だったね。味も十分美味しかった。
特盛り級の大盛りご飯だって、そう。メリーさんもホイコーローとエビチリを食べたがっていたし、ならば白飯も絶対に食べたくなるだろうと予想して、あえて大盛りを頼んだんだ。
で、半分ぐらいあげれば、私は余裕を持って麻婆豆腐丼に挑めると確信していた。自慢じゃないけど、私もそれなりに食べる方なんだよね。
ホイコーローとエビチリぐらいなら、ご飯付きでも、私一人で全然食べられる量だった。その三品で、おおよそ腹七分目ぐらいと言った所。
それで、もしメリーさんが先にお腹がいっぱいになったとしても、私が全て処理する算段だったのだが……。
一つだけ、想定外な問題が起きてしまった。それは店員さんが、私を初めて店に来た学生だと勘違いして、初回サービスで特盛りの麻婆豆腐丼を振る舞ってくれた事だ。
これは帰り際にこっそりと、店員さんに確認してみたので間違いない。いやぁ、あれは相当痺れたね。流石の私も、久々に焦ったよ。
しかし、私はまだ学生で通る見た目をしているのか。まあ、大学を卒業したのは去年だし、なんら不思議でもないな。けど、ちょっと嬉しかったかも。
そうだ。嬉しいと言えば、もう一つあった。まさかメリーさんが、私と同じ皿の料理を食べ合う事に、嫌悪感をまるで抱いていなかったとはね。
少なくとも、私に心を開いてくれているのかな? そう前向きに捉えたいけど、元々気にしない性格の可能性だってある。なので踏み込むには、まだ早い。
心の距離は、メリーさんを家に泊めてから追々詰めていこう。ここを焦り過ぎると、取り返しのつかない事態になるからね。
「メリーさん。デザートがあるけど、食べる?」
「あんた、私にトドメを刺すつもり……? もう、水の一滴すら飲めないわよ……」
「ですよねー」
私とメリーさん、互いに腹十分目を迎えている。いいね、この状況。リクエストが非常に出しやすくなる。私にとって好都合だ。
お腹はいっぱいだけど、明日はこれを食べたいという欲がある。衰える事なく健在だ。よし、言ってみるか。
「メリーさーん。私から、一つ提案がありまーす」
「提案? なに?」
「明日の夕食は、私がリクエストをしてもいい?」
「ハルが?」
声色は、特に目立った変化は無し。真紅の瞳は、珍しいと心の声を代弁しているかのように丸くなっている。この反応なら、話を続けても大丈夫でしょう。
「そうそう。明日はとにかく、軽くてサッパリした物が食べたいんだよね」
「軽くてサッパリした物……、例えば?」
「そうだなぁ、食べたい物は二品あるんだけど。一つは、肉が少なめのワンタンスープ。で、もう一つが春雨サラダかな」
「へえ。ワンタンスープと、春雨サラダ」
メリーさんの『へえ』は、ある程度の興味を示している時の反応だ。これを素っ気なく言ってくれると、高い確率で乗っかってきているんだよね。
「珍しいわね。あんたが、軽くてサッパリした物を食べたいって言うだなんて」
「えっ、そう? そんなに珍しい?」
「そうよ。あんたが食べたいって言ってくる物は、大体が重そうな料理ばかりだったじゃない。だから、いつの間にかそんなイメージを持ってたのよ」
「私が、食べたい料理……」
私から出したリクエストって、まだ無かったはずだけど……。いや、是が非でも食べたかったラーメンがあったな。すっかり忘れていたや。でも、それだけなはず。
他に思い当たるのは、メリーさんがエビを食べられるかどうかを試したくなって、後先考えずに出前を取ったピザでしょ?
そして、そんなに重くない寿司も、ほぼ同じ理由。メリーさんが食べられる料理の幅を広げたくて、海鮮類を一気に攻めるべく、寿司屋へ誘った───。
ああ、なるほど? 振り返ってみて、ようやく分かった。これ全部、メリーさん視点から見ると、私がリクエストを出したようなもんじゃないか。しかも、半ば強引に。
そうか。そのせいで、重い料理が好きなイメージを持たれちゃったか。うーん、どうしよう。本来の私は、栄養バランスを考えつつ、食べたい料理を自炊する主義なんだよね。
料理の腕も磨けるし、買い置きしておけばコスパも良い。それにピザや寿司って、年一で食べるか怪しいぐらいまである。そもそも、外食もラーメン以外、ほとんどしていないんだけども。
いや。それは、メリーさんが来る前の私だ。そんな健康管理を徹底した私なんて、知る由もないでしょう。……まあ、間食類には目を背けるとして。
ここは、どう言葉を返そう? 持たれたイメージを、今後貫いていくか。持たれたイメージを否定して、会話に花を咲かせていくか。後者の方が、楽しく会話を続けられそうかな?
「たまたまが重なっただけだよ。本来の私は、軽い料理の方が好きなんだ。ほら見てよ、この華奢にくびれた腰を。これこそ、健康管理を徹底してる証さ」
ダルダルのTシャツを捲り、腰部分を露にする私。……やばっ。食べ過ぎたせいで、腹が見るからに膨れているや。
「嘘おっしゃい。ラーメンやピザ、ポテトチップスが好物なクセに。それに、なんでドカドカ食べるあんたが、そこまで痩せてるのよ? それが不思議でならないわ」
「こう見えても、運動やストレッチを欠かさずやってるからね。体形の維持が大変なんだよ、人間ってのは」
「へえ、あんたが運動を。意外ね、いつやってるの?」
「主に、メリーさんが居ない時にだよ。ストレッチは、長い時間を掛けて風呂場で。運動は、大体朝かな? 六時ぐらいに起きて、そこら辺を一時間ぐらい走ってるよ」
私がそれなりに早起きなのは、家族の仕事を日々手伝っていたせいもある。皆、めちゃくちゃ早起きなんだよね。
特に、漁師をやっている兄貴よ。朝というか、夜中の三時半に起きて漁に向かうのは、かなり辛かった。けど、破格過ぎる日給に、いつも釣られていたんだよね。
なので、その習慣が、未だに体から抜けていない。早く起きても暇なので、時間を潰す意味も込めて走っている訳だ。
「そう。なら、朝あんたを見つけたら、電話をして邪魔してやるわ」
「なんなら、メリーさんも一緒に走んない? 朝日を浴びながら走るのって、すごく気持ちいいよ」
「イヤに決まってるじゃない。それなら、高い場所から景色を眺めてた方がマシよ」
「高い場所かぁ。そこで食べるご飯も、美味しく感じるだろうね」
「鉄塔の上は、強い風が吹き荒れてるのよ? 持ってきた料理が、全部吹き飛ばされるのがオチだわ」
「マジか。それじゃあ無理だな」
鉄塔の頂上って、そんなに風が吹いているんだ。見上げる程の高さがあるし、メリーさんが言っている事は本当なんだろうな。
っと、話を一旦本題に戻そう。区切りも付いたし、タイミングも丁度いい。で、そこから話を更に戻して、メリーさんとの親交を深めていこうじゃないの。
「でさ、メリーさん。私のリクエスト、聞いてくれる?」
「いいわよ。あんたが食べたいって言う料理は、大体おいしいからね」
「おおー、そっか。嬉しい事を言ってくれるね、ありがとう!」
私がリクエストをした料理は、大体美味しいか。さり気なく、私に優位性のある情報を手に入れてしまった。だとすれば、私も率先してリクエストを出せるぞ。
しかし、それはある程度の時間を置いてからだ。メリーさんが食べられる食材を精査し終えてから、少しずつ出していこう。




