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29話、初めての洋食

「私、メリーさん。今、タブレットで文字打ちの練習をしているの」


『基本はスマホと同じだけど。画面が大きくて、ちょっとやりづらいでしょ?』


「そうね。片手で持てないせいもあるけど、なんだか妙なやりづらさがあるわ」


 タブレットがあれば、ハルも私からの電話に出られるので、わざわざスマホを返しにいく手間が省けると思っていたけれども。スマホに比べると、文字を打ち込むのがちょっと面倒臭い。

 画面が大きいせいで、キーボードもそれだけ大きくなっている。これだけ大きいと、指を移動させるのが億劫だわ。設定とかで変えられないかしら?


「ああ、もう! また変な顔が出てきちゃった」


「メリーさんってば、毎回それをやるね」


 電話越しではなく、直接ハルの声が耳に届いたので、タブレットの画面を睨みつけていた視界を移していく。

 すると対面の席に、いつの間にかハルの姿があり。タブレットをどかしてみると、既に料理を並べ終えていた。


「あら、ミートスパゲティじゃない」


「そうそう。昨日余ったウィンナーも入れてみたんだ」


 薄黄色をした麺の上にある、これまた大量に盛られた真っ赤なミートソース。水分が多めに含まれているのか、強い照りがある。

 ゴツゴツした見た目を作っているのは、主にひき肉ね。他の具材は、みじん切りのタマネギに、斜め切りされたウィンナー。共にミートソースの赤が移っている。

 そのミートソースから昇る白い湯気から、食欲を刺激するトマトの酸味を感じるわ。うん、いい匂い。匂いからして、間違いなくおいしいわね。

 ミートスパゲティは、パスタとミートソースを絡めて食べる料理だけど。食べる前から全部混ぜてしまうと、風味がずっと一緒くたになってしまうので、気を付けて食べていこう。あとは……。


「ハル。タバスコがあるけど、これってかなり辛いのよね?」


「そうだね。一滴だけでも風味がガラリと変わっちゃうし、いっぱいかけるのはおすすめ出来ないかな」


「それと、粉チーズっていうのが合うのよね? それはあるの?」


「あっ! ごめんっ、買い忘れちゃった」


 一旦は声を荒げるも、あまり悪そびれた様子がない表情で、両手を前に合わせて謝るハル。

 試してみたかったけど、買い忘れたならしょうがない。でも、ちょっと残念ね。


「明日、チーズをふんだんに使った料理を作る予定だから、それで許してよ」


「チーズをふんだんに使った料理? へえ、そう。分かったわ、いいわよ」


 チーズをふんだんに使った料理。パッと思い付いたのは、ピザ。けど、ピザを焼く為の窯が無いので、たぶん違う。

 テレビで、ピザを作ったり焼くまでの工程を観た事があるけど。あれは、流石に一般的な家庭で作れる物じゃない。料理作りに乏しい私でも分かる。

 ハルは作ると言っていたので、冷凍ピザじゃなさそうね。あとは、なんだろう? 今は思い付かないから、明日の夕食を楽しみにしていよう。


「んじゃあ、いただきまーす」


「いただきます」


 おなじみになりつつある食事の挨拶を交わし、手前にあるフォークを手に取る。スパゲティの食べ方は、フォークをクルクル回し、パスタを巻いて食べるのよね。

 まずは混ぜないで、ミートソースとパスタの境にフォークを入れ、なるべく左右に動かさず巻いていく。よし、上手く巻けた。ミートソースとパスタが、程よく絡み合っている。


「うん。パスタがちょうどいい固さね」


 固すぎず柔らかすぎず。けど、コシがあって噛み応えのある理想な固さだ。一番最初に感じた風味は、ミートソースに使用されているトマトの酸味。

 しかし、酸味の主張はそこまで強くない。ひき肉から出ている油と、タマネギの甘さが酸味をマイルドにしてくれて、代わりに深いコクを引き立てている。

 けど、それだけじゃない。コクの中に適度な甘さも見え隠れしているわね。この食欲が湧いている不思議な後を引く甘さは、砂糖の甘さじゃない。それに、薄っすらと塩味も感じる。

 この塩味の出所は、どこからなのかしら? ミートソースからじゃないとすれば、パスタになるけども。一回、ミートソースが掛かっていない部分を食べてみよう。


「あっ、意外としょっぱい」


 想像していたより、何倍もしょっぱい。元から、こんなにしょっぱいのかしら? でも噛んでいく内に、小麦に似た風味と甘さが出てきた。

 この素朴ながらもサッパリした甘さが、塩気とまた合う。むしろ強い塩気を和らげて、より濃い甘みに変えていっている。

 この遠回りな工程を挟んで、トマトの酸味をマイルドにしてくれているのね。

 すごいじゃない、ミートスパゲティ。全ての食材に、より高い旨味を引き出していく効果があるなんて。バランスが完璧に整っているし、ちょっと関心しちゃった。


「パスタを塩茹でしてるからね。ちょっと塩を入れ過ぎちゃったけど、こっちの方が美味しいかも」


「塩茹で?」


「そう。パスタに下味を付けるのと、コシを出す為にね。ちゃんとアルデンテになってくれたし、今日のミートスパゲティは会心の出来さ。どう、美味しいでしょ?」


 アルデンテっていうのが、いまいち分からないけど。おいしさについては、文句無しだわ。


「ええ、すごくおいしいわ。ハルって、本当になんでも作れるのね」


「おお、べた褒めじゃんか。なんか照れるなぁ。っと、そうだ。せっかくあるんだし、タバスコも試してみてよ」


「そうね。半分ぐらい食べたし、そろそろ頃合いね」


 照れ笑いしたハルに勧められたので、小さくて赤い蓋を取り、匂いを嗅いでみた。


「うわっ、鼻がツンとする! なにこれ……? すごい匂いがするわね」


 この、絶対に辛いぞと言っているような、鼻の奥をガツンと突いてくる刺激臭よ。思わず仰け反っちゃった。


「確かに、匂いはすごいよね。けど、後を引く辛さがあるから、是非お試しあれ」


「……そう。なら」


 匂いのせいで、タバスコを掛けるのを躊躇ってしまったけど。このタバスコは、ゲームと関係が無い調味料だ。

 なので、私の舌に合わなくても、何の気兼ねも無く『不味い』と言える。

 恐る恐るミートスパゲティに向けて、ピッピッと振りかけていく。あれ? 一回の出が、やたらと少ないわね。

 瓶を上下に大きく振っても、一滴ぐらいしか出てこない。調整がしやすいから、もう二滴ぐらい掛けてしまおう。


「ちょっとかき混ぜて、周りにタバスコを馴染ませてっと。……あら、思ってたほどじゃないわね」


 舌にピリッとくる辛さがあるけど、それだけだ。エグみの無いスッキリした辛さと酸味が、ミートスパゲティと非常にマッチしている。

 それに、パスタに染み込んだ塩味とは、また違った塩味があるわね。けど、辛さが勝っているせいで、ちょっと分かりにくい。弱いけど、粗さが目立つ尖った塩味と言えばいいかしら?

 そして、刺激臭も慣れてしまえばなんて事はない。新たな食欲が湧いてくるおいしい辛さだし、もう五滴ぐらい掛けてしまおう。


「おおっ。メリーさん、結構いくね。掛け終わったら、私にもタバスコちょうだい」


「分かったわ」


 辛さって、だんだんクセになってくるじゃない。より強い辛さが欲しくなって、タバスコを掛ける量が自ずと増えてしまう。

 どうしよう。明日の夕飯は決まっているようだけど、辛い料理が食べたくなってきちゃった。それも、タバスコより辛くて、ご飯に合う辛い料理を。

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