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30話、アゴが足りなそうな間食

「さてと、またハルに留守電を入れないと」


 ハルが不在中に部屋へ訪れたのは、これで何回目かになるけども、未だに罪悪感が芽生えてくる。そろそろ留守電を入れる為だけに、電話をするのが面倒臭くなって───。

 いや、電話だけはしておこう。もう、ハル以外の人間に電話をする機会なんて、めっきりなくなってしまったし。最低でも、一日三回以上はやっておかないと落ち着かないのよ。

 扉をすり抜けつつ部屋に入り、ポケットから携帯電話を取り出して、廊下の電気を点ける。

 携帯電話を耳に当て、二回目のコール音が途切れた頃には、いつもの部屋に着いていた。


「あら? コールがいつもより短いわね。まあ、いいわ。私、メリーさん。今、あなたの部屋にいるの」


『分かった。テーブルに間食を置いといたから、テレビを観ながら食べてねー』


「ふぉあっ!?」


 無機質なアナウンスではなく、ハル本人の声が聞こえてきたせいで驚き、体に大波を立たせる私。


「ちょ、ちょっと! 普通に出たなら、先に名乗りなさいよ!」


『ああ、ごめんごめん。ちょうど休憩中だったから、つい出ちゃった』


「ったく……。ついでに、タブレットも借りていいかしら?」


『いいよ。パスワードの設定を外してるから、指でスワイプするだけで開くからね』


「そう、分かったわ。それじゃあ」


 ただの電話になった通話を切り、携帯電話に向けて小さなため息をついた。

 不意を突かれたせいで、情けない声が出ちゃったじゃない。ハルが帰って来たら、また笑い話にされちゃうわ。

 少し前までは、『パスワード』や『スワイプ』という単語すら知らなかったのに。私ってば、だいぶ近代的なメリーさんになってきたわね。


 ここまで時代に追いついてきたのだから、私が持っている携帯電話がスマホになってくれないかしら?

 この、アンテナが付いた折り畳み式の携帯電話って、どうやら化石携帯って言われているらしい。

 なんだか、ちょっと悔しい気がする。この世に生まれた時から、既に持っていたから仕方がないけど。もしかして、最近生まれたメリーさんは、スマホを持っている可能性が?


「……どっちにしろ、ネットは使えなさそうね」


 どれだけ最先端のスマホを持っていたとしても、ネットが使えないのであれば意味は無い。今は、ネットが使えるか使えないのかが大事なのよ。

 っと。そろそろ、お目当てのグルメ番組が始まる時間ね。ハル(いわ)く、テーブルに間食を置いてくれているようだし、それを食べながら観よっと。

 そう決めた私は、部屋の電気を点け、テーブルの前まで移動する。リモコンでテレビを点けて、観たいチャンネルに合わせてから、テーブルに顔を移した。


「これって、スルメイカよね? なんだか、やたらと大きくない?」


 『超特大するめいか』と記された袋を両手で持ってみたけど、私の顔より断然大きい。直径五十cmメートル以上ない? これ。

 そして、持った感触で十分に伝わってくる固さよ。かなり肉厚だし、食べるのがすごく大変そう。アゴが砕けなければいいけど。


「せっかくハルが用意してくれたんだから、食べない訳にはいかないわよね。流石に全部は無理だとして、どの部分がおいしいんだろう? 調べてみようかしら」


 インターネットで初めて調べる物が、まさかスルメイカになるなんて。もっと、違う物を調べたかったなぁ。唐揚げとか。

 とりあえずインターネットで検索するべく、隣に置いてあるタブレットを手に取り、ケースを開いてタブレットを立てる。画面が消えない内に指でスワイプをして、画面を開いた。


「えっと、下にあるインターネットのアイコンを押して、検索バーをタッチ。それで、す、る、め、い、な。な? ……あっ、打ち間違えっちゃった。消さないと。か。で、空白を押して、お、い、さ、……ああ、違う! し、い、ぶ、ぶ、ん! よし、これで検索っと」


 検索バーの隣にある虫眼鏡を押したら、細かい文章がバーッと出てきた。この、気持ち太文字で色が違う文章を押せば、『サイト』とやらに飛ぶのよね。


「出たっ! え~っと、なになに? スルメイカは、部位によっておいしさが違うと。特においしいと感じるのが、エンペラという耳の部位に、ゲソという足の部位……。耳は、てっぺんにある三角っぽい部分の事よね」


 耳の部分だけ、他の部位に比べると柔らかい気がする。ならば、耳から食べてみよう。


「うわっ、すごい匂いがするわね」


 袋の上部分を両手で摘み、開封した途端。これでもかってぐらいに凝縮した濃い塩を、そのまま匂いにしたようなしょっぱい香りが、鼻を一気に通っていった。

 けど、すぐに慣れてしまったのか。数秒もしたら、それほど気にならなくなってきたわね。


「とりあえず、耳だけちぎってっと。あら、意外とすんなりちぎれるじゃない」


 上に持っていく要領で引っ張ってみたら、スルッとちぎれてくれた。固さは、やっぱりそれ程でもなさそう。戻る力と弾力がすごいけど、曲げるとちゃんとしなっていく。

 色は、透明度が無い琥珀色といった所かしら。真ん中は黒茶に近いけど、外へ向かっていく連れに、色が薄くなっていっている。

 全体的に白っぽい粉が覆っているわね。ザラザラとした感触をしているので、白いのはたぶん塩と見た。とりあえず、更に半分ぐらいにちぎって食べてみよう。


「……かった、全然噛み切れないじゃない」


 いくら歯を強く押し込んでも、噛める気がまったくしないほど固い。噛む度にカチカチと音が鳴るし、まるでプラスチックを噛んでいるような気分だ。


「あっ、やっと味が出てきた。……あれ? どんどん濃くなってく」


 何回も同じ箇所を噛み続けて、食感でスルメイカが柔らかくなってきたと実感し始めた頃。塩味しか感じていなかったのに、やたらと濃い風味がいきなりぶわっと広がってきた。

 なんて強烈な塩辛さと、濃厚な風味なんだろう。このクセのある旨味みたいな物が、イカ本来の味なのかしら?

 まるで、希釈していない出汁をそのまま飲んでいるかのような濃さ。しかも、まだまだ出てくる。この過多な塩辛さが、またたまらない。


 しかし、塩気だけでは留まらない。スルメイカが普段通りの力で噛める柔らかさになってくると、ちゃんと甘味も出てきた。

 果物、野菜に該当しない、丸みを帯びた食欲をそそる甘さ。気にならない程度だけど、ほのかに生臭さも感じるかも? 思っていたより、複雑かつ色んな味が出てくるわね。

 一欠片だけでも長時間味わえる。それに満足度も高い。けど、まったく食べ足りない。もっと食べたいという欲求すら湧いてくる。スルメイカって、テレビのお供にもってこいな間食ね。


「そうだ、テレビ!」


 スルメイカを夢中になって食べていたせいで、テレビの音すら聞いていなかった!

 慌ててテレビを見てみると、冒頭の挨拶は終わっていて、料理の紹介をしている途中だった。


「ああ……、ちょっと見逃しちゃった。最初から観ないと、なんだか気持ち悪いのよね」


 今日やっているのは、中華料理特集。色んな物を紹介しているというよりも、何品かの料理を重点的に紹介しているようだ。

 主に、本格的な麻婆豆腐丼、パラパラなチャーハン。そして、オイスターソースがたっぷり絡んだホイコーロー。


「う~ん、どれもおいしそう~!」


 特においしそうなのが、視覚的にも食欲をそそってくる、真っ赤な麻婆豆腐丼。真っ白なご飯を、豪快に全部包み隠しちゃって、まぁ~。


「決めた、ハルにリクエストしておこう」


 願わくば、今日食べたい所だけども。生憎、今日はもう、チーズをふんだんに使った料理だと決まっている。実は、これも気になっているのよね。

 仕方ない。今日はリクエストだけ出しておいて、明日にでも麻婆豆腐丼を作ってもらおう。それか、中華料理屋に行く手もある。

 忠実に近い麻婆豆腐丼を食べるのであれば、もちろん後者だけど。やっぱりハルが作った物も食べてみたい。う~ん、悩むわね。

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