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27話、一撃必殺な試食

「私、メリーさん。今、血が騒いでいるの」


「あのー……? ここで本業の方は、ちょっとお控え頂きたいのですが?」


「ほら、見てハル。あの男なんて、いい表情で泣き喚いてくれそうじゃない?」


「私は生粋の人間なんで、ちょっと分からないっスねぇ……」


 試したい事が浮かんだので、メリーさんと共に大型スーパーへ来たものの。メリーさんの性を呼び覚ます結果になってしまったようだ。

 いや、あえてこの状況を逆手に取ろう。メリーさんを深く知れる切っ掛けになるだろうし、今なら少しぐらい話してくれそうな気がするからね。

 しかし、入口付近で話すと通行人の邪魔になるので、適当に歩きながら語り合いますか。


「ねえ、メリーさん。普段から、そんな感じでターゲットを決めてるの?」


「たまにだけどね。普段は適当に電話を掛けて、出た人間と戯れてるわ」


「へぇ~、ほとんどぶっつけ本番なんだ。でもさ、効率悪くない? そのやり方」


「そうね。いたずら電話だと思って、二回目から出なくなる人間だって少なくないし、最初から出ない人間だっているわ。それに、『今、寝てるんだ』って逆切れしてくる奴もいるのよ? 癪に障るったらありゃしないわ」


 おお、愚痴まで言ってきてくれるじゃん。なるほど、メリーさんなりに苦労している所もあるんだ。とは言っても、そのやり方じゃあ仕方ないでしょうに。

 メリーさんから掛かってくるのは、決まって非通知だからね。知らない番号から掛かってくる時点で、私だって身構えちゃうもん。今の時代だと、出ないっていうのが当たり前かな。


「それじゃあさ? 私も電話に出なかったら、私の事は諦めてたの?」


「たぶんね」


「マジかー。なんで出っちゃったんだよー、あの時の私。恨むぜー?」


 これは知りたくなかった事実だ。たった一件の電話で、私の人生がこうも変わってしまうとは。願わくば、時を戻してもらいたい気分だよ。

 まあ、過ぎた事を嘆いてもしょうがない。これからは、知らない番号から掛かってきても、出るのはなるべくやめておこう。メリーさんが一人だけとは限らないしね。


「っと、そうだ。現時点で欲しい物や、食べたい物ってある?」


「あり過ぎて困ってるわよ。なに、この物量? 今まで見てきたメニュー表なんて、全部可愛く思えてくるわ」


 私に文句を垂れつつ、真紅のジト目で辺りをひっきりなしに見回すメリーさん。突き当りが遥か遠くにあるほど広いし、決められないのは無理もないか。


「確かに、ここってすごく広いんだよね。私も、ついつい余計な物が欲しくなっちゃうんだ」


「それに、このスーパーって五階まであるんでしょ? 閉店まで決められる気がしないわ」


「それについては大丈夫。二階からは、主に衣服や家具ぐらいしか売ってないから、食品売り場が集中してる一階だけに居る予定だよ」


「あ、そうなのね。けど、それでも十分多いわね」


 そことなく安心感を見せたメリーさんが、再び辺りを見渡していく。メリーさんの言う通り、事前に購入する物を決めておかないと、本当に悩むんだ。

 特に危険なのが、突発的に行われるタイムセール。もし卵が選ばれた場合、卵売り場に向かって猪突猛進してしまう。

 そして、他にも購買意欲が生まれてしまい、いらない物を購入してしまうという悪循環が生まれる。


 とりあえず、メリーさんの様子をうかがいながら、私も欲しい物をこっそり購入しておかないと。メリーさんを買い物に呼んだのは、実際に食材を見てもらい、興味を持ってほしかったからだ。

 夕食自体は、もう三日先まで決めてある。リクエストが無ければ、今日はミートソースパスタにする予定で、明日はマカロニグラタン。それで次は、メリーさん待望の唐揚げ。

 しかし、まだ二日分の夕食を考えていない。休日までの繋ぎは、後で考えるとして。海鮮類コーナーは、あえて避けておこう。独特な生臭さが漂っているし、それで魚を敬遠されたら困るからね。


「ここら辺は、野菜ばかりあるわね」


「そうだね。味噌汁に入れてる長ネギも、ここにあるよ」


「へえ。……あった、これね」


 早速長ネギを見つけたメリーさんが、他の野菜に目もくれずに持った。まじまじと真剣そうに眺めているけど、そんなに好きなんだな。


「意外と固いわね」


「白と緑の境目がはっきりしてるし、良い長ネギだね」


「見た目で、良い長ネギとか分かるの?」


「うん。メリーさんが持ってる長ネギのように、しっかりと固くて、白と緑の境目がちゃんとしてる物が、良い長ネギの証なのさ。逆に柔らかいと、古くなってる可能性があるから注意してね」


「ふ~ん……」


 そう補足しようとも、メリーさんは長ネギを棚へ戻そうとはしない。どうやら、あの長ネギが気になっているようだ。

 長ネギのストックが少なくなってきているし、ついでに買っちゃおうかな。


「メリーさん。その長ネギ買っちゃうから、私にちょうだい」


「え? ちょっと、ハル? この長ネギ、私が欲しい物にカウントされないわよね?」


「大丈夫大丈夫。ちょうど買おうと思ってただけだから、カウントには入らないよ」


「そう、ならいいわ」


 そことなく安堵した様子のメリーさんが、私が持っているカゴに長ネギを入れた。どうせだから、豆腐も二丁ぐらい買っておくか。

 味噌は、半分以上あるから今回は見送るとして。次の間食は、何にしよう? ここに海鮮類に入れちゃうのもアリだけど、今はスルメイカしか思い付かないや。


「あら、野菜が終わっちゃったわ」


「ここからは、加工食品売り場だね」


「ハムだけでも、色んな種類があるわね」


 多種多様なハム、ベーコン、ウィンナー、ソーセージ類が、ズラリと並んでいる。ハムは、サンドウィッチで試そうかな。

 ベーコンは、昨日食べたピザに入っていたから、無事にクリアっと。

 ウィンナーやソーセージは、おかずとしては優秀だけど。メインで使うとなると、良いレシピが浮かんでこないな。

 やっぱり、無難にスープ類? ホットドッグや、揚げ物……。あっ、ミートソースパスタに入れる手もあるか。なら一応、ウィンナーも買っておこ───。


「試食いかがですかー?」


「んっ?」


 有名所のウィンナーを手に持ち、カゴへ入れようとした矢先。このご時世では珍しい呼び掛けが聞こえてきたので、ウィンナーを棚に戻してから顔を移してみた。

 人が行き交う視線の先には、何かを焼いているおばちゃんが居た。白い三角巾をかぶっているし、なんだか給食のおばちゃんみたいな印象があるや。


「ハル。試食って、タダで物が食べられるって意味よね?」


「概ね正しいけど……。言い方が、ちょっと」


「そう。なら食べに行きましょう」


 メリーさんの言う通り、実質タダだ。しかし、試食した物を買わないでその場を去るっていう行為に、かなりの罪悪感を覚えるんだよね。

 焼いているって事は、牛乳やジュース類じゃないのは確実。せめて、肉類だったら豚肉であってほしい。間違ってでも、高い肉であってくれるなよ。

 財布にダメージを受けて欲しくない願いを込めて、メリーさんの後ろを付いていく。おばちゃんの近くまで来て、ホットプレートで焼かれている物を恐る恐る覗いてみた。


「……もしかして、これ。このスーパーで一番高いウィンナーでは?」


 私が買おうとしていたウィンナーより、五百円も高いやつだ。消費税を入れれば、おおよそ八百円以上になる。……むう。これを買うなら、ちょっと良い牛肉を選んじゃうな。

 しかし、一本丸ごと焼くとはね。油が満遍なく行き渡っているから、全体に美味しそうな艶が走っている。

 食欲を刺激する良い音も鳴らしているし、ちょっと食べたくなってきちゃったぞ。


「いらっしゃいませー。一本いかがですか?」


「え、一本だけなの……?」


 おばちゃんの催促に続く、悲壮感が漂うメリーさんの声よ。ホットプレートには、十本以上のウィンナーがあるけども。もしかして、全部食べるつもりでいた?


「え、え~っとぉ……。に、二本までならぁ」


「二本……、そう」


 顔が引きつったおばちゃんの慈悲により、一本だけ増えたけど。それでもメリーさんは、妥協すら出来ていないようだ。

 項垂れた背中に、哀愁まで感じてきたし……。どれだけ楽しみにしていたんだろう。


「ついでだし、私も一本貰っちゃおうかな」


「ええ、どうぞ」


 接客対応がメリーさんから私に移り、笑顔を取り戻してくれたおばちゃんが、楊枝付きのウィンナーが乗ったトレイを手前まで持ってきてくれたので、一本だけ貰った。

 そのトレイがメリーさんの元へ行くと、まだ項垂れているメリーさんも、両手に一本ずつウィンナーを持った。なかなか面白い構図だな、スマホで写真を撮りたい。


「んっ……!」


 が、ウィンナーを食べた途端。メリーさんの背筋がシャキッと立ち、咀嚼そしゃくをすると真紅の瞳が眩く輝き出してきた。

 何も喋らないまま二本目に突入したけど、トロトロに腑抜けた顔に、『これ、ものすごく美味しい』って文字が浮かび上がっている。

 メリーさんってば、人前だっていうのに、めちゃくちゃ美味しそうに食べているじゃん。


「ねえ、ハル」


「このウィンナーを、ご所望で?」


「あら、よく分かったわね。あと、食べないなら私が食べてあげるわよ?」


「ああ、私の? いいよ、あげる」


 なけなしの三本目を食べると、メリーさんは頬に手を添え、弾けた笑顔になりながら「ん~っ!」と唸った。この見ていて気持ちのいい反応よ、絶対ウィンナーにハマったな。


「食材は他にもまだまだあるけど、ウィンナーでいいの?」


「ええ、このウィンナーでお願い。他の食材は、またの機会にするわ」


「またの機会か……。オッケー、分かったよ」


 またの機会って事は、遠回しに、また買い物に付き添ってくれるって意味でいいんだよね? メリーさんからの、この催促は非常にありがたい。

 これからは、もっと気軽にメリーさんを誘えるようになる。なんだったら、平日も事前に合流場所や時間を決めて、このスーパーに来るのもいいな。

 けど、ウィンナーを使った料理か。すごく気に入っているみたいだし、おかずではなくメインにしないと。ちょっと、帰り際にネットで検索してみるか。

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