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33話、濃厚な口溶けと雨宿りの場所

「私、メリーさぁん……。今、心地よい余韻に浸っているのぉ……」


『あっははは。今日の唐揚げに、相当満足してくれたようだね』


「ええ、とても最高だったわぁ……」


 一口目を食べた時に直感したわ。唐揚げの味付けに使用しているニンニクの量を、かなり増やしたとね。お陰で食欲が爆発的に増進されて、ご飯を三杯もおかわりしちゃった。

 ハルめ、私をどこまで喜ばせてくれるの? 幸せにまどろむ余韻が、本当に心地いい。仰向けになって天井を眺めているけど、瞼を閉じたらすぐに眠れちゃいそう。


『そうそう、メリーさん。新しいデザートがあるけど、食べる?』


「新しいでざぁと……? うん、たべりゅ……」


『オッケー。それじゃあ、今用意するね』


 今、ハルはなんて言ってきて、私はなんて返した? まずい。数秒前の記憶でさえ、余韻に溶けてすっ飛んでいっちゃっている。

 このままだと、またハルに醜態を晒しかねない。……いや、今日ぐらいはいいや。くだらないプライドなんか捨てて、ボーッとしていよっと。


「メリーさん、持ってきたよー」


「ふぇ?」


 かなり近くからハルの声が反響してきたので、起こしたくない体を起こしつつ、勝手に開いた口を閉じる。

 目に溜まった涙を、手の甲でぬぐっている最中にも、また口が勝手に開いてしまった。


「なんだか眠たそうにしてるね」


「あんたの唐揚げのせいよ」


「え? もしかして、私が作った唐揚げに、都市伝説だけに効く睡眠作用があると?」


「とんでもない唐揚げね、それ」


 そんな訳ないかと苦笑いしたハルを認めてから、テーブルに視線を持っていく。

 テーブルに置かれている皿には、満月を半分に割ったような半球体で、白寄りのクリーム色をした物が盛られていた。


「あら、バニラアイスじゃない」


「そうそう。少し前から作ってたんだけど、私好みなバニラエッセンスの量をやっと見つけてね。かなり美味しいから、メリーさんも是非ご賞味あれ」


「このバニラアイス、ハルが作ったの? へぇ~」


 CMでよく観る市販のアイスと、特に見分けがつかない物なのに。ハルって、バニラアイスまで作れるんだ。せっかく用意してくれたんだし、溶ける前に食べないと。

 手前にあったスプーンを取り、上の部分をすくってみる。スプーンから伝わってくる感触は、気持ち固め。

 確かアイスって、冷凍庫で冷やしてあるから冷たいのよね。ビックリしないよう、身構えておかないと。


「んんっ。ひんやりしてて、とても濃厚じゃない」


 口に入れた途端にぶわっと広がる、ミルキーでコク深い濃厚な甘さ。すぐに溶け出して舌と絡み合うから、噛まなくとも、舌の上で転がした方がより長く風味を楽しめる。

 この、複雑な甘さが濃くなっていく口溶けがいい。牛乳のスパッと消える自然な甘さを追う、やや重いながらもくどくない控えめな甘さ。

 そして全てを上塗りしてしまう、香り深くて特に濃さが際立つ甘さ。鼻で呼吸すると、華やぐバニラの爽快な香りが通っていく。

 後を引く冷ややかな余韻もたまらない。もう一口もう一口と、口の中に留まり続ける風味が催促してくるから、バニラをすくう手が止まらないわ。


「う~ん、おいしい~っ」


「今まで作った中で、渾身の出来だからね。喜んでくれてよかったよ。……ん?」


「どうしたの?」


「今週の天気予報が始まったんだけどさ。土曜日の夜から、生憎の雨らしいね」


 テレビに顔を移していたハルが、気重く残念そうに喋っているので、私もテレビに顔をやっていく。

 今週の天気を確認してみると、ハルの言った通り、土曜日に曇りと雨のマークが付いていた。

 土曜日って、お寿司を食べに行く日だ。……雨か。そういえば雨って、ハルと出会ってから初めて降るわね。


「こりゃ、傘を持ってった方がいいなぁ」


「雨が降っても行くのね」


「そりゃそうだよ。なんたって、寿司を食べに行くんだからね。雨天中止なんて絶対にありえない。むしろ来る客が減って、ゆっくり食べられるかもよ」


「なるほど。ゆっくり食べられるのであれば、そっちの方がいいわね」


 そう。ご飯を食べる時は、静かな場所でゆっくり食べたい。だったら、雨が降った方が断然いい。まさに恵みの雨ね。


「あっ、そうだ。メリーさん、明日行く予定の中華料理屋なんだけどさ」


 話を変えたハルが、スマホをテーブルに置き、画面を指でなぞっていく。ちょっと遠いから、テーブルに乗り出してしまおう。


「ここにしようと思ってるんだけど、どう?」


「あら、駅前の中華料理屋じゃない」


 ハルの指先が指し示していたのは、最近まで毎日のように行っていた、駅の近くにある中華料理屋だ。行っていた理由は、ハルには絶対に明かさないけどもね。

 当然、言える訳がない。その中華料理屋さんの近くにある書店で、料理本を読み漁り、料理について勉強をしていただなんて。


「その反応、知ってる感じ?」


「ええ、店の前を通った事もあるわ」


「そっか、なら話は早い。いつも私は、この駅から電車に乗って調理学校に行くんだけど、夕方の四時ぐらいに帰って来るんだ。だから夕方の五時頃、この中華料理屋で直接合流しようよ」


「五時? 一時間ぐらい時間が空いちゃうけど、その間にあんたは何をしてるの?」


「そろそろ新しい服が欲しいから、洋服屋に行って時間を潰す予定さ」


「ああ。あんた、部屋に居る時はいつもダルダルのTシャツを着てるからね。そうした方がいいわ」


「それ、お母さんにも言われてたから耳が痛いなぁ……」


 虚を衝かれて口角を強張らせたハルが、不貞腐れ気味に口を尖らせる。


「いいじゃん別に、誰かに見られてる訳じゃないんだし。それに、すごく動きやすいんだよ? この格好。違うTシャツを貸してあげるから、メリーさんも着てみなよ」


「イヤよ。死んだ方がマシだわ」


「そ、そこまでっスか……」


 トドメを刺されたハルの顔が、脱力したようにカクンと天井へ向く。が、数秒すると、何か知りたそうにしている真顔が戻ってきた。


「そういやさ、メリーさんって夜中は何してんの?」


「夜中? 別に何もしてないわよ」


「あっ、そうなんだ。電話とかもしてないの?」


「そうね。夜中って、大体の人間は寝てるでしょ? だから電話をしても出てくれないから、鉄塔や鉄橋の上から夜空や景色を眺めて、時間を潰してるわ」


 だからこそ、夜中は暇なのよね。代り映えしない夜空や夜景も、いい加減見飽きた。本を読もうにも、お店の電気は消えていて真っ暗なので、それすら叶わない。

 おまけに、今週の土曜日は雨なんでしょ? どこかで雨宿りをしないといけないから、夜空や夜景すら拝めない。なので雨が降る夜は、退屈が極まった大嫌いな時間だ。


「へぇ~、いいね。めちゃくちゃ綺麗だろうな、鉄塔から見る夜景って」


「最初はそうだろうけど、毎日見てたら流石に飽きるわよ」


「ああ、やっぱり? でもさ、土曜日に雨が降るじゃん? そういう時はどうしてるの?」


「適当な場所で雨宿りをしてるわ」


 ……なんだか今日のハル、やけに聞いてくるわね。私も素直に答えちゃっているけど、また何か企んでいるのかしら?


「マジで? なんだか、濡れないイメージを勝手に持ってたんだけど。メリーさんも、普通に雨宿りをするんだね」


「今みたいに実体化してたら、流石に私だって雨に打たれるわ」


「ふむふむ。雨宿りって、どこでしてるの?」


「適当な下屋げやとか、人気ひとけの少ない建物内よ。ロクな明かりも無いし、暇ったらありゃしないわ」


 ……あれ? 私、愚痴まで零しちゃっている? なんで、ここまで言っちゃっているんだろう。ハルに誘導された? けど、なんで? どういう思惑があって?

 そのハルはというと、『なるほど』といった表情を浮かべた後。腕を組みながらほくそ笑んだ。


「そっか。メリーさんも、夜は暇を持て余してるんだねー。だったらさ、今度の土曜日は、ここで雨宿りすれば?」


「……へ? ここって、あんたの部屋で?」


「そっ。ここならテレビもあるし、スマホやタブレットだってあるでしょ? 雨宿りするなら、最高な場所だと思うんだよね」


 ハルの部屋で、雨宿りをする? 確かに、暇を潰すには打って付けな場所だ。私にとっても、願ったりな提案だけども……。

 ハルには、なんの利点も無い。ただ、命を狙う邪魔者が常々そばに居るようになるだけ。

 その重圧とストレスは、相当なものになるでしょう。ハルは、それを分かっていて言っているの?


「私は、あんたの命を狙ってるのよ? ハルは、私が怖くないの?」


「どうだろうね、さっぱり分かんないや」


「わ、分からない?」


「うん、全然分かんない。メリーさんが怖いのか怖くないのか、まったくね」


 どっちつかずな答えを口にしたハルが、から笑いしながら肩をすくめる。


「あんた……。それでよく、私にあんな事が言えたわね」


「まあね。で、どうする? 泊まるんであれば、お風呂も勝手に使っていいし、温かい布団も用意しとく。もちろん、朝食だって振る舞ってあげるよ」


「朝食っ……!」


 朝食。つまり、私がハルの部屋に泊まれば、おいしいご飯が朝昼晩、食べられるようになる。

 ……どうしよう。夜中の暇を潰せる様になれるよりも、こっちの方が魅力は遥かに上だ。

 けど、ハルは一体何を企んでいるの? それが分からない。いや、いつも分かっていないわね。少し突っついても答えてくれないし。

 ここは、あえて乗って泳がせてみようかしら? そして、ハルが何を企んでいるのか、近くで探ってみる。けどハルには、それすら読まれているかもしれないけどね。


「少し、考えておくわ」


「考えておくか。まあいいや、いつでも待ってるよ」


 そう言ったハルが、半分溶けているバニラアイスを口に含み、嬉しそうに微笑んだ。いつでも待っている、か。

 ハルと一緒に居ると、本当に調子が狂う。いつも私のペースが崩されて、ハルに翻弄されていく。毎度毎度思っていたけど、類稀なる不思議な人間ね、こいつって。

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